「それ」は静かに動き出す(5)

 軍議が終了した後、アケミと大隊長たちは合同演習の行われた演習場へと移動する。そこにはすでに集合を命じられていた第一・第二大隊の合同軍五千五百が準待機の状態にあった。まだ正式に通達していないが、耳の早い者はサジアートが挙兵したことを自慢話のように話して回っている。先日流れた決闘の噂と合わせて戸惑っている者も多いようだ。

(さて、どうやってこいつらの士気を上げるか…)

 整列を始める兵士たちを見回しながらアケミは頭を悩ませた。ブロッケン盗賊団討伐に参加した者たちはバレーナの強さと人柄を知っていて好意的なはずだが、だからこそ今に至るバレーナの行動に戸惑う事だろう。それを理解するにはアルタナディアに対するバレーナの気持ちの深さを知らなければならないが……やはり公表するのは無理な話だ。ならばせめて、アルタナディアが味方だということだけでも示せないか―――そう思い、会議が終わった直後に早馬でアルタナディア宛てに手紙を送らせた。エレステルに残っているわずかなイオンハブス兵を、何人かでもいいから戦闘に参加させることができないかと打診したのだ。あるだけでも戦力を提供できれば一応面子は保たれる。そもそもアルタナディアから軍事協力を持ちかけてきたのだから、要請されて安易にノーとは言えない。ただしアルタナディア警護のために兵が必要だからという理由で拒否することはできる――そこは書き記さなくてもわかるだろう。

 とはいえ、不幸中の幸いと言っていいのか、アルタナディアの体調はまた悪化してきている。長く続いた高熱こそ下がったが、反比例するように蓄積された疲労がアルタナディアの身体を襲っている。一昨日吐いてからは食事も喉を通らず、衰弱が激しい。熱が下がったことで嬉々としていたカリアも今はベッドに沈むアルタナディアに付きっきりだ。命に別条はないようだが、動き回れるようになるにはかなりの時間を必要とするだろう。文書で了解を得る形にしたのはこれを利用するためだ。手紙なんて読めるような状態じゃないと突っ返してくれば今回イオンハブスの参加は已む無しと、そういうわけである。

(できればあのバカ姫どもがしゃしゃり出る前に決着をつけたいところだが…)

 また無茶をされるわけにもいかない。バレーナもエレステルの現状を察知すれば身体が動かなくても飛ぶように帰ってくるだろう。だがそれでは同じことの繰り返しで―――……

「…ん?」

 遠く街道方面から馬車が入ってくるのが見える。士官は全員集まっている……最高評議院からか?と思ったのだが―――

 馬車は通常の停車位置を超えて宿舎の間を無遠慮に通り抜け、整列する兵士たちの前、ベルマン達大隊長連中の横十五メートル手前で止まった。他の者も不審な馬車に気付き始め、場がざわつき始めたその時、ドアが開いて下りてきたのはカリアと、そして――……

「おいおいまさか…」

 アケミの胃がキリキリと痛む……こんなことは初めてだ。そして予想通り、アルタナディア女王がその姿を現す。

 演習場の空気が、一層混然となる―――。

「おいシロモリよ…」

 バラリウスが声をかけてくるがアケミの耳には入ってこない。

「ちっ……バカが!」

 考えるより先に、脇に立てかけていた長刀を手にとってアケミは飛び出した。

 決闘のことが知れ渡り、アルタナディアを敵視する者もいるはず。にも関わらず、どうしてこの女は……!

 真っ白なポンチョのような服を纏ったアルタナディアは、案の定足元もおぼつかず、青白くやつれた顔でカリアに支えられた。

「お前……何しに来た、こんなところに!」

 他の兵士に聞こえないように声のボリュームを落とすが、どうしても苛立ちが漏れてしまう。

「あなたが要請したのではないですか、援軍を…」

「形だけだろ! 一人か二人寄こせば後方で雑用でもさせるって……カリア! お前もどうして連れてきた! お前は止める側だろ!」

「わかってる…いや、事態はよく飲みこめてないけど…でも私は『バレーナ様と戦ったからアルタナディア様は敵だ』なんて簡単に解釈されたくないんだよ、あの場を見ていた者として。あの時、アルタナディア様は命を賭けていたんだ。二人で王になるために命を賭けてるんだ。そしてそれは今も変わらない」

「………!」

 アケミは言葉を失った。今まではどちらかが暴走気味でももう片方がストッパーになっていたが、二人揃って同じ方を向くと手がつけられない…! そもそも手紙が到着してからここに来たにしては早すぎる……事態を察知してここに来る途中で手紙を受け取ったのか…!

