第4話 本屋巡り

 この日ドラコは仕事関連の買い出しをするために、本屋が並ぶ学生街、ノミズの駅でペリエと会う約束をしていた。特になにか特別な用事があるのではなく、月に一、二度あることだ。

 ふたりはそれぞれに錬金術師と呪術師という職業柄、本をたくさん読む。錬金術師、特にホムンクルスを作る者は様々な知識を溜め込まなくてはいけないし、呪術師は専門的な知識の更新を常に迫られる。

 一般的な勤め人からすると気ままな仕事をしているように見えるドラコとペリエも、それなりに自己研鑽を積んでいるのだ。

 本屋最寄りの駅の改札を通ると、ゼロがドラコに言う。

「多分ペリエはもう待ってるから早めに行った方がいいぞ」

「あ、そうか」

 すぐさまに固い足音を響かせて歩調を速める。ドラコも待ち合わせ時間には間に合うように到着するタイプなのだけれども、ペリエはどうにも早めに到着する癖があるらしく、時間通りについても十分か二十分ほど待たせてしまっていることが少なくない。

 ペリエは、遅れてきてるわけではないから気にしなくていいと言うけれども、それでもドラコはあまり待たせるのは気が引けるようだった。

 早足で待ち合わせ場所に着く。周囲を見渡して、ドラコは見覚えのある風貌の男性をみつけた。

「ペリエおまたせ」

 そう言って見覚えのある男性、ペリエに声を掛けると、彼も手を振ってドラコに返事をする。

「そんな待ってない……キャー!」

 突然悲鳴を上げたペリエに駆け寄り、ドラコがきょとんとした声で訊ねる。

「どうした。何があった」

 するとペリエは、マスクの目の部分を手で覆ってドラコに言う。

「ナイナイしなさい!」

「え? 何を?」

「あんよナイナイしなさい!」

 そう言われてドラコは自分の脚を見る。上半身はいつも通りシャツにベストだけれども、下半分は先日通販で買ったばかりのレザー風のホットパンツにガーターストッキング柄のタイツを合わせている。

 ドラコは朗らかに笑ってペリエに返す。

「そんな警戒しなくても。これちゃんとタイツだからさ」

 するとペリエは、口をもぐもぐさせて言う。

「わかってるけど、その格好はちょっと、私みたいな童貞には刺激が強いのよ……」

「ペリエも難儀やな」

 思いの外恥じらいを見せるペリエに、ゼロは同情しているようだ。

 ドラコの格好で一悶着あったものの、ふたりは早速目的の店へと向かうことにした。今日まず行くのは、いつも行っている本屋ではなく、アルケミストアという錬金術と呪術用の用品を売っている店だ。購入に錬金術師免許や呪術師免許が必要なものが多いという専門店で、錬金術師や呪術師の専門学校や大学が多く建ち並ぶ地域以外ではあまり見掛けない。ノミズのあるこの星はそういった専門学校や大学が多くある方だけれども、それでもアルケミストアの数はそこまで多くはない。

 いつもより気持ち大きめの鞄を持ったペリエをドラコが見る。ペリエはいつも、けっこうな量の資材をアルケミストアで買っているけれども、よく持ち帰れるものだと思う。ペリエは一見、そこまで体力があるようには見えないのだ。実際は体力があるのはわかっている。けれども、いつも華やかなマスクを着けて、手の甲まで覆い隠すゆったりとした上着に、ストレートパンツ、それになるべく肌を出したくないからという理由できれいに爪に塗っているマニキュアを見ると、女性的な印象が拭えないのだ。

 アルケミストアに行く途中、本屋の前を通る。その時にペリエがドラコに訊ねた。

「あとで本屋さん寄る?」

 ドラコは少し考えて返す。

「荷物次第かな。見られたら見たい」

 本屋の前を通り過ぎ、川にかかった橋を渡って大学通りに出る。この通りに、ふたりが学生時代から使っているアルケミストアがあるのだ。

 通りを少し歩いてアルケミストアに入る。中は錬金術コーナーと呪術コーナーに分かれているので、まずはドラコが用事のある錬金術コーナーに行く。ドラコの用事は、新しいサンゴの種だ。先日結晶の収穫をして土台の木が役目を終えたので、新しいものが必要になったのだ。ドラコが手に取るのを見てか、ペリエもサンゴの種を手に取る。

