第31話 小竜公

「竜たちはちゃんと門番をしているというのに、よくその生きた体でこの城の中に入ってこれたな」

「『妖精刃ようせいじん』」

 玉座からの声を無視してバイロンはクレイグの剣に魔法をかける。それより前にクレイグは走り出している。


「まあ待て」

 玉座の人間は手のひらを突き出す。その衝撃波でクレイグの足が止まる。

「わしひとりに多勢で卑怯ではないか。まあ、寝込みを襲うというもっと卑劣なことをしているわけではあるが」


 玉座の人間は立ち上がる。

「起きよ、下僕しもべども」

 その声が発せられた瞬間、わたしの肌がざわざわと波打つのを感じた。すごい悪寒が走る。


 城内にとどまらず、おそらくこの街の至る所から冷たい空気が立ち上がる。これはわたしにも分かる。アンデッドの気配だ。取り囲まれてしまった!


 そう思った瞬間に、城内から、そして街中から悲痛な叫び声が聞こえてくる。

「うわああああああ」

「肌が焼ける!」

「ぎゃあああ」

 それは凄まじい轟となって、辺りを埋め尽くした。

「何が起きている」

「おそらく、」

 アランが階段を這い上がってきた。頭を押さえながら続ける。

「ヴァンパイアが棺から引き出されたのでしょう。凄まじいアンデッドの気配ですが、それと共に滅びようとしているのも感じます」

「どういうことだ」

 その叫び声が響いている城内に笑い声があがる。


「ははは! 情けないな。下僕どもは夜更かしすることもできないのか」

小竜公しょうりゅうこう!」

 その時、人影が玉座の後ろから数体現れる。

「なぜ我々を起こしたのだ!」

「これはこれは、ディミトリー。お前はちゃんと夜更かしができるようだな」

「小竜公! 我々は今、非常な苦しみの元にある。肌が焼け付くように熱い。これは地獄の苦しみだ」

「この程度。いずれ我々が行くことになるゲヘナの炎に比べれは日光浴程度ではないか。それよりディミトリー。わしはお前らを助けてやったのだぞ。もし今、わしが目覚めさせなければ、あの冒険者どもに解呪されて、誤って天の御国に行くところだったのだぞ」

「なにを、おっしゃっている……。は、冒険者。なぜ生身の人間がここにいるのです。竜たちはなにをやっているのです!」

 ディミトリーと呼ばれた人はこちらを向いたあと、王様に食ってかかる。小竜公は手をひらひらとさせて答える。

「知らんな。どうやって竜の足元を抜けてきたのか見当もつかぬ。いずれにせよ下僕の運命は光の炎で死ぬか、日光の炎で死ぬかいずれかだっただろうよ。まあ、生き残ったのは五人か。少ないな。もっと夜に強い臣下たちだと思っていたのだがな。残念だ」