苛立ちを隠せないアケミに、アルタナディアは視線を返す。その目は死んでおらず、むしろ鬼気迫るものを感じる…。

「無理をするつもりはありません。事のあらましを皆に説明するだけです…。このままでは足並み揃わぬまま戦場に向かう事になります。それは困るでしょう…」

「……上手くいくのか?」

「神のみぞ知るというところでしょうか…」

「ふざけてる場合じゃないぞ…!」

 アケミには不安しかない。しかし―――

「アケミ……ここまで助けてくれたあなたに、背中を押してくれる皆に報いるためにも、私は力の限りを尽くします。私は、女王なのです」

 瞳の輝きに気押される。馴れ合いが過ぎていたのかもしれない……この女は、隣国の頂点に君臨する王なのだ。

 演説台の前まで弱い足取りで辿りつくアルタナディアは―――

「お前、バレーナ様をどうしたんだぁ―――!!?」

 罵声にも似た一人の雄たけびを皮切りに演習場は騒然となった。先程まで規則正しく整列していた何千という集団は、吹き荒ぶ風に当てられた水面のように揺れる。これを押さえるのは将軍であっても困難だ。アルタナディアに対して敵意を持っているからといって、サジアートの回し者であるわけではない。純粋にバレーナに忠節を誓う兵もいるのだ。

 しかし、演説台の前に辿り着いたアルタナディアがカリアを下がらせ、階段に足を掛けると、空気が変わった。一歩登るたびに声は小さくなり、十段もない階段を登りきったときには、嵐が過ぎ去ったかのように荒れていた群衆はピタリと音を立てるのを止めていた。

 誰もが、アルタナディアに見惚れていた。直前まで支えられて弱っていたというのに、背筋を伸ばしてゆっくりと階段を踏みしめていく。そこに気品があり、美しくもどこか近寄りがたい雰囲気に神々しさを覚える。弱っていたただの少女が、女王になる―――。

 無表情にも見える平然とした表情で静かに息を吸い、薄い唇が花弁のように開く…。

「…皆さん、私はアルタナディア=イオンハブスです」

 澄んだ声は沁みるようによく通る。水を差すような者はいない…。

「私がこの国を訪れて以来、様々なことが起こり、事ここに至っては戸惑われていることかと思います…。そもそもは、慣例化していたエレステルとイオンハブスの協調関係に始まります。エレステル以外に他国と接していないイオンハブスは、第三国による侵略をエレステルによって守られてきました。二国の王家の間では古来より取り決めがあり、エレステルが戦えば必ずイオンハブスが支援することになっていました。それは物資であり、あるいは資金でありました。ただし恒常的なものではなく、あくまで臨時の特別収支として処理されます。これは二国が用心棒と雇い主の関係ではなく、兄弟国としての感謝の念を忘れないためとされています。このことは両国の首脳クラスの人間しか知らないことです」

 ざわめきが広がる…。アルタナディアは少し間を置いて続ける。

「皆さんの中にはエレステルが一方的に防衛していたと思っていた方も多いでしょう。イオンハブスの中でもまた、エレステルがイオンハブスのために戦うのは当然だとする考え方が多く根付いてしまっています。残念なことに、この二国間の根底における意識の差が、交易の自由とは裏腹に見えない溝を作ってしまっている点は否めません。私とバレーナ王女の先代であるガルノス王とヴァルメア王はそんな状況を憂いていましたが、解決には至らず、無念にも志半ばで共に崩御されました。私はヴァルメア王が身罷られた時、先立って女王となるはずのバレーナとともに歩む決意をしました。しかし、王座が空位のまま二年が過ぎても、バレーナは王になれなかったのです。原因の一つは私にありました。イオンハブスとこれまで以上の協調関係を築こうとするバレーナの政策は、イオンハブス次代の王となるであろう私が少女であることを理由に、良しとされなかったのです。王の冠を狙う輩はその点を突き、バレーナが王座に就くことを拒み続けました。そして我が父ガルノスが病で倒れた時、その輩はイオンハブスを―――私を襲う計画を立てたのです。結果的にそれはバレーナを釣りだすための偽装で終わりましたが、バレーナは私を救うべく驚くべき作戦を実行してしまいます。バレーナ自身がイオンハブスを占拠して属国化し、その功績で女王となり、私を捕虜とすることで敵の手が私に届かないようにしようとしたのです。作戦が実行されたのはおよそ二か月前……ガルノス王の追悼式典の日のことでした」

