練習19(連作1-3)

「嘘の妊娠?」

 圭吾けいごが眉をひそめて聞き返す。

「そうだよ。突然『妊娠した』って言ってきて、やっぱり『嘘なの』って。マジでわけわからん」

 呆れながらに言うと、圭吾は顎の下に右手を当てた。

「彼女はなんでそんなことを?」

「それがな、俺が夏樹のことをどう思っているか知りたいからって」

「ふむ」

 考え込む圭吾をよそに、俺は一息にコーヒーを飲み終える。

「わけわからな過ぎて、ほっぽって出てきたわ」

「笑い事じゃないだろ」

 得意げに言う俺に、圭吾はきっぱりと言い放った。

「なんでそんなこと言うんだよ」

「『妊娠した』って嘘でも彼女が言ったんだろ? それがどれだけ重大なことか、幹人はわかってないのか?」

 いやに真剣な表情の圭吾に俺は尻込みする。普段は俺の話を笑顔で聞いてくれる圭吾だが、何か引っ掛かることがあるとスパッと切りこんでくる。

「男と違って、女は妊娠したら身体も精神も人生も一気に制限されるようになるんだぞ」

 俺はイラッと来て、すぐさま言い返した。

「いや、男だって人生制限されるだろ」

「それでも女はそれ以上に制限される。つわりは酷いし、転んだら自分以外の命を殺すことになるかもしれない。そういう状況で一年近くじっくり腹の中の命と向き合わなきゃいけない」

「でもよ……、夏樹はただ嘘ついただけだぜ?そんなことまで考えて言ってないだろ」

 俺の言葉に、圭吾は凍り付いたように固まった。そしてすぐ、呆れかえったようにため息を吐いた。

「幹人、何度も言うが、お前は女性に対する配慮のなさをどうにかしろ」

「配慮って……」

「これは推測だが、恐らくお前の彼女は、お前の乱暴なところに釘を刺そうと思ったんじゃないか?」

「乱暴……?」

 なぜ責められているのかよくわからないまま首をひねっていると、圭吾が水を一口飲んでから言った。

「別にお前が殴ったり蹴ったりしているわけじゃないってことはわかってる。だが、この前話していた、生でセックスするようなことは乱暴だと思うぞ」

「いや、あれはあいつだって許可してたし――」

「許可しなきゃお前が不機嫌になるからだろ」

「うっ……」

 否定は出来なかった。夏樹は、俺があれこれ言うことになんでも素直に従うし、逆に断られた時、俺は不機嫌になる。

「そういうところを乱暴だって言うんだ。」

「……」

「それで、お前、ほっぽってきたって言ったが、嘘だと教えてもらった時、彼女になんか言ったのか」

「……」

 すぐには正直に言おうとは思えなかった。言えば批判されるとわかっていたから。それでも、一歩も引く気のない圭吾に観念して、事の次第を全て話した。

「お前……」

 案の定、圭吾は蒼白の表情を浮かべて俺を見つめていた。

「自分がどれだけ身勝手なことを言ったのか、わかっているのか?」

「俺も確かに少し言い過ぎたかなとは思ったけど――」

「少しじゃない、明らかに失言だ」

 圭吾は左手を額に当ててため息を吐く。しばらくそのまま、お互いに黙ったまま時間が過ぎた。俺は、何も言うことができなかったが、何が悪かったのかも明確な言葉にはならなかった。

「お前」

 圭吾が口を開いて、ゆっくりとこちらを向いた。

「自分が彼女の立場だったらどう思う」

「夏樹の立場?」

「ああ。自分が女で、その彼氏が避妊もろくにせずピルを飲むように強要した状態で、子どもが出来たら中絶しろって言ってくる彼氏に対して、どう思う」

 圭吾は俺の目を真っ直ぐと見据えていた。その茶色い瞳の力強さに圧倒されて、目を逸らさずにはいられなかった。

「俺だったら」

 圭吾が言う。

「別れるよ。そんな男とは」

『別れる』という言葉に反応して圭吾を見ると、真剣な眼差しをなおもこちらへ向けていた。

「だってそうだろ。自分の身体のことを考えてくれない、自分勝手な男と一緒にいて、本当に幸せになれると思うか?」

 ぐうの音も出なかった。冷静になって考えてみれば(冷静にならなきゃ理解できないなんてダメだ、と圭吾には言われそうだが)、俺は夏樹の身体のことをまるで考えられていなかったのだとわかる。

 スマホが鳴った。見ると、夏樹からだった。


 ――今日の夜、うちに来てください。話があります。


「彼女か?」

 圭吾が尋ねる。俺は頷いた。

「夜、家に来てくれってさ」

「ふむ……」

 俺は手の中にある空のコーヒーカップを眺めた。潤いが薄れて、ゆっくりと乾き始めている。

「……どうすれば、いいんだろう」

「自分のことだろ。自分で決めろ」

 つっけんどんに返されて、でもその中の優しさに気付いて俺はふいに笑顔になる。

「別れてやれ、とは言わないんだな」

「お前たちの話だ。僕がどうこう言うことじゃない」

 圭吾が厳しい言い方をするのは、相手を大事に思っているからだと知っている。だから、

「ありがとう」

 言うと、圭吾は驚いたような顔を一瞬見せて、それから笑顔になった。

「そういうところだ、お前の良い所は」

 そして、そんなに聡いなら女に対しても理解を示せ、とツッコミをするように言った。俺は、そうだな、と笑い、メッセージをスマホに打ち込む。

 俺は、自分の責任を果たさなくてはならない、


 ――わかった。俺も話がある。

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