第20話 相容れない存在

 血だらけのワイシャツでスーツを着ている吉見よしみは、壁に背を預けて座り込んだまま、顔を上げた。


 肌を焼いたときの臭いが漂う住宅の中で、強面を歪ませる。


 本人としては、笑ったつもりか。


「とりあえず、礼は言っておく……。おかげで助かった」


 向き合ったまま片膝をついているりょう愛花莉あかりは、無言で片手を差し出した。


 手の平を上に向けている。


「取り上げた銀の弾丸シルバー・ブレット……セミオートマチックを返しなさい。さっきの連中は、すぐに戻ってきますわよ?」


 そっぽを向いた吉見が、とぼける。


「あいにく、ここへ来るまでに落としちまってな……。すまん」


 雰囲気を変えた愛花莉は、もう一度だけ、繰り返す。


「同じことを言いたくありません。シルバー・ブレットを返しなさい! お前のくだらない駆け引きのために使うのは、絶対に許しません!」


 床に座り込んだままで、吉見がまっすぐに見つめ返した。


「それは、こっちのセリフだ……。お前がもっと早く俺たちに協力していれば、明大めいだい自汰じた教授だけではなく、その研究室の学生も迷い込まずに済んだかもしれないんだぞ!?」


 シルバー・ブレットというバレがあれば、事件に魔法師マギクスが関係していた証拠となる。

 

 巻き込まれた男子も、証人だ。


「梁あかり……。確か、そうだったな? 同じ名字でそのキャンパスに住んでいる学生の梁有亜ありあにも、事情を聴かせてもらうさ」


「お母さんを巻き込むつもり……」


 愛花莉が感情的になれば、自汰教授の研究室にいる男子、草道くさみちが割り込む。


「ちょっ! ちょっと待ってください! 今は、そんな場合じゃないでしょう!?」


 ようやく自分のペースにできたタイミングとあって、吉見は心の中で罵倒した。


 なだめ役になるつもりだった女刑事、八代やしろ沙矢さやも、肩透かし。


 ここで、とにかく情報を引き出したい刑事コンビと、自分が助かりたい大学生の温度差になった。


 大きく息を吐いた吉見は、宣言する。


「この応急処置と、さっきの氷柱つららを見る限り、お前は魔法を使えるだろう? 銃を返す必要があるとは思えない。……今は非常時だ! 魔法の不正使用については擁護しよう。約束する」


 恩着せがましく言われたことで、愛花莉は深呼吸。


 笑顔を作り、言い返す。


「帰れるといいですわね? では、失礼」

「あ、愛花莉ちゃん! 少し待ってくれるかな?」


 立ち止まった女子は、不機嫌そうに振り返った。


 草道は刑事2人に向き直り、早口で言い切る。


「ここへ逃げてきた近藤こんどうは、どこですか? あなた達が追跡したと思いますが」


 少し間があって、座り込んだままの吉見が答える。


「この住宅へ入ったところまでは、見たぞ? 俺たちも突入して、すぐに探したんだが」


「いなかったのよ、どこにも!」


 沙矢が、結論を述べた。


 彼らが話している間に、愛花莉は魔法によるサーチを終えた。


「その方は、もう別の場所へ移動しましたわね……。運が良ければ、自力で脱出するでしょう」


 言っている本人が、その未来をまったく信じていない様子。


「一応、その痕跡を見ておきます?」


「あ、うん!」


 草道は、慌てて返事をした。


 スタスタと歩き出した、ブレザーの女子高生についていく。


「いったい、どこに――」


 吉見の声が追いかけてきたが、無視する愛花莉。



 1階から地下室に通じる階段。


 その入口で、愛花莉は途中まで溜まっている泥水を眺めた。


「錯乱していたか、モンスターや特殊部隊に追われたか……。よりによって、こことは」


 ただでさえ薄暗い室内で、地下室へのルート。


「暗いし泥水だから、全く中が見えない……。確かに、こんなところへ潜ろうとは思わないよ、普通!」


 隣に立つ草道も、呆れている。


 ふーっと息を吐き、仲間のことは諦めたようだ。


 着衣水泳の難易度は、想像を絶する。

 水の抵抗が大きすぎて、まともに泳げず。


 さりとて、ウェットスーツなしの裸では、体温を失って終わり。


 視界ゼロの水中は、洞窟のダイビングと同じ。


 内部の構造も分からず、下手をすれば、海水と真水が混ざっていて浮力も変わる、死に一番近い場所。



「あの……。本当に、ここへ潜っていったの?」


 見張りのつもりか、沙矢もいた。


 愛花莉は、彼女も無視する。


 当たり前だ。



 1階を歩く2人は、最終確認をする。


「ここから移動しますわよ? 覚悟なさい」

「ああ……」


 その時に、野太い声が響く。


「八代も、連れて行ってくれないか!?」


 息を吐いた、愛花莉。


 いっぽう、その八代沙矢は血相を変えて、吉見のところへ走っていった。


 それを見届けた愛花莉は、草道に告げる。


「私から絶対に離れず、タイミングも合わせなさい! さもなければ、あなただけ別の場所に飛ばされますわよ?」


「わ、分かった!」


 言いながらも、吉見を見捨てないと思しき沙矢の大声を聞いて、物言いたげだ。


 喧嘩をしているような会話を耳にした愛花莉は、あっさりと告げる。


「あの女刑事も残りたいようですから、好きにさせますわ。あなたは?」

「一緒に行くよ、もちろん!」


 2階に上がり、とある部屋のクローゼットを開けた先に踏み出せば――


 そこは、引っ越しが終わった後のオフィスのような室内だった。

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