 大きなどよめきが起こる。一般兵や民衆は何も知らなかったことだ。

「この国の誰にも告げず、わずか二百の手勢を引き連れたバレーナはイオンハブスのフィノマニア城を占拠し、私は一人の側近と城を脱出します。やがてエレステルに辿りつき、自身がバレーナの弱点となっていることを知った私は、フィノマニア城に戻り、国を賭けてバレーナに決闘を申し込みました。これが噂となっている『決闘』です……」

 アルタナディアは一度語るのを止め、静かに深呼吸する。近くのアケミにはアルタナディアの額にうっすらと汗が滲んでいるのが見える…顔色も良くない。しかしアケミの後ろに立つカリアは腕に抱えた布包みを握りしめながら沈痛な面持ちで女王を見つめている…。

「…なぜ、事情を知った私が決闘を申し込むのか、理解に苦しむ方もいらっしゃると思います。理由は二つ。イオンハブスの君主である私は国を脅かす『敵』と戦わなければならない……そしてもう一つは、バレーナに知ってほしかったのです。私は守られる、弱い存在ではないことを……!」

 ――と、アルタナディアは腰の後ろに手を回す。ポンチョの裾に隠れていた短剣を抜きとると―――襟首に刃を入れ、なんと自らの服を引き裂いた!

「なぁっ…!!?」

 バカが!――アケミの喉元まで怒声が込み上げてきたが、曝された生身の上半身が目に入った瞬間、目を剥いた。それはその場の誰もが同じだった。

 美しかった。華奢ながら均整のとれた身体つき。滑らかで白い、キノソス山に降り積もる雪のように白い肌。まるで女神の肉体―――……そこに深々と奔る、無数の赤黒い傷痕。縫っていた痕すら未だ点々と生々しく残っている……それがフェイクかどうかは前線に立つ兵士ならばすぐにわかる。そして、これほどの傷を負う戦いがいかに凄絶であったかも……。遠くの者には見えなかったが、アルタナディアのその有様は瞬く間に伝播した。

「私は全力で、それこそ殺し、殺される覚悟でバレーナと戦いました。矛盾していますが、それが私たちには避けて通れない道だったのです。紙一重で勝利した私は軍を引き連れ、すぐさまエレステルへ向かいました。軍事援助の用意があること、そして私が正式に女王となったことで、イオンハブスとエレステルが対等であることを示し、バレーナを女王に引き上げることが目的でした。結果……承認を受け、バレーナが女王となることがほぼ決まりました。そして身勝手に王座を望む者たちは追い込まれ、兵を挙げたのです…皆さんがここに集められたのは、バレーナ女王の敵……クーデター軍を鎮圧するためです。そして……イオンハブス軍は撤収してしまいましたが、私も、この戦いに……っ」

 アルタナディアの細身がぐらりと揺れる。握っていた短剣は音を立てて地面に落ちた。あわや壇上から転落しそうなところを抱きかかえたのは、控えていたカリアだった。カリアは抱えていたブラウスを素早くアルタナディアの肩にかけ、その場に座らせる。

「大丈夫ですカリア、立たせて下さい…まだ終わっていませんから…」

「――いいや、もういい。もう充分だからお前は下がれ!」

 カリアの後ろからアケミが怒鳴る。アケミ自身この苛立ちの意味がよく理解できなかったが、とにかくこれ以上は耐えられなかった。

「なんてことをしたんだお前っ……バレーナに合わせる顔がないだろうが! お前もこうすることわかってたなカリア! どうしてこんなバカなことをさせた! 唯一の近衛兵だろうが!?」

 カリアの襟を掴んで食ってかかかるが、カリアは苦渋の表情のまま目線を落とし、何も答えない。そこで何か普段と違う事に気付くが、思考を塗り潰すようにずしりと大きな影が三人を覆った。バラリウスだ。まるで獅子のような覇気を全身に漲らせ、見慣れない威圧的な顔でアルタナディアを見下ろしている。その左手に納刀した愛剣を握りしめているのを確認したとき、アケミは反射的に自らの長剣に手を伸ばし―――

「皆の者ぉ、聞けい―――っ!!」

 ズドン―――!!!

