第拾壱話 混乱

 5月19日 09:33 尖閣諸島 魚釣島近海


「これと、これと、これが海保の巡視船か」


「はい」


「他は中国海警の巡視船か」


「そうなります」


 現在、本艦は尖閣諸島に於いて偵察任務を実行中である。

 さて、私達意外に潜水艦は居るのかな。


「潜水艦は探知したか?」


「いえ、反応ありません」


「成程」


 居るのは水上艦だけか。

 どれも巡視船、軍艦はどちら側にも存在しない。


「それで、これを監視し続けるのか」


「うん、ただ見守るだけだよ」


「そっ…かぁ…」


 中国海警をどうにか退治したい。

 しかし、下手に魚雷やミサイルを放てば中国との全面戦争。

 領海を堂々と侵犯しているのにどうにもできない。

 もどかしい。


「潜水艦は威圧には向かないしなぁ…どうした物か」


「まさかどうにかするつもりですか?」


「ここは日本の領海、何したって良い、でしょ?」


「ま、まぁそうですが…」


 口ではこう言いつつも、心の中ではどうにもできないと思っている。

 中国と戦争になってしまえば、安保条約で米国も巻き込んで、第三次世界大戦。

 下手に戦端を開けない。


「しかし、命令はあくまで偵察、我慢して見てようか」


 そうして5時間が経過した。

 時刻は13時、昼ご飯を食べて眠くなる頃。

 相変わらず動きは無い。

 海保の巡視船と中国海警局の巡視船が睨み合っている。

 ただ、それだけ、それ以上でもそれ以下でもない。

 変わらない情勢に飽きた私は司令官室に籠る事にした。


「他の艦も異常無し、ココも変化無し」


「暇だね」


「ね~」


 彩華はいつも通り私に抱き着いている。

 可愛い、毎日見てても飽きない可愛さ。


「昔は私が甘える側だったのに、いつの間にか甘やかす側になっちゃった」


「んふふ~」


 昔は彩華の方が身長が高かった。

 私はいつも彩華に甘えていた。


「ねぇ、紫雲ちゃん」


「ん?」


「紫風ちゃん用の服、作らない?」


「ん?紫風用の?」


「うん」


 考えたことも無かった。

 紫風用の服…うん、良いかも。


「話す相手が違う気がするけど」


「それもそうだね」


「明日は紫風の番だから、明日にでも聞けば?」


「うん、そうする」


 この後、特に何も起こる事無く1日が経過した。

 海保も海警も睨み合ったまま、夜が明ける。

 私も寝て、紫風にバトンを渡した。


 ~~~~~~~~~~


 5月20日 10:11 伊820発令所 尖閣諸島 魚釣島近海


「暇だー!」


「まぁまぁ、司令、落ち着いて下さいよ」


「ったくよぉ…さっさと帰れよ海警共が」


 アイツら急に領有権主張しやがってよぉ…。

 その上こんな輩共も送り込んできやがって…。

 こっちは良い迷惑。


「なぁ、十和田さんよぉ」


「はい、何でしょう」


「コイツらどうやったら帰ってくれんだ?」


「んー、難しいですね」


 魚雷かミサイルで沈めたら一時的には帰るだろうが、今度はガチガチの軍艦の大群連れてやってくるぞ。

 こうなったら第二次日中戦争は始まったも同然。

 はー、資源も人間もある国は羨ましいなー!全く!


「はぁ~、何かあったら教えてくれ、俺は部屋に戻る」


「はい、分かりました」


 あのまま発令所に居続けても無駄だ。

 情報室で僚艦の位置を把握した方がよっぽど有意義。


「ったく…いつも通り伊豆半島位で潜らせときゃいいのによぉ…」


 俺は自分の部屋に戻った。

 ま、戻ってもあるのはいくつかの音楽と本だけだがな。


「はぁ~…、アイツら早く大陸に帰ってくんねぇかなぁ~…」


「あ、おかえり~」


「おう、ただいま」


 部屋には彩華が居た。

 彩華はベッドに腰掛けて、布団に包まっていた。


「ねぇ、紫風ちゃん」


「ん?何だぁ?」


「紫風ちゃん用の服作ろうよ!」