「あれ? ペリエもサンゴ使うん?」

 ゼロの問いに、ペリエはくすくすと笑う。

「案外呪術でも使うんだよね。育てるの大変だけど」

 その言葉にゼロとドラコは同意する。

「わかる。結構血を使うもんな」

「血を抜きに病院行くのも大変だし」

 サンゴの種を確保したところで、ドラコは少し離れたコーナーで灰のようなものが詰まった透明パックを手に取る。パックには[塩]というラベルが貼られている。

「あら、塩って自分で作らないの?」

 ここでいう[塩]は、料理に使われるいわゆる塩化ナトリウムのことではなく、ドラコ達錬金術師が錬金術を行う際にかなりの頻度で必要になる物質のことだ。[アンジェリカ水]と呼ばれる、人の手にも金属にも触れさせずに溜めた雨水で育てたハーブを炭になるまで焼いたものを、錬金術界隈では[塩]と呼んでいる。

 ペリエの問いに、ドラコはしれっと返す。

「買った方が品質安定してるからさ」

「わかりみが深い」

 ドラコの用事を済ませた後は、ペリエの買い物だ。呪術コーナーへと移動する。

 ペリエは買い物籠の中に、少し波打った厚めの紙が束になったものと、手の平に乗るサイズのインク瓶をいくつか籠に入れていく。これだけでもなかなかに重そうだけれども、そこにどんどん乾燥ハーブ類も足していく。結果として買い物籠山盛りになった。

 ペリエが今籠に入れたのは、全部呪術用の道具だ。紙は呪符を作るときに、インクは呪符を書く専用のもので、ハーブは儀式の時に燻したり煮こんだりする。

 ドラコがペリエの買い物籠を覗き込んで訊ねる。

「そういえば、呪符用のインクって出来合いのでいいの? 自分で作った方がいいんじゃないの?」

 するとペリエはくすくすと笑って答える。

「たしかに、依頼人にフィットした呪符を作るなら自作した方が合ったの作れるけど、販売用の汎用型の呪符だったら、ここで売ってるようなインクの方が品質が安定してていいんだよね」

「わかりみが深い」

 なんだかんだで、品質の安定性を求めるのであれば既製品は便利だという話をしてふたりは会計へと向かった。

 会計を済ませアルケミストアを出る。ドラコの荷物はそこまでかさばっていないけれども、ペリエの荷物はかなり膨らんでいる。その様子を見て、ゼロがふたりに問いかける。

「このあと本当に本屋に行くのか? ペリエは重くないか?」

 それを聞いたペリエはにっと笑って返す。

「重そうに見えるけど、実際はハーブで膨らんでるだけだからね。ドラコが行きたいって言うなら行きたいかな」

 ペリエの言葉に、ドラコはちらっとペリエの荷物を見てから返す。

「それなら本屋さん寄りたいな。旅行ガイドの新刊が出てたはずだし、えっと」

 言葉を切ってドラコがゼロを見る。するとゼロは、ドラコがチェックしていた本のタイトルをすぐさまにいくつか上げ、こう締めくくる。

「ってあたりがあれば欲しいんでしょ?

古い本もあるから在庫があるかはわからんけど」

「いやほんと助かる」

 ゼロとドラコのやりとりを見て、ペリエが感心したように言う。

「いや、こうして見るとホムンクルスって便利ね」

 褒められたと思ったのか、今度はドラコがにっと笑ってペリエに言う。

「ホムンクルス、欲しくなった?」

「ちょっと欲しいけど、お世話がねー」

「そんな手間のかかるものでもないけど」

 ふたりで笑い合って、これからどうするかという話をする。ゼロはすぐさまに、近くの喫茶店の情報を出す。いつも行っている喫茶店だ。とりあえずそこで一旦休憩することにして、その後に本屋に行くことになった。

 喫茶店に入り飲み物を飲みながら、ふとペリエがドラコに訊ねる。

「そう言えば、錬金術師って処女や童貞がアドバンテージになったりするの?」

「なんで?」

「いや、呪術師って処女童貞が結構大きいアドバンテージになるから」

「そうなんだ?」

 呪術は錬金術とは違う理で動くものだ。錬金術とは違う部分が多くあるのはドラコにもわかるし、そういうものだと思っている。

 今度はドラコが疑問に思ったことをペリエに訊ねる。

「それだと、呪術師って結婚できないんじゃない?」

 その問いに、ペリエはくすりと笑う。

「結婚後も処女童貞でいれば良いだけだから、法的には可能だよ」

「なるほどなー」

 ふたりのやりとりを聞いていたゼロが呆れたように言う。

「あんまそういう話題飲食店で出すなよ……」

 はっとしたふたりは、気まずそうな口元で笑って、話題を変える。けれども、どんなところでも知的好奇心は満たしたいものなのだ。

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