練習1(3000字目指してたのに4500字になった萎え~)
本の中の世界が現実にあればいいと夢想したことは誰しもあるのではないだろうか。私は、いつも思っている。シンデレラのストーリーが現実にあって、王子様が迎えに来てくれる。夢物語なのは百も承知だけど、それが現実に起こったらどんなに素敵だろう。
「
隣の席の
「は、はい!シンデレラです!」
立ち上がって答えてから、自分が訳の分からないことを言っていることに気が付いた。クラス中が笑い出し、私は顔を赤くした。
「
ため息を吐きながら
「えっと、あ、え……、すみません、わかんないです」
「はぁ、真面目に聞いとけ。ほら次、
次の生徒が指されて答えを述べていく。
「あんた、いつまで立ってんの」
私は奈津美に袖を引っ張られて席に座る。
「ごめん」
謝ると奈津美は眉間に皺を寄せた。
「謝ってもしょうがないでしょ。昼寝なんて、また徹夜でもしたの?」
「まあね」
答えながら、ため息と欠伸が混じったようなものが出た。
「例の気色悪い妄想ノート?」
「え、なんでわかるの。ってか気色悪くないし!」
「いい加減、ちゃんと前に進んだ方がいいよ。それに、どうも
「そこ、静かにしなさい」
橋本先生の鋭い視線に、私は思わず顔を伏せる。奈津美が何かを言いかけたみたいだけど、授業が終わるまで聞くことは出来そうになかった。
「妄想ノート」と奈津美が呼んでいたものは、私の自由帳のことだ。これには自分の好きなお話が私のためだけに書かれている。大好きなシンデレラの話や最近の小説の雰囲気を真似たもの。それらが全て私を主人公にして書かれている。そして、ここ数カ月はずっと私とある男の子との話ばかりを書いている。そのどれもがロマンティックな出来事を経て最終的には結ばれる、そんなお話だ。その男の子こそ、さっき奈津美が話題に出しかけた、隣のクラスの「響くん」だ。
響くんはサッカー部のエース的存在で優等生。奈津美から聞いた話では前回の定期試験で学年トップテンに入っていたのだそう。そして甘いマスクを持ったイケメンであり、(私の物語の中では)誰よりも優しいスーパーボーイだ。私は初めて会った時、廊下でぶつかったあの瞬間から彼に恋をしている。運命の赤い糸を感じたのだ。それ以来、ずっと私と彼のお話をノートに書き続けている。
授業が終わり、私は奈津美に言う。
「さっき何を言いかけたの?」
「え?ああ、響くんの話ね。あんた、早く前に進んだ方がいいわよ」
「それは聞いた。だからなんでよ」
尋ねると、奈津美はきまり悪そうにしばらく目を逸らしていたが、じっと見つめる私に観念したのか口を開いた。
「彼、どうやら恋人がいるみたいなんだよね」
「え……」
言葉が出てこなかった。ここ数カ月、隙あらば響くんのことを盗み見てきた。放課後部活に向かう後ろ姿や、教室移動で隣のクラスの前を通り過ぎる時にドア越しに見える机に座る姿や、購買でパンを買う姿など。それらを見て妄想を膨らませてきた。
けれどそこに女の気配を感じることはなかった。と言うことは、最近になって付き合い始めたということだろうか。
「あ……、相手は誰なの?」
恐る恐る尋ねる。
「いや、よくわかんない。でも響くんと同じクラスの
「近藤さん……」
近藤さんは隣のクラスの女子カースト一位グループに属するギャルだ。ついこの間まで他の男の子と付き合っていたけれど別れたらしいという噂を以前奈津美から聞いたことがある。
確かに、カッコよくて運動も出来て勉強も出来る響くんにとっては華になるような存在だ。とは言え、それは私の妄想が許さなかった。響くんは私みたいな灰被り陰キャ女子を救ってくれる王子様のような存在なのだから。
しかし、意識して見てみると、確かに近藤さんと響くんは仲が良さそうだった。昼休みや授業と授業の合間の十分休み、放課後の部活前や帰り道など、響くんは近藤さんとよく一緒にいるし、楽しそうに話をしていた。基本、近藤さんから声を掛けて話をしているみたいだ。そういえば、響くんとよく一緒にいる男の子は同じサッカー部の
家に帰り、ノートを広げて妄想を書き連ねていく。シンデレラはついに勇気を出して王子様に告白をする。勿論、シンデレラは私で、王子様は響くんだ。王子さまは自らの周りを取り囲む美女を振り切ってシンデレラの手を取る。そして約束のキスをする。
ここまで書いて妄想の力で勇気をもらった私は、ついに一歩を踏み出すことにする。
もしかしたら、フラれるかもしれない。けれど、もしかしたら上手くいくかもしれない。奈津美は響くんが近藤さんと付き合っているかもと言っていたけれど、それはまだ確定した情報じゃない。近藤さんは響くんのことが好きかもしれないが、響くんはそんな風に思っていないかもしれない。なんなら、私みたいなシンデレラに告白されるのを待っているのかもしれない。馬鹿みたいな妄想だとは思いつつ、それを考えると自然と力が湧いてきた。
翌朝、誰よりも早く登校して、響くんの下駄箱にメッセージカードを入れる。放課後、校舎の裏に来てもらうようにと書いてある。自分の教室の席に着いて、私はもう取り返しのつかないことをしてしまったんだという気持ちで胸がずっとバクバク鳴っていた。今日だけは放課後まで響くんの様子を盗み見ることは出来ないだろう。
「私、今日響くんに告白する」