「俺の服か?」


「うん!紫風ちゃんの服!」


 俺用の服か、考えた事も無かった。

 服なんてアイツ紫雲が買ったのを着ればいい。


「ま、好きにしろ」


「やっぱり興味無さそう」


「あぁ。服なんて気づいたら増えてるからな」


「紫風ちゃんからしたら勝手に増えてるって感じなのね」


「おう」


 服…服か、俺に似合う服は何だろうな。

 少なくともスカートは気に入らない。


「それで、何か希望ある?」


「ズボンが良い、それ以外は何でも良い」


「おっけー!」


 彩華は笑顔で紙に服のイメージ図を描き始めた。

 折角だ、完成まで見ないで置こう。


 俺は彩華を横目に音楽を聞く事にした。

 さて、何を聞くかな…ボカロでも聞くか。


 俺がボカロを聞き始めて2時間。

 激しくも静かに扉が叩かれる。


「何だぁ?どうした?」


 彩華も描くのを止め、扉を開ける。

 そして、切迫した中尉の顔に少し驚く。


「司令!伊738が!738が!」


「どうした、落ち着け、伊738がどうしたって言うんだ?」


「反応が、伊738の反応が消えました!」


「何!?」「えっ!?」


 急いで情報室に向かう。

 伊738と言えば海南島で哨戒の任に付いていた。

 補給の為に横須賀へしている途中だったはずだが…?


「どうした、反応が消えただって?」


「はい。反応が消失しました」


「通信は?」


「通信も反応ありません」


「…事故、か?」


「そうだと良いのですが…」


 …中国軍による撃沈…。

 当然考え得る事態だ。


「横須賀には?」


「既に」


「どうにか確認出来りゃいいんだがな…」


 伊738の反応が消失した地点は台湾南端より32kmの地点。

 台湾海軍が探知してたりしないかなぁ~…。


「今頃海軍省は凄い事なってるよね」


「だろうな、親父は焦ってるだろうな」


 彩華の言う通り、海軍省は大慌てだろう。

 潜水艦が行方不明、マスコミが大々的に騒ぐだろうなぁ。

 しかも場所が日本近海じゃないと来た、表に出たら不味いぞこりゃ。


「外に漏らす馬鹿野郎が絶対居る」


「ま、まさか…」


「馬鹿かお前は」


 俺は上等兵の頭を小突く。

 何か嬉しそうな顔してる、気持ち悪りぃな。


「こういうのはぜーったい誰かが情報を漏らしやがるんだ」


「は、はぁ…」


「んで、どうすっかコレ」


「伊745に捜索させたら?横須賀で暇してるし」


「んまぁそうするか…竹田出せたら文句は無いんだが」


 潜水艦救難艦竹田。

 水上艦だから目立つ、日本近海なら簡単に出せるんだがなぁ。

 如何せん台湾の近くだからな…どうにか台湾海軍に協力して貰えないかなぁ。

 中国とバッチバチだし。


「取りあえず、伊745に捜索命令を出せ」


「了解」


 情報室は無線室の任務も請け負っている。

 だからこの艦には無線室が無い。


 上等兵がマイクで通信を開始する。

 艦どうしの通信はモールスのイメージがあったんだけどな。


「どうすっかなぁ…ん~…」


「焦っても738は見つかんないよ?」


「あ、あぁ……それもそうだな」


 俺は焦りを抑えて、ただ待つ事にした。

 事故であってほしい、それも位置情報が消えるだけの。

 消えた場所が、場所だから。




 20:33 尖閣諸島 魚釣島近海

 俺達は待った。

 伊745が伊738を発見するのを固唾を飲んで待った。

 尖閣諸島に居る海警なんてどうでも良い。

 今は伊738の安否の方が重要だ。


[こちら伊745、伊738を発見]


「どうだった!738はどうなってんだ!」


 俺は上等兵からマイクを奪って返信する。

 伊745の通信員は少し驚いた様だが、報告を始めた。

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