 バラリウスが正面を向き、鞘のまま剣を台に突き立てる。剣の衝撃に鉄製の巨大な演説台が揺れ、咆哮に演習場が震える……全ての兵がピタリと静止した。

「経緯は、今アルタナディア女王陛下がお話された通りである。決闘の勝敗について信憑性を疑う者もいるであろうが、直に我らが女王・バレーナ様もお戻りになる。全ての真相はその時明らかになるであろう……だが、問題はそんなことではない! 正直に申せば、今の今までアルタナディア女王には何か裏があるのではないかという疑いが我の中でも拭いきれなかった……しかし! このお方を見よ! 三千の軍を率いた女王であり、我が国のジレン一族も認めた君主であり、華奢で可憐な少女である! バレーナ様が姉妹と呼ぶこの娘が、誰よりもバレーナ様のために力を尽くし、痛ましい傷を負ったのである! 我らの女王のためにここまで身を犠牲にされたのを知って、奮い立たぬ戦士はこのエレステルにはおらぬであろう!?」

 おおおおぉ…!

 まだ戸惑いが入り混じっているが、意志は統一されつつある――畳みかけるようにバラリウスは咆える。

「ワシは将軍ではなく、一人の戦士としてこのお方に敬意を表し、バレーナ様を脅かす反乱軍と戦う決意をした!! 貴様らはどうだ!? 我らが女王たちのために剣を取る気概があるか―――!?」

 うおおおおぉぉ―――!!

 鬨の声が上がる……! 紛れもない、バレーナとアルタナディアに対する誠意の現れだった。

 バラリウスは拳を振り上げて一頻り猛ったあと、アルタナディアを振り返った。

「後のことはお任せ下され! ……なぁに、我らにも見せ場を作って頂かねば、若い者にナメられますからな」

「チッ…」

 したり顔のバラリウスに舌打ちするアケミ。何だかんだでまた助けられたことになる。アルタナディアを疑っていたというのは本音か? 演技か? 気になる所ではあるが、ともかくアルタナディアを運ぶのが先だ。カリアとともに馬車に乗せると、後から乗り込んだカリアがアルタナディアに抱きついた。

「なんてことをなさるんですか、もう…っ! アルタナディア様は王様でも、女なんですよ!? 無茶が過ぎます! どれほど飛び出そうと思ったか…!」

「よく我慢しましたねカリア……」

 アルタナディアがしがみつくカリアの頭を撫でる…。アケミはすっかり毒気を抜かれてしまった。

「お前ら逆だろ…どっちが姉だったよ。ま……さっきのバラリウスじゃないが、後は任せておけ。お前は十分お膳立てをしてくれた。何だかんだ言っても、やっぱり剣を振るうのはあたしたちだ」

 アルタナディアの返事も聞かずにドアを閉め、馬車を送り出す。作ってしまった借りはあまりに大きい。無駄にするわけにはいかない―――……!









「思った以上に恐ろしい女であったのう、アルタナディア様は」

 ベルマンが、思い出したようにぼそりと洩らす。

 演習場で状況説明と訓示を終え、兵たちは戦闘準備に奔走する。その間、将たちはあらゆる状況下での軍の運用を検討するため再び会議室に戻り、作戦会議に入った。そのままの流れで遅めの昼食を摂っていた最中の突然のぼやきである。とはいえ、安易に聞き逃すこともできなかった。

「確かに。バレーナ様とはまた違った天性の素質を備えておられる。あの強さ、腕力では勝負になりませんぞ」

 バラリウスに共感する人間は多い。アルタナディアにはどこか人智を超えた、神性なカリスマ性がある。触れること能わず、刃向かうこと許さず―――不可侵とも思えるあの絶対さは何なのか。

「…しかし、『あった』とはどういうことなのでしょう?」

 ナムドが質問するのはベルマンのぼやきについてだ。よくぞ聞いてくれた――とは言わず、おや気付いちゃった?ととぼけた態度をとるのは、この筆頭将軍の悪い癖であり、幼い孫に好かれる点でもある。

「ふむ……実はジレンに聞いたのじゃよ、アルタナディア様のどこを認めたのかをな」

「ほう、それで?」

「教えなんだ」

「なんと! しかしそれは仕方ありませぬなぁ、御大はうっかり言いふらしてしまうやもしれませぬ。ちょうど今のように」

「なんと!? それはうっかりしたのう」

 会議室が笑いに包まれる。が、茶を啜るベルマンの瞳の奥底は笑っていなかった。

「だが一つだけ気になることを言いおった。ジレンの先代は十年前にアルタナディア様の才格を見抜いていたらしい。それも決め手の一つであると」

「十年前……まだ年端もいかぬ子供ではありませんか」

「そうよ。ワシはのう、幼い頃よりヴァルメア様のお世話係をしていたこともあって、王室に近い位置におることが多かった。ヴァルメア様は元より、ガルノス王の戴冠式や挙式にも参列した。ガルノス王の妃となられたマリアンナ様はお美しい方でのう、微笑まれれば辺り一面輝きに満ち満ちた。されどその娘であるアルタナディア様は王妃様の面影を色濃く残しながらも、正反対に感情の起伏のない少女であった。声が出ないのかと不安になるほどに言葉数少なく、常に父王の後ろに静かに控え、顔を伏しておられた。そのお姿をお見かけする度、王妃様が亡くなられた影響が大きかったのであろうと不憫に思ったものよ。されど―――……その実、己の才格を隠していたのやもしれぬ。あれは周囲を欺くための演技ではなかったのかと感じたわけよ」

