第22話 戦乙女
「ヴァルキューレ。あのベルセルクを葬って欲しい。しかしやつには魔法の攻撃は効かない。その槍で戦ってはくれないか」
ヴァルキューレと呼ばれたその女の人はダニエルを無視して、わたしの方を向いて話しかけてくる。
「ほう。水の乙女。どこかで会ったな」
「うん。夢で会った。でもね、今、大変なところだからわたしたちを、クレイグをすぐに助けて欲しい」
クレイグは必死で戦っているけれど、防戦一方になってきている。
「あの騎士の魂を運べというのか?」
「違う。あの巨人を屠って欲しい」
「そうか。確かにあの騎士の魂はまだ運ばれるにはふさわしくない。いいだろう。汝の頼みを聞くことにしよう。では、それにふさわしい詩を歌え」
「承知。
『気高く美しい戦乙女よ
編まれた髪をなびかせて
戦場を閃きのごとく駆けよ
戦いに狂い貪るものを
槍にて突き通したまえ』」
ヴァルキューレはゆっくりと槍を構え、白い馬の腹を蹴る。馬は徐々にスピードを上げたかと思うと瞬くうちに光の矢になる。それは巨人ベルセルクの方にまっすぐに伸びている。
ガシャンと大きな音が響く。そのあと、ドーンという音が続いた。
ヴァルキューレの一閃でベルセルクは地べたに倒れたのだった。
「首を獲れ」
白馬に乗ったヴァルキューレがクレイグに言う。
クレイグがすかさずベルセルクの兜の角をつかみ、その首を切り落とした。
すごい! クレイグがあんなに苦戦していたのに、ただ槍のひと突きであの凶暴な巨人を倒してしまった。
ヴァルキューレは向きを変え、ゆっくりとわたしの方にやって来る。
「水の乙女よ。お前は魂を求めているのか」
わたしは首を振る。
「分かんない」
「そうか。その答えは『ジェセの根』にある。この者たちと共に求めよ。
ダニエルがすかさず問いかける。
「戦乙女よ。そなたは『ジェセの根』を知っているのか」
「天の国を見たことがある者ならば知っているだろう。天の国を求める者にそれは与えられる」
今度はアランが質問をする。
「私は僧侶職です。天の国を日々求める者です。そうすれば探さなくとも見つかるということでしょうか」
「いずれの時にはそうなる。
しかし今は、苦しみ喘ぎ、求めるがよい。水の乙女にオルニトガロの星を追う助けをしてもらうがいい」
「それってあのほうき星のこと?」
「もう知っていたか。その通りだ。オルニトガロの星が『ジェセの根』に、お前の求める魂の秘密に導いてくれるだろう。
預言がある。
『星の尾を掴む時
汝に天の扉が見えるであろう
それは大きすぎるが
狭い方を選ぶがよい』
わらわはこれで去る。長い旅の途中にまた会おうぞ、水の乙女」
ヴァルキューレは夢のあの時のように馬を走らせて去っていった。
空からひとすじの光が差し込んで、降っていた雨は小降りになり、やがてやんだ。
ヴァルキューレが去り、巨人ベルセルクの首が取られたことを見た商人はクレイグの所に走り寄り、そして拝むようにしてこう言った。
「騎士様。あなたは本当の英雄です。あのベルセルクを一刀の元に断ち切ってしまうなど、これまでの勇者に引けを取るものではありません。
私はこの商売が終わったら、吟遊詩人にあなたの歌を作らせます」
ベルセルクを倒したのはヴァルキューレだよ。褒められたり歌にされたりするのは、それを呼んだダニエルの方じゃないの?
