第24話 怖い夢

 吟遊詩人が歌っている。


「その霊は不遜なり

 滅びの時まで

 貪ることをよしとする

 選ばれし者をも惑わし

 自らの饗宴に招く

 放蕩し

 生血を飲み

 時間を戯れに使うことをよしとする

 行うことはすべて悪なり

 しゅに許されているとうそぶく

 その手に陥るな

 掴むのは滅びの砂よ」


 薄暗いところでたくさんの人が蠢いている。よく目を凝らしてみると、それはダンスをしているのだった。

 だんだん視界が開けてくる。それは舞踏会だった。着飾った男女がパーティーをしている。


 わたしはその舞踏会に紛れ込んでいる。どうしてパーティーなのに、こんなに薄暗いのだろうと不思議に思っている。

 どの男の人も女の人も美しい姿をしていた。ただ、肌は異様なほど青白く、それは死人を思わせた。


「これは珍しい。水の精霊ですか。精霊もこの舞踏会に招かれているのですね。さあ、私と一緒に踊りましょう」

 差し出された手を取る。それは水を纏っているわたしであっても冷たく感じるほどで、やっぱりそれは死体を思わせた。

 わたしはその冷たい手を取って踊っていた。


「あなたも、私たちの仲間になりませんか。とても楽しいですよ」

 わたしはその呼びかけがなんだか怖いものに感じ、握られている手を払って、舞踏会の会場から走り去る。

「逃げられませんよ」

 会場にいる人たちがわたしのあとを追いかけてくる。


「こちらへ」

 リュートを抱えた人がわたしを手招いてくれる。さっき歌っていた吟遊詩人だ。わたしはその人の方へと向かう。

「ここは安全です」

 わたしはいきなり強い光に照らされた。いつの間にか外に出ていて、そこには太陽が光り輝いているのだった。


「彼らは陽の光のもとを歩けないのです。だからもう心配しなくていいのですよ。

 水の精霊。

 あなたは魂のことを考えていますね。とてもよいことです。あるいはそれを獲得できることもあるでしょう。それは天使も妬むほどに求めている素晴らしいものです。

 よい導き手を求めなさい」


「……ゼー。ゼー。起きて。もうお昼を過ぎているよ」

「う、ううん……?」

 わたしは明るい光の中、ダニエルのベッドの上で眠っていた。とても怖い夢を見ていた。でも吟遊詩人が出てきて助けてくれた……。


「ゼー、どこか調子悪いところはない? うなされていたので心配したんだよ。ゼーは水の精霊だから人間のように医者にかかることはないだろう。でも、どこか調子の悪いところがあるんじゃない? 誰かに見てもらうことはできるの?」

「ダニエル、おはよう。わたし、全然平気だよ。エシャッハの小枝のおかげで体の調子もとってもいいんだよ。ただ長く旅をすることは初めてだから、それで疲れているのかも」

「それなら、いいのだけれど。じゃあ、僕が癒しの詩を歌ってあげよう。疲れになら、いくらかは効いてくれるだろう。


 『湖の気配

 たたえて潤うこと

 鳥が喜び歌うように

 朗らかに

 水 行き交うこと

 麗しく

 その身を流れよ』


 どうだい?」


 ダニエルの詩がわたしの体と心を流れてゆく。それは心地よく、見えない疲れの粒を取り払ってくれる。

「ありがとうダニエル。とっても気分がいいわ。さっぱりした」

 うん、夢見が悪くてウツウツしていたけれど、本当にいい気分になってきたよ。


「ダニエルは今日、何をしているの?」

「街を探索している。もちろん『ジェセの根』の情報を集めるためにね。でも今の所目新しい情報はないかな」

「わたしもついていっていい?」

「もちろん。詩の結社がこの街にはあるみたいだからそこに行こうと思っているんだ」

「結社ってなあに?」

「魔法使いで言えばギルドみたいなところになるのかなあ。でも詩人だとちょっと違ってくるような気もする。新しい召喚詩を考えたり、古い詩を研究したりするんだ。召喚士は少なくて、吟遊詩人がメンバーの大半を占めている。僧侶が加わっているところもあるよ。祈りを詩の側面から研究したいんだって」

