第16話 胸のざわめき

 今日は、いつもの本屋へ行くためにペリエと待ち合わせをしている。いつも通りベストとキュロット、それに汎用型のマスクで軽く身嗜みを整えて、ドラコは家を出る。

「今日はギリギリやもしれん」

 早足で歩くドラコにゼロがそう言うと、ドラコは改札に向けてICカードを用意しながら返す。

「まさか寝坊するとは。疲れてんのかな?」

「疲れてるというか、そういう周期だろうな」

 駅について改札を通り、丁度来た電車に乗る。この調子ならなんとか待ち合わせには間に合いそうだった。

 ノミズの駅に着いて、ドラコは早足で歩いて行く。きっともう、ペリエは待っているだろうからだ。そして案の定、待ち合わせ場所に着くと、いつも通りにゆったりとした服を着たペリエがぼんやりと待っていた。

「ペリエお待たせ。待たせちゃったよね?」

 見つけるなり駆け寄ってそういうドラコに、ペリエは手を振って宥めるように言う。

「そんな急がなくても、待ち合わせ時間ちょっと前なんだから。

たしかに多少は待ったけど、私が勝手に早く来てるだけだから気にしなくていいんだよ」

 それを聞いたゼロが、そういえばといった風に訊ねる。

「ところで、ペリエってなんでいつもそんな早く待ち合わせに来るの?」

「あー、これは私の性格の問題だからあまり気にしないで。早め早めで動いてるとこうなるのよ」

「あー、なるほど」

 ゼロとペリエが話している間に、ドラコは軽く呼吸を整える。急いでいて少々緊張していたようだ。

「落ち着いた? それじゃあ本屋さん行こう」

 優しい声でペリエがそう言うので、ドラコは頷いて歩き始める。本屋まではそんなに離れていないのですぐに着いた。

 本屋に入ると、ドラコは早速入り口近くの検索システムの前に立つ。ゼロに購入予定の本を訊きながら、検索していく。

 その様子を、珍しくペリエが見ていた。検索結果のプリントアウトを取ったドラコが、不思議そうに訊ねる。

「あれ? ペリエは自分の分見に行かなくていいの?」

 その問いに、ペリエは笑って答える。

「私の分は今回、大体取り寄せてるからカウンターにあるんだよね。だから、たまにはドラコがどんな本をいつも買ってるのか、一緒に見てみたいと思って」

「そっか。じゃあ一緒に見よう」

 ドラコの声は、少し弾んでいる。今まで本を買うときは別行動だったけれども、一緒に本を見られるというのが嬉しいのだろう。

 ドラコは、手元の検索結果を見ながら本棚を移動し、本を探していく。小説のコーナーで少し前に出たケイトお勧めの小説を手に取り籠に入れ、その近隣にある本もぱらぱらと見る。図鑑のコーナーでは道端に咲いている小さな花々の本を手に取り、その近辺にある本をまたぱらぱらとめくる。それで目に留まったのか、予定になかった蘭の花の図鑑も籠に入れた。それから、そのすぐ側にある天文関連書のところで新書を一冊籠に入れる。そういったことを本棚を巡りながら繰り返し、本を籠に入れレジカウンターに並ぶと、会計待ちの間にペリエが少しぼんやりした声で言う。

「ドラコって、こんな本読むんだ」

「うん。私がこういう本読むの意外?」

「意外というか、錬金術関連の専門書だけじゃないんだなって」

 ペリエの言葉に、ドラコはくすくすと笑う。

「専門書以外のものっていうか、普段は興味ないって思ってるものでも読んでみると案外面白かったりするよ」

「なるほど。それもそうかも。私、ついつい呪術の専門書とキャンプの本に偏りがちだったから」

 その発想はなかったと行った様子のペリエは、改めてドラコが持っている買い物籠を見てこう訊ねた。

「私が読んだことなさそうで、ドラコのお勧めの本ってある?」

「そうだなぁ、ペリエってあんまり小説読まないじゃん。この本なんかお勧めだよ。私もケイトにお勧めされたんだけど」

「そう? ちょっと取ってこようかな」

「気になった? 行ってきなよ」

 ペリエが一旦レジ待ちの列から離れて、先程の小説コーナーへと向かったところで、ドラコの会計の順番がやって来た。会計を済ませ、今日は買った本がが多めなので、ナップザック型のエコバックに詰め込んで背負う。そしてそのまま、レジの側の新書コーナーでペリエが会計を済ませるのを待った。