わたしが商人に文句を言おうとしたのを察してダニエルがわたしの肩を押さえる。
「いいんだ。あくまでもこの旅の、この物語の主人公はクレイグなんだ。僕らはそれに従う、お付きの者というわけさ。それでいいんだ。実際に英雄的な行動を取っているのはいつでもクレイグだ」
「でもさあ、それじゃダニエルはつまんなくない?」
わたしはまだ憤っているよ。
「僕はこの旅に出られていることでも十分満足しているんだ。召喚士という特別な力を思う存分扱うことができるからね」
「そういえば、わたしダニエルの家のこととか召喚士のこととかよく知らないや。教えてちょうだいよ」
「いいよ。この旅もまだ先は長い。歩きながら話そうじゃないか」
商人たちはベルセルクの首を荷馬車にくくりつけている。そして口々にクレイグのことを褒めながら、出発の準備をしている。
「どうやらベルセルクはネフィリムの生き残りだったようだな」
クレイグがバイロンに話しかける。
「ああ、巨人族ではあるが比較的人間のサイズに近い方だ。サイクロプスだったら、また話は違ったかもしれないな」
「だが、いずれにしてもダニエルに助けられた。よくヴァルキューレを召喚してくれた。礼を言う」
「ダニエルだけじゃないぜ」
バイロンがわたしの肩を叩く。
「ゼーの雨粒を使った魔法も見事だった。あれはここに存在している雨を使ったから物理的に有効だったんだ。俺やアランの紛い物の魔法とは違う」
「ゼーローゼ。初手の段階で切り交わすことができたのは確かにあの雨の拘束があったからだ。よくやってくれた。礼を言う、ゼーローゼ」
えへへ。わたし褒められちゃった。でもやっぱり一番すごかったのはダニエルの召喚魔法じゃない? だからわたしは訴える。
「でもやっぱり一番すごかったのはヴァルキューレを呼び出したダニエルだよね」
クレイグは頷いてダニエルの方を向く。ダニエルは首を振りながら照れたように答える。
「ここが古戦場なら現れてくれるんじゃないかと思ってね。ベヒモスに拒否られた時はどうしようかと途方に暮れたけれど」
雨上がりでぬかるんだ道を荷馬車と一行は歩いてゆく。
わたしはダニエルの肩に乗って、召喚士のことを詳しく聞くことにする。
「ダニエルは南の島の出身なんだよね。雨のよく降るところと言っていたっけ」
「うん。そうだよ。僕は代々召喚士をしている家系に生まれたんだ。だから今では作ることができないとされているグレイプニルを所持している。あれは、家督を継ぐものが代々引き継いできているものだ」
「家督ってなあに?」
「その家の代表者になることだ。でも僕は本当はその資格がない。次男だからね。本来なら一番上の兄がグレイプニルを引き継ぐはずだったんだ」
「お兄さんはどうしているの?」
「兄は召喚士としての適性が薄くてね。召喚獣を呼ぶことが苦手だったんだ。でも頭の切れる人だから、今は宮廷の役人になっている。そこでクレイグやバイロンと出会って、やがて僕が紹介されることになる」
「他に兄弟はいるの?」
「あとは姉がふたりと妹がひとりいる」
「へえ、たくさん兄弟がいるんだね」
「うん。僕は出来が悪くてね。でも幼い頃から精霊の姿はよく見えた。風の精霊と一緒になって走り回って遊んでいたこともある。一応、召喚士の才能はあったってところさ。詩を読むことも好きだったしね。でも人付き合いはあんまり得意な方ではない。この冒険者パーティーはみんなよくできた人たちだからいつも助けられているんだ」
「召喚士の勉強ってどんなことをするの?」
「そうだね。詩を学ぶことは大事だ。とはいっても精霊や異界の者たちの心を動かさなくてはならないから、人の心に響く詩というのとは少し違うものになる」
「ダニエルの詩、素敵だよ」
「ありがとう。精霊にそう言ってもらえることは本当に励みになる。
詩の他にも精霊の特性をよく知っておかなくてはならないとか、その土地の状況を把握しておかないといけないとか、覚えることはたくさんあるんだ」
「さっきのは、よくヴァルキューレを呼ぼうと考えついたね」
「あれはバイロンのアイデアだよ。古戦場なら死体がたくさん残っている。死体が残っているなら、その魂を運ぶヴァルキューレにゆかりがあるに違いないと思ったんだ。
もちろん、そういう由来の何もないところに精霊や獣を呼ぶこともある。実はその方が難しくて価値がある」
「廃坑にフェンリルを呼ぶようなことだね」
「うん、そうだ。フェンリルをグレイプニルの縛りなしに呼ぶことができるようになったら一番いいのだけれどね。そのために僕はこの修行の旅に出ているんだ」
「ダニエルは『ジェセの根』に興味はないの?」
「興味がないわけではない。でも、それよりも自己探求する方が必要に感じているかな。家督を継ぐっていうのは、立派な召喚士としてバニヤン家を背負っていかなければならないことだからね。あと10年もしたら父は引退するだろう。そうしたら、召喚士の組合の仕事もやらなくちゃいけなくなる。
とにかく人間の世界は面倒臭いことが山のようにあるんだよ。こうして冒険の旅に出ているのは、危険と背中合わせだけれど、楽しいことに違いがないんだ」
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