「へえ、楽しそう」

「じゃあ、早速行ってみようか」


 わたしたちは街の通りを抜けて、少し裏路地に入ったところに進む。宿屋からそれほど離れたところではないみたいで、ダニエルはすぐに足を止める。

「ここの二階にあるらしい」

 道具屋の脇に階段があってそこをわたしたちは登ってゆく。特に看板もなく木の扉が開け放たれている。


「こんにちは」

 ダニエルが声をかけると、中からも

「こんにちは」

 と声が返ってくる。

 入ってみるとそこには誰もいない。あれ、確かに声はしたのだけれど。


「ああ、失礼。今、姿を隠す魔法を試していたんだ」

 わたしたちの目の前に眼鏡をかけた女の子が現れる。

「でもこの魔法はイマイチ使えないな。一歩でも動くと解かれちゃうから」

 どうぞ腰掛けて、とわたしたちをテーブルの方に促す。


「お茶でもいれるわね。水の精霊さんもお茶は飲める?」

「わたし水しか飲めないの」

「分かった。コップで用意するね」

 そう言って眼鏡の女の子は隣の部屋に入っていった。

 飲み物を持って戻ってくる時に自己紹介をしてくれる。

「私はここの結社の事務をしているの。フローエと言います。あなたは吟遊詩人なの?」

「僕はバニヤン。召喚士をしている」

「召喚士! 珍しいね。この街にはいないかもね。ああ、それで水の精霊を連れて歩いているのね」

「わたしはゼーローゼよ」

「ゼーローゼ、よろしくね」

「何か詩の研究をしに来たの? あいにくメンバーは誰も来ていないわ。なんでも英雄がこの街にやって来てその歌を作らなくちゃならないんだって」

 あ、それ、クレイグの歌だ。


「君は作らないのかい?」

「私は詩人としてはペーペーなの。魔法使いの素質があったから、その修行をしていたんだけれど、なかなか伸びなくて。詩にも興味があったからここを訪ねてみたんだけれど、詩もさっぱり分からない。それでとりあえず今は事務の仕事をしているというわけ」

「そうなんだ。ところで君は『ジェセの根』について何か知っているかい?」

「『ジェセの根』……。ごめんなさい、知らないな」

「そうか、ありがとう。知ってそうな人はいるかな?」

「あいにくみんな忙しいからね。しばらくはお話できないんじゃないかな。あ、でも話をしてくれそうな人をひとり知ってる。隣村に住んでいるレーナウならなにか分かるかも。長らく吟遊詩人として諸国を渡り歩いて来たんだけれど、今は引退して村で詩作を続けているの。面白い物語もいくつも知っていると思うよ」

「ありがとう。ぜひ訪ねてみるよ」


 じゃあ、と席を立とうとしたダニエルのことをフローエが止める。

「実は私、召喚士に会うのって初めてなんだよね。もしよかったら、なにかを召喚して見せて欲しいんだけれど」

「うーん、そうだな。いたずらに呼びつけると言うのも気がひけるしな」

 そうだよ。呼ばれる方の身にもなってみて欲しいよ。いきなり呼びつけられてあれこれ命令されちゃうんだから。


「あ、そうだ。あいつならいいかもな。フローエさん。甘いお菓子は用意できるかい? なるべくたくさんがいいんだけれど」

「それならちょうどいいわ。今日の会議が流れたから、その時に出そうと思っていたザッハ・トルテがあるの」

「そりゃいいや!」

「ザッハ・トルテってなあに?」

「これよこれ。食べてみる?」

 わたしに茶色というより黒に近いケーキが差し出される。これほんとに食べ物?

 わたしはそのかたまりのほんのひとかけを口に運んでみる。

「あ、あま〜い!」

「ゼー、食べても大丈夫なの?」

「きっと大丈夫だよ。これおいしいね」

「この国の詩人たちは贅沢なものを食べているね。あと、君は音楽は弾けるの?」

「それもかじった程度ならできるわ」

「了解した。では、召喚しよう。

『炎熱のほらの門番たろうとするものよ

 今 我が呼びかけに答えよ

 その三つ首を愛らしく下げ

 その尾を振って馳せかけよ』」


 部屋の床に炎の円陣が現れる。

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