「小竜公。まずはこの冒険者どもを殺す。そうしたら、棺桶に戻してくれるんだろうな」

 ディミトリーと呼ばれたヴァンパイアは腰に下げた鞘から剣を引き抜く。

「もちろん。わしのために働いたらいくらでも休んでいいぞ」


「『貪り食うものの束縛により命じる

 氷纏いし狼の王よ

 今 我の前に顕現せよ

 その爪研ぎ澄まし

 その牙の刃あからさまにし

 我に従い

 数多の敵を討つ扶けとならん』」


 ダニエルがこの隙をついてフェンリルを呼び出す。よかった、グレイプニルはまだ解けていない。

「フェンリルを呼べるのか! これはわしもうかうかしてはいられない。

氷結槍ひょうけつそう』」

「『雷撃槍らいげきそう』」

 魔法の応酬が始まる。玉座のヴァンパイアが放った氷の槍は全てフェンリルの咆哮で砕け散った。バイロンの放ったいかづちはヴァンパイアにぶつかる前に消えてしまう。

「ちっ。呪文無効化能力を持っていやがる」


 クレイグは飛び出していて、すぐさまひとりのヴァンパイアの首を切り落とした。敵は剣は持っているけれど甲冑は着ていない。普段着だから、こちらの方が有利に感じる。

「アラン! 解呪はあきらめろ!」

「『疾塵回帰祈しつじんかいきいのり』」

 アランがバイロンみたいな呪文を唱える。すると一体のヴァンパイアが塵になって崩れてしまった。敵は残り玉座のヴァンパイアを含めて四人。

 その時、背中から弓矢が飛んできた。

「痛え!」

 矢の一本がバイロンの左腕に刺さっている。杖を捨てすぐさまその矢を引き抜く。

「バイロン、大丈夫?」

 わたしが声をかけるとバイロンは頷く。治療をしている時間はなかった。

 小竜公が玉座から立ち上がる。

「下手くそが。わしに当たるところではないか」

「フェンリル、階下の者を根絶やしにしてくれ」

「承知」

 フェンリルは氷のブレスを吐く。階段の下にいたヴァンパイアは全員氷漬けになってしまう。

 でも次から次へとヴァンパイアが城の中に入ってくる。

「僕とフェンリルは階下の敵の侵入を阻む」

「頼むぞ。我々はヴァンパイアロードを倒す」


 クレイグはさらに前に進んで、もうひとりのヴァンパイアの首を切り落とした。

「『爆裂咆哮ばくれつほうこう』」

 巨大な火の玉がわたしたちの頭上を襲う。

「『水は防壁となれ』」

 わたしも準備していた魔法を使う。

 ドーン、という音に包まれるけれど、水の防壁がわたしたちを守ってくれる。

「よくやった、ゼーローゼ」


 クレイグはまたひとりのヴァンパイアの首を切り落とす。

「我が下僕の首をこうも容易く切り落とすのか! 名のある騎士だろう」

「お前に名乗る名はない」

「まあ待て。我々は『ジェセの根』に許されている者だ。知らないのか、レギオンという悪魔は豚に乗り移ることでその命をながらえたぞ」

「それは、お前が悪魔だと認めることだな。ではいささかの躊躇もいらない。ただ、この剣の錆にしてくれよう」

「クレイグ、待て! こいつ『ジェセの根』のことを知っているぞ」

 バイロンが慌ててクレイグに声をかける。

「我々も知っている。悪魔に頼らなくても、我々は必ずたどり着くことができる」

 小竜公はにやりと笑い、クレイグに語りかける。

「お前は『ジェセの根』の秘密を知りたくはないのか」

そそのかす者とはお前のことだな。お前の言葉に乗ることはない。滅ぼすだけだ!」

「『疾塵回帰祈』」

 アランの祈りがディミトリーと呼ばれたヴァンパイアの体を光で包む。しかしディミトリーは剣を振るい、その光を断ち切った。

「また私の信仰が試されるようですね」

「アラン、気にするな。続けてくれ」


 クレイグは剣を持ったヴァンパイアと対峙する。

「『凍冷激嵐とうれいげきらん』」

「うわああ!」

 痛い! 氷の嵐がわたしたちを襲う。フェンリルの氷のブレスくらいの威力はありそうだ。わたしの体も半分、凍ってしまった。

 続けて小竜公は呪文を唱える。その詠唱にバイロンも続け様に呪文の詠唱を合わせる。

「『倒木粉砕とうぼくふんさい』」

「『石壁せきへき』『夏光げこう』」

「なんだ、そこの魔法使い。わしが何を撃つのか分かっているのか」

「凍らせたら、それを割りたいだろう。定番のコンボ技だ」

 バイロンの魔法で凍った部分は溶かされてゆく。


 クレイグは氷をものともせずにディミトリーと呼ばれたヴァンパイアに向かって切り付けてゆく。じりじりとヴァンパイアは玉座の方に押されてゆく。

「わしのところまでその騎士を連れてくるつもりか。騎士団長なら、そこで食い止めてみよ」

 目にも止まらぬ速さで剣をヴァンパイアに打ち込んだあと、クレイグが呪文を唱える。

「『疾塵回帰祈』」

「馬鹿な! 一介の騎士が呪文祈じゅもんきを唱えられるだと!」


 クレイグの祈りがヴァンパイアの剣士の体を包む。その光を振り解こうとして剣を振るっていたが、それは次第に収まってゆく。そしてそのヴァンパイアも塵になって消えてしまった。


「ディミトリーを葬るとは、どれほどの騎士だ」

「もうお前しか残っていない。街に潜んでいるヴァンパイアたちもお前が呼び出したことによってほとんど滅んでしまっただろう」

「まあ、それは仕方ない。また増やせばいいだけの話だ」

「それももうついえる。覚悟しろ」

「また祈ってみるか? やってみろ。ほら、そこの僧侶も。もうできまい。疾塵回帰はそう何度も唱えられる祈りではなかろう?」

「『疾塵回帰祈』」

 アランが祈りを捧げる。ヴァンパイアロードの体を光が包む。しかし、その光は敵の両手に塞がれて、弾けてしまった。

「3度も唱えられるのか。相当優秀な僧侶だな。わしの手駒になれ。教会の規律を守っているよりもずっと楽しく過ごせるぞ」

「眠っているところを起こされて、業火に焼かれることはごめんですね」

「そうか。これは使いたくなかったが、致し方あるまい。城もまた作ればいいだけのことか。

操竜そうりゅう』」 

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