第玖話 横須賀、帰投ス

 新潟駅1,2番線 5月13日 12:28 


[えー、間もなく2番線に、当駅始発の特急とき16号が参りまーす]


「やっと帰れるね」


「うん、そうね」


「散々だったね」


「そ、そうみたいだね…」


 紫風が書き残したメモには驚くべき内容が書かれていた。

 拳銃で脅された上に、愛車のキューベルワーゲンが爆発事件に巻き込まれて爆発四散したと書いてある。

 筆跡からヤケになっていた事が分かる。


[危険ですから白線内へお下がり願いまーす]


 車を失ってしまったからには、他の交通機関を取らざるを得ない。

 紫風は鉄道を選んだ様だ。

 枕元には切符が置いてあった。


[この電車は、途中、東三条、長岡、小出、越後湯沢、水上、高崎、大宮、終点上野の順に止まって参りまーす]


「何号車?」


「2号車だ」


[電車は前から1号車、2号車の順で、一番後ろが10号車でーす]


 2号車は前の方だから、前に行かないと。


[自由席は後方ー、10号車から8号車、指定席は7号車から4号車、グリーン車は3号車から1号車となっておりまーす]


「彩華、まだ風がちょっとキツいね」


「うん、スカート捲れない様にしないと」


 雨は止んだが、風は相変わらず吹いている。

 駅は屋根があるからまだマシだが、外は大変だろう。


[ホーム上、特急ときと書かれました乗車札に並んでお待ち願いまーす]


 案内通り、2号車の乗車札の所に並んで待つ。

 乗る人は多い、特に自由席は各段に多い。


[電車が到着しましても-、車内整備・清掃を行います為ー、ご乗車は暫くお待ち下さーい]


 すぐには乗れないのか。

 まだ暫くこの風に耐えないといけない。


 列車がホームに入って来た。

 白色の車体に水色の帯が描かれた車両だ。


[新潟ァ~~~、新潟ァ~~~]


 扉が開き、アナウンスが始まると同時に乗客が一斉に降りて来た。

 皆、上野から来た乗客なのだろうか。


 5分後 


[お待たせしました~、只今からご乗車頂けます]


 一度閉まった扉が、再度開いた。

 やっとこの風から解放される。


「「あったかぁい…」」


 車内は丁度いい暖かさだった。

 ホーム上で冷えた身体が暖まる。


 彩華を窓側に座らせて、私は通路側に座る。

 車内は普通の座席と違い高級感がある。


「快適~」


「そうね、やっぱりグリーン車は快適」


 前の座席との幅も広いし、リクライニングも良く倒れる。

 流石はグリーン車。


[ご乗車ありがとうございます。特急とき16号、上野行きです。この列車は特急列車です、ご乗車には乗車券の他に特急券が必要となりますので、特急券をお持ちでないお客様はホーム上の特急券販売機でお買い求め願います]


 外を見てみると、急いで特急券を買っている客が見えた。

 どんな時も、この様な人々が居る。


「紫雲ちゃん」


「ん?」


「新しい車、どうするの?」


「どうしよっかなぁ…」


 またキューベルワーゲンを買ってもいい。

 レプリカがそこら中で販売されているだろう。


「少し調べてみるか」


[特急とき16号、上野行き発車します。扉を閉めます、扉付近のお客様はご注意ください]


 列車はゆっくり動き出した。

 曇り空の新潟を乗客を満載し、上野へ向けて出発する。

 上野まで1時間59分の旅が始まった。


 スマホで適当に車のカタログを見る。

 やはり安定のトヨタ車が良いだろうか。


「車種が沢山あって訳が分からない…」


 コンパクト、ミニバン、セダン…どれにすれば良いのか。

 軍艦や軍用機、軍用車の事なら良く分かるが、車の事は良く分からない。


「大きく無くて良いし…セダンで良いのかな」


 そう言えば、レクサスってのもあったな。

 トヨタの高級車ブランドか。


「…レクサスにしようかな」


 そう言えば、お父様はセンチュリーを使っていたような。

 うーん、何にすれば良いのか。


「うん、もうレクサスで良いや」


 レクサスは何処で売ってるのかな。

 近くで売ってたら良いな。


「平塚…藤沢…根岸…根岸、根岸で買おう」


 レクサスCPO横浜根岸店。

 根岸駅から近く、電車で行けるのはありがたい。


「明日にでも買いに行こうかな」


 家に帰ったら、店の予約をしよう。

 それと保険の請求もしないとなぁ。




 とき16号 2号車 17:45 


「んー…」


「紫雲ちゃん、もうすぐ上野だよ」


「んー…?」


 いつの間にか眠っていた様だ。

 景色は新潟の低層ビル群から東京の高層ビル群に変わっていた。


[長らくのご乗車、お疲れ様でした。後4分程で、終点の上野に到着致します]


「準備しないと…」


 そう思い、身の回りを見てみると準備が完了していた。

 網棚に挙げていたリュックも膝の上にあった。


「準備しといたよ~」


「ありがとー!」


 彩華が準備してくれた様だ。

 私は感謝を述べると共に彩華の頭を撫でまわす。

 彩華は気持ちよさそうだ。


[16番線到着、お出口は左側です]


