『攻略法』
いよいよ三回戦が始まる。優勝を争う二校が盤を挟んで向かい合った。
依然、
不在の大将に代わり、
団体戦の手番は、大将戦を基準に以下、交互になるよう自動で決まる。つまり副将戦の天涅は黒番(先手番)で、三将戦の
副将戦。天涅と相対するいのりが、白石の入った
会場に集う全チームの準備が整ったタイミングで、司会進行役がマイクをとった。
「それでは皆様、三回戦を始めてください」
声を合図に、若き碁打ち達が一斉に頭を下げる。
「お願いします」
たちまち、会場が碁石の音に包まれた。
そんな中、天涅はしばらく石に触れようとしなかった。じっと盤を見下ろして、呼吸を数える。彼女は自分の内にある感情を、じっくりと味わっているのだ。
死体に魂を縛り付けて造られた天涅にとって、「自分」とは高いところから俯瞰して認識するもの。すべての実感、すべての感情が魂から遠く離れた場所にある。
しかし今、そんな彼女の胸中に、一つの強烈な感情が湧き上がっていた。同じ揺らぎは、以前にも感じたことがある。忘れもしない、
あの日、天涅は【黄金棋眼鏡】を使っていたにもかかわらず、なすすべなく倒された。自分の
そして今、彼女の胸には、あの時と同じ恐怖が去来している。負けてはいけない戦いなのに、やり直しがきかず、しかも相手は
まともにやっても勝てっこない。あれだけ大口を叩いておきながら、天涅は役割を果たすこともできず、無様に敗北するしかないのだ。その未来を想像すると、乾いた肌が泡立ち、硬い肉が震える。ピクリともしないはずの心臓が、まるで脈打っているかのようだ。
しかし、そんな恐怖も感情であることに変わりはない。……つまり、天涅の魂は飛びつかずにはいられない!
(嗚呼)
瞳が拡大する。呼吸が荒ぶる。溢れるよだれが止まらない!
(……たまらなぁい!)
重たい恐怖を堪能しながら、天涅は衝動に任せて第一手を繰り出した。
そこからは、お互いに長考なく、手が進んだ。
わずか数手打っただけでも、相手との実力差は肌で分かった。五年間ずっと【黄金棋眼鏡】のレンズ越しに見てきたあの正確無比な手が、今まさに天涅自身へと刃を向けている。
それでも勝たねばならない。そのためにはまず、【黄金棋眼鏡】という結界に閉じこもってしまった「いのりの囲碁」を引きずり出すことが必要だ。それができて初めて、同じ勝負の土俵に立てる。
では、その方法は? 陰陽師の力をもってすれば、すぐ目の前にある片眼鏡を破壊することくらいは造作もない。だがそんなやり方では、騒ぎになることを避けられない。それはダメだ。
となれば、いのり自身の意志で片眼鏡を外させるしかない。
際どい道になるが、対局前から考えている作戦があった。いや、作戦とも言えない、ただの思い付きのようなものだ。しかしこれしかない、という確信もあった。
「へ、へへ、えへへへへぇ……!」
ひりつく空気に酔いしれながら、天涅はこれまで以上に、石を強く握りしめる。
鍵となるのは《石の声》だ。ある程度の
だが、
神との契約に手を出してまで囲碁の大会にこだわった彼女なら、あるいは天涅の声を聴き取ってくれるかもしれない。どれだけ肉体と調和していない魂でも、碁石を通せば声を伝えることはできる。それは鷺若丸に教えてもらったことだ。
――さあ、聴きとってみろ。わたしの《石の声》を!
天涅はありったけを注ぎ込んだ黒石を、敵陣深くに叩き込んだ。
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