「やっぱ、とんでもねー……」

「そういえば、どうしておれの事情が分かったんだ?」

 

 焼きそばパンを食堂の端に三人並んでかじりながら、おれは夏樫なつかしに尋ねた。

 舌をもったりと刺激してくるソース味。

 飽きるほど食べてきた購買の最安値のパンだが、こうしてめちゃくちゃ目立つ女の子二人のそばだと妙な緊張感がある。


「ああ、はるもみのおかげやそれは」


 いちご牛乳の紙パックに刺したストローから口を放して、夏樫が言う。


「は、はるもみ……?」

「あー、昨日桜餅みたいなオンナにおうたやろ? はるさきもみじ、ちぢめてはるもみ、や。キミの握手が気に入ったらしいで。おかげでこんな早くこれたんや」

 

 確かに、あの振り袖の女性は淡いピンクに緑と、全体的にあの和菓子のようなカラーリングをしていた。けど、はるもみって……変わったあだ名だけど、年上なのに子供みたいにはしゃぎまくる彼女にはぴったりかもしれない。

 やべー人という認識しかなかったが、アレでこの二人が来てくれたなら彼女の手を思い切り握った甲斐があったというものだ。


「なんかやたらと冬壁のことで騒いでたけど……」


 冬壁のほうを見ると、夏樫が現れたときとはまた違う「うへえ……」みたいな顔でお茶のペットボトルから口を離している。


「あー、はるもみは冬壁ちゃん猫かわいがりしとるからなぁ、まあアイツはオンナノコなら誰でも好きやけど」


「いつも人を着せかえ人形にするのは勘弁して欲しいわ……」

 

 照れくさそうに呟く冬壁ふゆかべ

 なに着せてもカワイイって言ってたな。つまりこの前の看護服とかもあの「はるもみ」さんが選んでたのか……。


「どうせ私の鋏を使ったら白くなるんだから何着ても一緒なのに」

「んなこと言うて、いつも断らんやろ~?」

「アレはウチらのおっかけみたいなもんなんやけど、キミらのアフターケアかねてこの世界のこと探っとかせたんや。あと、このヒミツ兵器の調達もな」

 

 言いながら、夏樫はパーカーのフードに手を伸ばした。

 手品のように、そこからやたらと箱型のブツを取り出しておれに手渡す。


「え、これって」


「ふふ、キミはるもみに言うたやろ? ジブンの力でなんとかしたい、て。それを叶えたるわ。キミもオトコや、チャンスがきたら、ためらわんとソレ使うんやで」 


 おれは改めて、両手に収まるソレを見つめた。固く冷たい感触と重みが伝わってくる。

 これで、盗撮魔にトドメを刺せというのか……。おれに出来るだろうか。


「さって、昼の授業は体育やって? 球技でも走りでもなんでもござれや、いこっか冬壁ちゃん」

「目立つ行動は控えなさいよ? 物理法則を歪めてスーパープレー、なんてするんじゃないわよ」

「せーへんせーへん、安心してえな冬壁ちゃん。せーせーどーどーで勝負するさかい」


 飲み終えた紙パックの底の角をひとさし指に乗せてくるくる回転させてから、かなり離れたゴミ箱にシュートする夏樫。

 見事命中し、近くにいた生徒たちから拍手が挙がった。得意げに両手を掲げてそれを受けている。


「着替えはヤツが狙いにくるぞ。どうすんだ?」


 黒いパーカーの背中に問いかけると、夏樫は冬壁のスカートの裾を指先でつまんだ。


「撮りたいんやったら撮らせたろやないの、撮れるもんなら、な」

 

 また人の悪い笑みで振り返るのと、冬壁が無言でその手をぴしゃりとはたくのはほぼ同時だった。


 そして、チャイムが鳴って5時限目。

基本的に体育の時間は男女が別々だが、今日は運動場を二つに分けてのサッカーだった。

運よく絶好のチャンスが回ってきてボールを一気にゴールまで運ぶ……と、突然目の前に味方チームの背中が飛び込んできて思いっきりぶつかった。ラグビー部のガタイのいい奴だったので、おれのほうが跳ね返される。


「あいたた……おい、どうしたんだよ?」


 転がったおれを振り返った巨漢は、あんぐりと開けた口のままおれを見て、ちっちゃい子どものようにグラウンドの左を指差した。


「んん? 女子の試合に何があるって、」


指の先を見ておれは絶句した。何に?

夏樫だ。

 高々と跳びあがった白と黒のシルエット(体操着にはさすがに着替えたようだが何故が上下真っ黒だった)が、

 くるりと一回転し、伸ばした足先が空中に舞い上がっていたボールを捉える。真っ直ぐに飛んだオーバーヘッドシュートはキーパーの頭上を通過してネットを揺らした。

 そしてゴールを決めた夏樫はよろめきもせずスーパーヒーロー着地を決め、女子生徒たちから拍手喝采を受けていた。

 その後もあっという間のハットトリックで次々に点を奪っていく。晴れた空の下で輝く白い髪と、躍動する黒い体操着に包まれた体に目を奪われる。


「やっぱ、とんでもねー……」

 

 呟いて我に帰り辺りを見回すと、男子連中は揃いもそろって固まり、ポカンと口を開けて夏樫に見とれていた。

 一部前かがみになってるヤツもいた。突然トイレを目指すヤツも……。

 おいやめろ、欲求に正直すぎるだろ。体操着が黒いと体の凹凸がよく分かるなんて知りたくなかったわ。

 おれはいたたまれくなって、冬壁の姿を探す。こちらは普通に白い運動シャツと紺色のハーフパンツ姿で、その安心感を覚える平坦さに内心胸を撫で下ろしているといると、またあの冷たい目で睨まれた。


 そんなこんなで、体育の授業は夏樫一人に無茶苦茶にされたのだった。

 同時に、あれだけ注目を集め続ける夏樫なら間違いなく盗撮野郎のターゲットになっているだろうことに、心配になったりした。

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