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3月18日、いよいよこの時がやって来た。卒業式だ。体育館には普本小学校の生徒や教員、関係者や、卒業生の保護者も集まっている。そして、平成22年度の卒業生になるはずだった幽霊たちもいる。だが、その中には平成22年度の卒業生の保護者もいる。中には死んでいる保護者もいて、その席には遺影がある。彼らは知っている。この後、平成22年度の卒業式も行われるんだと。
「ただいまより、令和5年度、普本小学校卒業式を始めます。卒業生、入場」
校長の声とともに、卒業生がやって来た。年々数が減少していて、今年はついに1桁になった。復興が進む中で、徐々に住んでいる子供の数は減ってきている。だが、今年も卒業式を迎える事ができた。
体育館に入って来た卒業生は自らの席に座った。参加者は、卒業生の様子をじっと見ている。今年の卒業生はみんな、東日本大震災を経験していない。そう思うと、参加者は何か特別な気持ちになった。
「卒業証書、授与。赤崎陸!」
「はい!」
陸が立ち上がった。陸は校長のいる演台にゆっくりと向かった。何度も練習した卒業式。完璧にできるようになった。
「卒業証書、赤崎陸。右の者は小学校の課程を修了したことを証する 令和6年3月18日、普本町立普本小学校校長、浜田清」
陸は卒業証書をもらった。寂しいけれど、今日でお別れだ。明日、僕は東京へ向かう。だけど、小学校での日々、普本で過ごした日々はいつまでも心の中に残り続ける。
その後、次々と卒業生は卒業証書を受け取っていく。光輝と陸、松島にしか見えないが、平成22年度の卒業生の姿もある。だが、今は振り向いてはいけない。卒業式に集中しなければ。
「高田光輝」
「はい!」
そして、光輝の番が回ってきた。高田は演台に向かい、卒業証書を受け取った。光輝は嬉しそうだ。だが半面、共に過ごした赤崎との別れで寂しそうだ。赤崎だけは同じ中学校に行けない。寂しいけれど、別れを乗り越えて人間は成長していくのだ。耐えなければ。
卒業証書の授与が終わると、校長のあいさつがある。
「卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。皆さんは2011年の4月から2012年の3月にかけて生まれました。皆さんは、経験してないでしょう。あなたたちが生まれる前年度の3月11日に、東日本大震災があったのを。復興に向かって進んでいく中での、新しい命として生まれました。震災の苦しみが癒えない中で、よく成長してくれました。そして今日、小学校の卒業式を迎える事ができたわけです。どんなに時が経とうとも、自分たちが生まれる前の2011年3月11日、14時46分に、東日本大震災が起きた事を、忘れないように、そして後世に語り継いでいかなければなりません。そしてどうか、この日を無事に迎える事ができた事に感謝しなければなりません」
校長の言葉に、割れんばかりの拍手が起こった。校長には見えないが、平成22年度の卒業生はその言葉を聞いて、泣いていた。この人々が、東日本大震災の事を語り継いでいくんだ。
そして、卒業の言葉になった。練習したとおりに、順番にセリフを言う。これも何度も練習した。ばっちり覚えている。来場者は、卒業生をじっと見ている。
「お父さん、お母さん、私たちは今日、卒業証書をいただきました。私たちは6年前、入学しました。私たちは平成23年度に生まれました。私たちは東日本大震災からの復興を目指す中で、新たに生まれた命。震災からの復興を目指す人々の新しい希望でした。それと共に、私たちは、東日本大震災を経験していない子供たち。だからこそ、東日本大震災の記憶を後世に語り継がなければならない。その使命の元に6年間を過ごしてきました。楽しかった遠足、社会見学、そして6年生の修学旅行、全てが素晴らしい思い出でした。そんな6年間を終えて、今、新たな旅立ちを迎えました。私たちは、未来に向かって、羽ばたいていきたいと思います。さようなら」
その言葉を聞いて、涙する人もいた。小学校の生徒は、復興に向かう東北の希望そのものでは? この子たちが、東北の未来を作っていくだろう。
それが終わるとすぐに、卒業生は『さようなら』を歌い出した。
素晴らしい時はやがて去り行き
今は別れを惜しみながら
共に歌った喜びを
いつまでもいつまでも忘れずに
楽しい時はやがて去り行き
今は名残を惜しみながら
共に過ごした喜びを
いつまでもいつまでも忘れずに
心の中に夢を抱いて
明日の光を願いながら
今日の思い出忘れずに
いつかまたいつかまた会える日まで
来場者はじっとその曲を聞いている。いよいよ別れの時が近づいてきたと実感する。
「卒業生、退場!」
その声とともに、卒業生は体育館を去っていこうとした。だが、卒業生は体育館の端に並んだ。これからもう1つの卒業式があるからだ。
「終わったね」
「うん」
高田と赤崎は知っている。その他の卒業生も知っている。これから、平成22年度の卒業式も行われるんだと。
「だけど、これからだね」
「ああ」
来場者はその後もじっとしている。
「ただいまより、平成22年度、普本小学校卒業式を始めます。卒業生、入場」
そして、平成22年度の卒業生がやって来た。彼らはうっすらとした姿だ。みんな、12年前に死んだんだ。そう思うと、来場者の中には涙する者が少なくない。
全員が席に着くと、卒業証書の授与が行われた。それは、平成22年度の卒業証書だ。だが、それを受け取っても、彼らは中学校には進めない。あの日で命が終わったからだ。そう思うと、卒業生も涙が出てきた。彼らの生きられなかった分も一生懸命生きなければ。
そして、再び校長の言葉があった。来場者は再び、その様子を聞いている。