 ふたりとも会計を終えて本屋を出たあと、ゼロがふたりにこう言った。

「そういえば、アルケミストアになんか新商品が入ったって情報あったじゃん?」

 それを聞いて、ペリエも思い出したように言う。

「そうだ、新作の呪術用インクが出たんだった。試してみたいのよね」

「そう? じゃあアルケミストアも行こうか」

 にっと笑ってドラコがそう言うと、ペリエがドラコの荷物を見て心配そうな声を出す。

「でも、ドラコまあまあな荷物あるじゃない。アルケミストアも寄って大丈夫?」

「実は私もサンゴが欲しい」

「ああ、なるほどね。じゃあ寄っていこうか」

 行くことは決まったけれど。ペリエがちらりと重そうなドラコの荷物を見る。

「ねえ、その鞄重くない? 私が持とうか?」

 心配そうにそう訊ねるペリエに、ドラコはにっと笑って返す。

「こんくらいどうってことないって。

学生時代はもっと重い荷物持ってたんだから」

「でも……」

「あと、自分の荷物は自分で持ってないと落ち着かないんだよ」

「あらそうなの? それじゃあ、がんばってもらおうかしら」

 ドラコの言葉に、ペリエは渋々ながら納得したようだ。

 話がまとまったところで、本屋の近くにある橋を渡って大学通りに出る。そこをしばらく歩いて、アルケミストアに入る。店内に入って、ドラコがペリエに訊ねる。

「このまま二手に分かれる?」

 ペリエは少し考える素振りを見せてから、一旦ゼロの方を見てこう返す。

「今日はドラコと一緒にぶらぶら見て回りたいな。たまにはそういうのもいいでしょ?」

「そうだね。じゃあまずサンゴ見に行っていい? 封蝋もちょっと見たい」

「じゃあ、まず錬金術コーナー見ようか」

 ふたりは言葉通り、早速錬金術コーナーへと向かい、サンゴをそれぞれ手に取る。それから、[塩]や[硫黄]や[水銀]それにアンジェリカ水を見て回る。それを見てドラコは、そういえば最近はとんとこのあたりを使っていないなとしみじみ思う。学生時代はかなりお世話になったものなのだけれども。

 錬金術用の材料が置かれた冷蔵庫はスルーし、呪術コーナーへ向かう。冷蔵庫をスルーした理由はペリエにもわかっていた。あの中に入っている、生体ホムンクルスの原料である馬の精子が、ドラコは苦手なのだ。できれば見たくないのだろう。

 呪術コーナーに着き、インクの前を見て回る。一つ一つ丁寧に手に取るペリエの様子を見てか、ドラコがゼロに訊ねる。

「そういえば、新作のインクって?」

 ゼロはドラコの目の高さに置かれた、金の箔押しで蛇が絡みついている杖が描かれている瓶を差す。

「これ。詳細はペリエの方が詳しいんじゃないかな」

 そのやりとりに気づいたのか、ペリエははっとしたように口を開いて、そのインクを手に取る。

「あー、この模様だと医療系か。うちにない感じだから買っていこうかしら」

「医療系? どういうこと?」

 錬金術や呪術が発達しているとはいえ、医療は基本的に医者の管轄だ。なのになぜ医療系の呪術用品があるのか、ドラコには疑問な様だ。それを察したのか、ペリエはインクを見せながら説明する。

「医療系といっても快復祈願とかそう言う呪符用のやつだよ。あと、術後の厄払いとかね」

「あー、なるほどー」

 それから呪術コーナーも見て回って店を出ると、もう夕食時だった。折角だから食べて帰ろうと、ふたりは馴染みのラーメン屋に入ることにした。

 店に入って席に着くと、店内のテレビではニュースが流れている。その中で、最近開発中のマイクロ牛というものが流れた。

「えっ? マイクロ牛? そんなのあったら祭儀捗るじゃん」

 思わず声を上げ実用化して欲しいというペリエが、ふとドラコに訊ねる。

「呪術師は祭儀の時食事制限があったりするけど、錬金術師はそういうのないの?」

「特にはないけど、体調管理には気をつかってるよ」

 そこまで話したところでラーメンが来たので、食前の挨拶をして食べ始める。その間に、ゼロがドラコの言葉の続きを言う。

「サンゴを育てるのに不健康な血は使えないからな。不健康な血を使ったサンゴは、ホムンクルスのエラーの元だ」

「なるほど。錬金術師も大変ね」

 感心したような声を出すペリエに、ドラコが言う。

「でも、呪術師も体が資本でしょ? お互い健康には気をつけようね」

「おうよ、もちろん」

 食事が終わり店を出ると、周りはすっかり暗くなっていた。こういう時間まで出かけていることは珍しくないのだけれども、ペリエが心配そうにこんなことを言う。

「こんなに暗いし、家まで送っていこうか?」

 その言葉にドラコは笑って返す。

「慣れた道だから大丈夫だよ」

「そう? 気をつけて帰ってね」

 ふたりは駅で解散して帰路につく。その中でペリエは、なんとも言いがたい不安に付きまとわれていた。

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