「紫雲ちゃん好きっ」


「私も」


 周囲が下車する準備をしている為、視線はこちらに向かない。

 その隙を狙って私と彩華は抱き合う。


[新幹線は地下ホームへ、山手線は2、3番線へ、京浜東北線は1番、4番線へ、東北本線東京方面は7番、8番、9番線へ、常磐線は10番、11番、12番線へ、営団地下鉄、銀座線は地下鉄線乗り場へお越しください]


「彩華はやっぱり良い匂いがするね」


「紫雲ちゃんも良い匂い…」


[ご乗車ありがとうございました、終点上野です。本日も国鉄をご利用いただき、ありがとうございました]


 列車はホームに入っていた。

 抱き合うのを止めて、荷物を持って降りる。


[上野、上n――[上野ォ~~~、上野ォ~~~。終点でーす]]


 …国鉄の職員は皆こうなのだろうか。

 機械音声による放送を遮って、駅員が上野、上野と繰り返す。



「えーっと…東京だから東北本線ホーム…」


「7~9番線だったね」


「そうそう」


 車掌さんの案内通り、エスカレーターに乗って2階へ上がる。

 今度の発車は7番線から、普通小田原行き。


[間もなく、7番線に東北本線、東海道本線直通、普通小田原行が参ります]


 列車は丁度到着する頃であった。

 普通列車のグリーンにも乗ろうと思ったが、どうせ乗るのは品川までなので辞めた。


[危ないですから、黄色い点字ブロックまでお下がりください]


 列車が入って来た。

 ホーム上は人で溢れており、座れないだろうと確信した。


[7番線、普通小田原行の到着です。この電車は御徒町、秋葉原、神田には止まりませんので、ご注意ください]


 15両の列車が入って来た。

 列車には多数の人々が乗っていた。


「座れないね」


「仕方ないよ、時間が悪い」


 時間は夕ラッシュ真っ只中。

 座れないのも致し方ない。


[上野、上野です。本日も国鉄をご利用いただきまして、ありがとうございました]


 多数の人が降車し、多数の人が乗車する。

 私と彩華も乗車する人の流れに乗って車内に入る。

 車内は瞬く間に満員になった。

 私と彩華は奥の扉に押し付けられた。


「凄い人…」


「ラッシュだもの、これからもっと多くなる」


 彩華を抱き寄せて、匂いを堪能しつつはぐれないようにする。

 外では発車メロディーが流れており、そろそろ発車する様だ。


[普通、小田原行です。間もなく発車します、扉にご注意ください]


 扉が閉まり、更に車内が圧される。

 満員の列車はゆっくり動き出した。


[この電車は、東北本線、東海道本線直通、小田原行です。次は、東京、東京です]


 列車は御徒町を通過して秋葉原に差し掛かった。

 秋葉原は私も良く世話になっている。

 プラモデルのほとんどは秋葉原で調達している。

 最近は葛城を仕入れた。


 圧された車内は少し熱気が出て来る。

 まだ5月なのに汗が垂れて来た。


「流石にこれだけ人が集まると暑いね、紫雲ちゃん…」


「うん、でもあと少しで換気される」


[間もなく、東京、東京です。お出口は左側です]


 もうすぐ東京に到着する。

 6分間で溜まった熱気が換気される。


[新幹線、山手線、京浜東北線、中央線、横須賀・総武線、京葉線と地下鉄線はお乗り換えです]


 相変わらず路線が多い。

 どれがどれかごっちゃになってくる。


「紫雲ちゃん」


「ん?」


「品川じゃなくて、東京でも良いんじゃない…?」


「それもそうだね、東京で降りよう」


 彩華の進言に従い、品川では無く東京で乗り換える事にした。

 地下まで降りるのが面倒だけど、大した手間じゃない。


 東京で降りる人の流れに紛れて列車を降りる。

 人が圧縮されると、凄まじい熱気を発する。

 痴漢されなくて良かった。



 総武線地下ホーム 18:23 

 NRカードでグリーン券を購入。

 後は、横須賀まで乗るだけ。


[間もなく、1番線に、普通久里浜行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください]


 またもや満員の列車が入って来た。

 しかし、東海道本線程圧縮されては居なかった。


「後は、これに乗るだけだよ」


「うん、そうだねっ」


 軽くドライブする程度であったはずの物が、いつの間にか2泊3日の小旅行に変わっていた。

 しかし、この小旅行もこれでお終い。

 まさか、車を失うとは思ってもみなかった。


 列車が到着し、車内に入る。

 2階席は満席だったので、1階席に座る事にした。


 上のカードリーダーにNRカードをタッチして座る。

 リュックを網棚に置き、彩華の手を握って、リクライニングを倒す。


 列車が東京を発ってすぐ、私も彩華も眠ってしまった。

 そして、私と彩華が次に見た光景は……。

 横須賀から2駅先の終点、久里浜駅の看板であった。

 ………乗り過ごした。

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