放課後になって奈津美に告げると、彼女は口をぽっかり開けてしばらく黙った。
「え、ど、どういうこと?」
「校舎裏に放課後来るように呼び出したの」
「は……?マジ?」
「マジ。見守っててね。私、頑張るから」
奈津美はしばらく放心状態で動けそうになかったけど、響くんが待っているから私は彼女を置いて急いで教室を後にする。この時、鞄を教室に置いてきたのがいけなかった。私は後で後悔することになる。
校舎の裏に行くと、響くんはサッカー部のユニフォームに身を包んだ姿で待っていた。スマホをいじる姿が色っぽい。
「あの……」
「あ、えっと、松﨑さん」
「はい……」
気まずい沈黙が二人の間を満たす。私は拳を力いっぱい握り締めて、一歩前に出る。
「あの、私、響くんのことが――」
「おーい、松﨑さん。何してるの」
計ったかのような最悪のタイミングで女の声が入る。振り返ると近藤さんとその一味が立っていた。
「近藤さん……」
ひるんだ私は彼女の名前を言うだけで何も言えなくなる。
「あんた、何しようとしてるかわかってるの?」
近藤さんはもの凄い剣幕で私のことを見ている。
「おい
「べーつに?」
響くんが止めようとするけれど(流石王子様!)、近藤さんは意に介していない様子だった。そして、鞄から一冊のノートを取り出した。それを見た瞬間私は凍り付いた。私の妄想を詰め込んだ自由帳だった。
「ちょっととっておきの秘密を教えてあげようとしただけだよ。ほら」
そう言って近藤さんは響くんにノートを叩きつけるように渡す。受け取った響くんはそれをパラパラとめくり出した。
あ……ダメっ……。
思いつつ、動揺してしっかりと発語できなかった。
「これは……」
「これ、教室の鞄から見つけちゃった。こいつ、響くんとの関係を妄想してこのノートにびっしり書いてるのよね。そりゃもうたっくさん。気持ち悪いよね」
「気持ち悪い」という言葉が胸に刺さる。自分でも理解していたし、あんまり褒められたことではないことはわかっているけれど、改めて否定されると傷つくものがある。
「それで、松﨑さん、あんたは何を言おうとしてたの?」
意地の悪い笑みを浮かべながら近藤さんは私に向かって言う。さっきまでの勇気は急にしぼんで役に立たなくなっていた。
「いや……、えっと、私は……」
「馬っ鹿じゃないの。本当、あんたみたいな陰キャ――」
「瑞稀、やめろ」
響くんが低く響く声で言った。その迫力に近藤さんも一瞬ひるんだらしかった。
「俺、そうやって人を馬鹿にするの大嫌いだ」
響くんは怒っているらしかった。真っ直ぐと近藤さんを見据えて話を続ける。
「お前が何をしたいのかわからないけれど、頑張っている人間を踏みにじるようなことすんなよ。俺と松﨑さんのことは放っておいてくれ」
力強い言葉は空気を震わせるように辺りに広がった。近藤さんはまさか自分がそんな風に言われるなんて思ってもみなかったという顔をして一瞬唖然としていたが、すぐに眉間に皺を寄せて「勝手にすれば」と言い残して仲間を連れて去って行った。
「私……」
「松﨑さん、ごめんなさい」
響くんは頭を下げた。私は慌てて首を振る。
「そんな、響くんは悪くないよ。むしろありがとう」
響くんはきまり悪そうな顔をしている。その顔が慈愛に満ち溢れていて惚れ惚れする。私は再び勇気があふれ出してきた。こんなシンデレラみたいなワンシーンが現実に起こり得るんだ、そう思うとこの後のハッピーエンドが容易に想像がついた。妄想を現実に変える。その瞬間を夢見て、私は再び口を開く。
「響くん、あのね、私、あなたのことが好きです。付き合ってください!」
「ごめんなさい!」
私が言い終わるのと響くんが話し始めるのがほぼ同時だった。
「え……?」
さっきの近藤さんのように、口をぽっかりと開けて間抜けな顔をした。響くんがなんて言ったのか、処理が追い付かなかった。
「その俺、めちゃくちゃ嬉しいんだけど、彼氏がいるんだ」
彼氏……?
頭の中のハテナが増えていく。
「実は、皆には内緒だけど、同じサッカー部の花山と付き合ってて、だから、ごめん」
私は依然としてぽかんとしたまま立ち尽くす。すると、奥から誰かが大きな声を出してくるのが聞こえた。
「おーい、響、そろそろ練習始まるぞ」
花山くんだ。
「それじゃ、ごめんなさい。俺もう行くわ」
響くんは私に自由帳を返して花山くんのもとへ走っていく。頭の中がバグり始める。王子様を王子様が迎えに来て、二人仲良くシンデレラの前から遠ざかってく。そして私は一人になった。呆然と立ち尽くしていると、奈津美がやってきた。
「まさかこんなところでBL展開とはね。びっくりだわ。しっかりしな、樹奈。こういうこともあるよ」
「……」
「ほら、樹奈、切り替えてこ」
「王子様を王子様が迎えに来て、へへへ」
「ああ、こりゃ完全に頭がショートしちゃってるわね。ほら、駅前のスイーツのお店行こ」
私は奈津美に腕を引かれて歩き始める。
これでよかったのか、まあ、よかったんだきっと。
王子様は私の中で今までと異なる立ち位置を獲得した。
BL展開……。
私の中で新たな扉が開かれた気がする。
校舎裏を吹き抜ける風はなんだか新鮮でとても心地よい気がした。
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