「ガルノス王がそのように仕込んでいたと?」

「わからぬ。しかしガルノス様もヴァルメア様もどうしようもない子煩悩でな、自分の娘に自らを縛るような教えをするとは思えん。マリアンナ様によるものか……もしかするとガルノス様は気付いておったのやもしれぬがのう。そこのところどうじゃ、アケミよ」

 呼ばれたアケミはスプーンを口に入れたまま目線だけベルマンに向ける。アケミはシロモリ本来の任務である軍事アドバイザーとして末席にいた。

「……どうとは?」

「バレーナ様はアルタナディア様の本来の姿に気付いておったのかのう?」

「…………」

 スプーンを置いたアケミはグラスに口をつける。が、傾けても飲むふりだけだ。頭の中でアルタナディアという人物像を消化しきれていない。いや、今のベルマンの話を聞いていよいよ理解できなくなってきた。しかし自分はそのアルタナディアを買って味方している。「よくわからない」では済まされないのだが……

「…おそらく、気付いていたんじゃないのか。正確には捉えていなかったのかもしれないが、それでもアルタナディア様を一番評価していたのはバレーナ様だ。耳にタコができるほど自慢話を聞かされていたからこそ、アルタナディア姫と繋がりを持てたわけだしな」

「それはどちらかというと妹自慢ではなかったのか?」

「どうだろうな…。ただ………あたし個人の感触を述べさせてもらっていいだろうか?」

「うむ」

「アルタナディアはバレーナに一途だよ。ちょっとどうかと思えるほどにな。大人しいフリして大胆不敵だったり、理知的でありながら強引な手腕とか意外性が目立つが、そもそもアイツには欠けているものがある……そしてそれが何か、おそらく自分でわかっている。だからそれを埋める要素であるバレーナに味方するのに必死なんじゃないか?」

「欠けているものとは…?」

「知らん。わからん。あくまで感触の話だ」

実際、アケミにはそうとしか言い様がなかった。アルタナディアは何かが欠けている……出会って、エレステルに連れてくる道中の頃から感じていたことだ。それが何かはうまく説明できない。

「なるほどのう……実に興味深い。じゃが、どうも年頃の娘というものはよくわからん。ワシも娘を育てたが、未だにわからん」

 今日一番難しい顔をするベルマン御大……今悩むのはそこか?

「そのことについてはともかく……シロモリよ、イオンハブスはどうするつもりなのだ? 戦闘に参加するのか?」

 バラリウスの問いはアケミの癪に障った。

「参加できる状態じゃないだろ! ていうか、後の事は任せろって言ったのお前だぞ!?」

「あちら側の意志の確認だ。女王のわずかな護衛を手勢に加えても何が変わるわけでもない。だが先の演説では、どうにも参加するおつもりのようだったのでな」

「……そういう腹積もりだろう、おそらく。だが…」

「…とりあえず戦線に参加したという実績を作ればいいのですから、離れた位置に控えて頂ければよいのではありませんか? もちろんそれでは軍事協力として不足でしょうから、実力を持つ数人だけ前線に加わってもらうという事で」

 ナムドの提案が妥当だとアケミもわかっているのだが、素直に頷くことができない。五~十人が妥当なところだろうが、実力的にもエレステル兵たちの知名度としてもその中にカリアが入ってくるだろう。アルタナディアは送り出せるだろうか? 手放せるだろうか? バレーナだけじゃなく、カリアもアルタナディアには必要だ…。

「アケミよ、あまり思い悩む余裕はないかもしれんぞ」

「は…?」

「戦力差があるとはいえ、一度に三千人を超える兵を動かす大規模戦闘はここ二~三十年でなかったことじゃ。どのような不測の事態が起こるかわからぬ。猫の手も借りたいが、なにより優秀な人材が欲しい。お主も何が必要なのか見極めよ」

「………」

 ベルマンの言葉に、いつもとは違う厳しさを感じたアケミだった……。




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