閑話 メラニーのデート(後編・メラニー視点)
それからクラウスはゴミ箱にはまった男を引きずり出し、彼が気絶している隙にボディーチェックをした。やがて、クラウスが手を止める。
「これは……スイッチがついているので、魔道具の起動装置かもしれませんね。いや、この男が爆発事件の関係者であるなら、起爆装置といったほうが適当でしょうか」
「その可能性は高いと思います。憲兵に報告しないと」
メラニーの提案にクラウスはうなずいた。
「この男がいつ目を覚ますかわかりませんので、ここはわたしが見張っています。裏通りは何かと危ないですからね。メラニーさん、お願いできますか?」
「はい!」
メラニーは意気揚々と表通りに出、現場に到着した憲兵を呼び止めた。メラニーが今までのいきさつを説明しても、憲兵は半信半疑の様子だ。メラニーはコホンとわざとらしくせき払いした。
「今現在、容疑者を見張ってくださっているのは、王国陸軍少佐のクラウス・フォン・ナウマンさまです。ご存知かもしれませんが、王弟ディートシウス殿下の護衛隊長をなさっている方ですよ」
「な、なんと!」
憲兵は慌てて同僚を呼び集め、メラニーに案内を頼んだ。少し、いや大いに誇らしい気持ちでメラニーは彼らをクラウスのもとに連れていく。
相変わらず伸びたままの男を見張っていたクラウスは、憲兵たちの姿を見ると敬礼した。
「王弟殿下の護衛隊長を務めるクラウス・フォン・ナウマン少佐です。この男が怪しい動きをしたうえで、わたしの連れに魔法で攻撃を加えたのです。しかも、魔道具の起爆装置のようなものまで持っていました。取り調べをお願いできますか?」
「は! むろんでございます。非番の中、お疲れさまです!」
クラウスのおかげで男の引き渡しがスムーズに済んだので、メラニーはクラウスとともに大通りに出た。あの男が爆破犯なのかはまだわからないが、メラニーを害しようとした罪で現行犯逮捕はされるだろう。
大通りは大方の人が避難したらしく、閑散としていた。
指輪が展示された宝飾店のショーウィンドウの前を通りかかったとき、メラニーはぴたりと足を止めた。
「あのっ、クラウスさま」
クラウスも足を止める。
先ほどの事件でメラニーは強く思ったのだ。一秒後も自分が生きている保証はない。ならば、心残りのないよう生きるべきだと。
メラニーは大きく息を吸った。
「クラウスさま、好きです。付き合ってください。で、できれば結婚前提で」
クラウスの表情が固まる。
結婚前提で、と言うのは気が早かっただろうか。メラニーが内心で滝のような汗をかいていると、クラウスが口を開いた。
「……本当に、わたしでよいのですか?」
(これは……オーケーってこと!?)
メラニーはわたわたし、かみそうになりながらも答える。
「は、はい! クラウスさまがいいです! というより、クラウスさま以外の男性は男性に見えません!」
「そこまで……」
クラウスは困惑したような顔をしたあとで付け加えた。
「先ほどはお説教をしてしまいましたが、わたしもあなたのような勇気ある女性が好きです。いえ、別に武闘派である必要はないのです。ただ、あなたはいつもまっすぐで勇ましい。そこに好感を持っているわけで……」
「つまり……?」
「申し訳ない。
クラウスは明らかに照れていた。眼福だと思いつつ、メラニーはさらに聞いた。
「いつからですか? わたしは出会ったときからクラウスさまが好きです」
「そうですね……あなたとは七歳も年齢差がありますし、最初は友人として見ていました。おかしな話ですよね。ディートシウス殿下と伯爵もあれで六、七歳も年齢差があるのに」
「仕方ありませんよ。お嬢さまは精神年齢の高い方ですけど、わたしは子どもっぽくて、それなのにクラウスさまは実年齢よりも大人ですから」
「そう言ってくださると気が楽になります。最初はあなたのことを趣味が合う友人だと思っていました。ですが、会うたびに、だんだんとあなたの朗らかなところに
「うれしいです」
本音だった。クラウスはいつもデートが終わると、「今日は楽しかったです」と言ってくれるが、その表情は冷静そのものだったから。
言ったあとで、〝もしかして、今のはプロポーズ!?〟と遅まきながら気づく。
クラウスは少しため息をつきたげな顔をして続けた。
「本来なら、わたしのほうから告白すべきだったのでしょうが、『年齢差もあるわたしと一緒にいて、メラニーさんは本当に楽しいのだろうか』とつい思ってしまいまして。意気地がなくて申し訳ない」
「そんなことありません……! わたしだって、クラウスさまは子爵家のご令息なのに自分は騎士の娘だから……とか、余計なことを考えてしまって。でも、よかったです。こうして想いが通じ合って」
メラニーが言い終えると、クラウスはほほえんだ。本当に優しい、今まで見たこともないような微笑。メラニーは魂が抜けそうになったが、クラウスがさらに追い打ちをかけた。
「せっかくなので、付き合う記念に指輪を買っていきましょうか。婚約指輪はもう少し持ち合わせがあるときに」
クラウスは無自覚にこちらの心臓を射抜くので困る。
それでも今更ながらに幸福感が心を満たし始めた。ふわふわした気持ちなのに、胸の奥が温かい。十年後も二十年後も、ずっと彼の隣にいたい。
店員が残っていることを祈りつつ、メラニーはクラウスに「はい!」と答えると、彼について宝飾店の中に入っていった。
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