第24話
六時間目の前に体操着に着替えて、体育館へ行く。
前半三分半の振り付けを覚えて、学年全体で移動する。
飛んだり跳ねたり、列を入れ替えたり。それが終わると曲に合わせて途中までダンスをする。
それも終わると、今度は後半の振り付けを覚えることになった。後半は両手を挙げ天を仰ぎ、全員で座って地に頭をつけるという作業がある。
別の、現代の作曲家が作った曲だが曲調はパッヘルベルの「カノン」に近く、とても綺麗だ。少しだけ癒される。
後半の振り付けを、竹林の怒号のもと叩きこまれる。
「三村、たるんでいる! もっとしっかりやれ」
「はい」
条件反射的に返事をし、背筋を伸ばして足のつま先から両手の末端神経まで力を入れる。だが何が気に入らないのか、竹林は何度も梓を叱る。
「もっと背筋を伸ばせ!」
言われた通りにするが、まだ伸ばせと言ってくる。もうこれ以上は無理だ。逆に背中が痛くなってくる。
「三村! もっとだ」
「はい」
無理。背筋は伸び切っている。体がおかしくなる。
「三村! 手をもっと高く伸ばせ」
「はい」
「三村! ちゃんと聞いているのか」
なにかといちゃもんをつけてくる。苗字を連呼するな。
ウザイ。ウザイ。ウザイ。なにもかもがウザイ。
体育祭でのダンスの披露なんて終われば一瞬だ。それなのに、なんでこんなにしごかれなければならないのだろう。
竹林の視線が、他の生徒のもとへ行き他の生徒を注意し始めた。
逃れられてほっとする。全てが終わると、そのまま全員が体育座りをした。各学年の体育祭実行委員がみんなの前へ立つ。
「衣装のサンプルが出来上がりました」
そう言って広げて見せる。歓声があがった。
上は黒いノースリーブに、下は濃いブルーのチュール付きプリーツ、レギンス。
上下はワンピースのように一枚に繋がっており、裾がひらひらと広がるようになっている。あの衣装を着て踊れば確かに、美しく見えるだろう。
だが、内心で体育祭はもう休もうかと思っている。
本当に疲弊しているのだ。
竹林は休めば1にすると言っていたけれど、多分それはないと踏んでいる。
留年させたくない思いはどの教師にもあるからだ。熱を出したとでも言っておけばいい。というよりもう、学校へ来たくない。不登校になりたい。
でも、疑いが晴れるまでは来なくてはならない。ただ、せめて一日だけでもゆっくり心身を休めたい。
そのためには体育祭の日がうってつけだ。ダンスとは他の競技で、走ったり飛んだりする余力は残されていない。
「では、後で各クラスに渡しますので用紙にサイズを書いてください。費用は五千円なので、これも二十日までに徴収します」
そうか。衣装代が必要なのか。
内心でため息をつく。五千円は貯めたお小遣いから出そう。休むのに親には出してもらうのは悪い。
結局六時間目を二十分延長し、教室に戻る。教室内は少しだけ汗臭くなっていた。
上半身ブラジャーをつけただけのまま、窓を開ける子も出てくる。細谷はなかなか来ない。
女子の着替えに気を遣ってこないのか、あるいはもしかすると、母が電話をしてくれているのかもしれない。
梓の目に、クラスの中は黒い渦のようなものがなんとなく見える。霊感があるわけではない。ただ空気を読むのに長けているから、そのように感じるというだけだ。
「ああ、もう嫌だ!」
突然、着替え終えた笹野が叫んで泣き出した。
「どうしたの」
鈴木と山崎、工藤が声をかける。
「竹林にストレスを感じるけど、それ以上にまた誰かの財布が盗まれるのかと思うともう耐えられない! 学校側は何もしてくれないし、犯人も誰かわからないし。クラスも感じ悪くなっているし」
そう言って少しだけ自分の机を蹴って、肩を震わせ泣く。
この子も疑う余地はあるか? 梓は冷めた目で笹野を見つめている。犯人以外は嫌気がさしている子がほとんどだろう。そうして今頃犯人は内心で笑っているのだろう。
良心は痛まないのだろうか。罪悪感もないのだろうか。
笹野を鈴木と山崎、工藤で慰めていた。
細谷が午後三時四十分になって入って来る。
「先生、盗難の件なんとかしてください」
鈴木が言った。
「大人にしか頼れる人はいません。私たちではどうすることもできません」
すると細谷はきっぱりと言った。
「先生にもどうすることもできない」
「なぜ犯人を捜そうとしないんですか!」
阿部が叫ぶ。
「犯人捜しをしたところでいいことはないからだ」
「いいことがない、のいいことってなんですか」
阿部は食い下がる。
「犯人を捕まえたら何が起こる? 多分お前たちは攻撃をするよな?」
梓はもう攻撃をされているけれど。
「でも被害のほうが問題です。お金が盗まれているんですよ?」
そうだそうだ、と賛同する声があがる。
「その前に三村さんが疑われています。最初に疑ったのは、先生、あなたですよね」
雪乃が立ち上がり、きっぱりという。すると細谷は言い淀んだ。
「確かに疑った。でもそれはきちんと確認するためだ」
「あなたが疑ったせいで噂が広まり、三村さんは嫌がらせを受けているんですけど?」
雪乃は負けまいと真顔で言う。すると細谷は皆を見回した。
「いじめも犯人探しもやめるように」
生徒たちはなおもブーイングをする。細谷は無言でプリントを回していた。回ってきたプリントは、ダンスの衣装のサイズを書き込む欄と、金額が記されていたものだ。
多分、竹林か体育祭実行委員から渡すように言われたのだろう。
「五千円は二十日までに、俺のもとに持って来い。じゃあ終礼」
終礼の時間も、最近ではもったいなく感じる。もう、午後四時を過ぎている。誰も教壇に立たないのでみんなはあれ? というような顔をする。
「今日の当番三村じゃない?」
渡辺に言われてはっとした。そうだ、今日は私の当番だった、と梓から血の気が引いていく。
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