「平成22年度の卒業生の皆さん、12年遅れではありますが、卒業おめでとうございます。卒業式を間近に控えた2011年3月11日、14時46分、東日本大震災が起きました。そして、その後起きた大津波によって、みんな亡くなってしまいました。あの時はさぞかし苦しかったでしょう。そして、卒業式は行われず、体育館は避難所になってしまいました。そんな中、皆さんは見えなくても、この体育館で見守って来たんですね。全く気付かなくて、本当に申し訳ございませんでした。だけど、こうして卒業式を迎えられて、本当に嬉しいでしょう。どうか、本年度の卒業生の皆さんも、今日、卒業式を迎えられる喜びを感じてほしいものです。そして、ようやく卒業式を迎えられた彼らの想いを、受け継いでほしいものです」
その校長の言葉にも、割れんばかりの拍手が起こった。いや、それ以上の拍手だった。12年の時を超えて、ようやく卒業式を迎えられたんだ。感動もひとしおだろう。
そして、平成22年度の卒業生の言葉が始まった。来場者、卒業生、在校生はじっと見ている。
「お父さん、お母さん、私たちは、12年の時を超えて、ようやく卒業証書をいただきました。私たちが入学する前の年、プロ野球が球界再編で揺れていました。そんな中で、私たち東北の人々に新しい夢も生まれました。そう、東北楽天ゴールデンイーグルス! とても弱かった、だけど、いつか強くなれる、日本一になれると信じていました! そして私たちが6年生になった年の秋、星野監督がやってきました。この人なら、イーグルスを日本一にしてくれると思い、来年からの期待にあふれていました! そして、私たちは卒業式を迎える事を楽しみにしていました! でも、平成23年年3月11日、14時46分、東日本を中心に大きな地震が起きました。私たちは津波に飲み込まれ、死んでしまいました。それから、私たちはできる事のなかった卒業式を迎えたいと思い、ここにいました。その間、東北では色んな事が起こりました。平成25年には楽天イーグルスが日本一、令和2年は新型コロナウィルスによる外出制限、2022年には仙台育英高校が夏の甲子園で初優勝、思えば、喜びもあれば悲しみもあった12年間でした。だけど今日、12年の時を超えて、ようやく卒業証書をいただきました。だけど、私たちは中学校には上がれません。もうあの時で時が止まってしまったからです。ですが皆さん、私たちの時が止まった平成23年3月11日の事を忘れないでください。そして、私たちがいた事を、いつまでも忘れないでください。さようなら」
そして彼らも、『さようなら』を歌った。これが本当のさようならだ。もう会う事はない。だけど、遠い空から東北を見つめているだろう。
そして、平成22年度の卒業生は退場しようとした。だが、そこに今年の卒業生がやって来た。何が始まるんだろう。特別な何かだろうか?
卒業生はステージに並ぶと、ピアノの演奏が始まった。これが今年の卒業生と平成22年度の卒業生のお別れの曲だろうか?
そして今年の卒業生は、『花は咲く』を歌い出した。
真っ白な雪道に春風香る
私は懐かしいあの街を思い出す
叶えたい夢もあった
変わりたい自分もいた
今はただ懐かしいあの人を思い出す
誰かの歌が聞こえる
誰かを励ましてる
誰かの笑顔が見える
悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう
夜空の向こうの朝の気配に
私は懐かしいあの日々を思い出す
傷ついて傷つけて
報われず泣いたりして
今はただ愛おしいあの人を思い出す
誰かの想いが見える
誰かと結ばれてる
誰かの未来が見える
悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
私は何を残しただろう
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
いつか恋する君のために
その歌を知らない彼らは、涙を流した。こんな素晴らしい歌があるんだ。
「いい曲じゃん!」
「素晴らしい!」
「感動した!」
石橋は感動していた。こんな素晴らしい日を、生きているうちに体験したかったな。
「こんないい曲があるなんて!」
そして、今年の卒業式は終わった。いつもと違う特別な卒業式、多くの人々が涙を流しながら会場を後にしたという。
その後、卒業生と松島は再び体育館にやって来た。そこには平成22年度の卒業生がいる。
「終わったね」
「うん」
今日、無事に卒業式を終えた。来月からは中学校生活が控えている。部活に、高校受験に、大変な日々が続いていく。
「これでようやく夢を実現できたんだね」
「でも、中学校には進めなかった。それを思うと、かわいそうでしょうがない」
だが、松島には心残りがある。平成22年度の卒業生は、中学校に進めないのだ。これはどうにもならない。だけど、受け止めなければならない。
「うん。今日、こうやって生きていられる事、中学校に進める事がどんなに幸せか感じながら生きていかなければならない。生きているうちに卒業式を迎えられなかった彼らの分まで、頑張っていかなければならない」
光輝は真剣な表情だ。彼らはじっと聞いている。
「光輝くんの言っている通りだよ! いい事言ってるじゃん!」
「ありがとう」
光輝は笑みを浮かべた。こんなに褒められたのは、初めてだな。
「みんな、本当に良かったね!」
「うん!」
石橋は卒業証書を見て、喜んでいる。だけど、生きている時に、正しい日にもらいたかったな。
「私たちが生きられなかった分も、一生懸命生きてね」
「わかった!」
今年の卒業生は決意した。平成22年度の卒業生が生きられなかった分も生きていこう。そして、人生を全うしたら、天国で再会しよう。
「天国から見守っているぞ!」
「今日は本当にありがとう!」
そして彼らは、体育館を出ていった。その様子を、平成22年度の卒業生はじっと見ている。
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