第18話 これで一致団結は無理がありすぎる

 やり場のない怒りは、オッドアイの女子に向けられた。


 ズンズンと歩み寄った近藤こんどうが、りょう愛花莉あかりのブレザーの上着でその襟元をつかみ――


 愛花莉は片足を引き、半身になりつつも、無造作に伸ばされた片腕をいなした。


 反撃や抜けられないよう、両手で手首をつかみ、その手ごと捻る。

 いわゆる、関節技だ。


「いててて……」


 痛みを感じない方向へ逃げた近藤は、自分から投げられた。


 ドサリと、地面に転がる。


 投げ捨てた愛花莉は、その男子を冷たく見下ろした。


 次に、非難がましい刑事2人を見る。


「正当防衛ですわ……」


 首を振った吉見よしみは、反論せず。


 いっぽう、八代やしろ沙矢さやは言い返そうとする。


「あなた、今の状況で――」

「どういうにしますの? そちらの刑事2人は拳銃があるでしょう? 1人1発と考えれば、十分すぎますわ」


 激怒した吉見が、愛花莉に向き直る。


「お前こそ、どうなんだ? 岡部おかべという男子に、何をした!?」


 クククと笑った愛花莉は、言い捨てる。


「さっき渡した銀の弾丸シルバー・ブレットで、私がバレを使う魔法師マギクスと察しましたね? せっかく悠月ゆづきおばさまに作ってもらったから、あれで自分を撃ち抜こうと思っていましたのに」


 日本の財閥の1つ、悠月も絡んでいるのか……。


 こいつがマギクスなど、多くの情報が手に入った。


 身柄を確保しておけば、四大流派の1つ、真牙しんが流を追及できるに違いない。

 政治的な取引があろうと、成果なしは免れた。


 あとは適当になだめて最寄りの所轄へ連行しようと思った吉見は、雰囲気を変える。


八代やしろ、本部に連絡しろ! とにかく、安全な場所まで――」

「無線が通じません! 携帯も圏外です! 」


 舌打ちした吉見は、自身の公用携帯と無線を試すも、不通だった。


 また笑った愛花莉が、八代沙矢さやを見ながら、説明する。


「そこのあなた……。私、最初に何て言いましたっけ? 『オープンキャンパスの日に次元振動研究室へ近づくな』と警告しましたが? フフフ」


 再びホルスターから抜いた沙矢が、両手で構え、銃口を愛花莉に向けた。


 他の目撃者がいることもあり、吉見は叫ぶ。


「よせ、八代! そいつは大事な被疑者だ! ここで検挙する!」


 しかし、異常事態が続き、興奮している沙矢は止まらない。


 愛花莉を狙ったまま、叫ぶ。


「ふざけるな! 全部、お前のせい――」

 

 その瞬間に、愛花莉が消えた。


 彼らの背中のほうから、声が聞こえる。


「そうやって、人のせいにすれば、楽ですわね? 私は、ここで死にます。協力しての情状酌量とか、つまらない駆け引きをしないでくださいまし」


 全員が振り返れば、愛花莉の姿。


「ここは現実と似ているから、まだ自覚がありませんね? それと……」


 片手を振れば、彼らとの境界線のように、地面が凍り付いた。


 地面から長い氷柱つららができて、普段とは上下が逆のまま、ズラリと並ぶ。


 瞬間的に氷魔法を使った愛花莉に、刑事2人が息を呑んだ。


 ホルスターから出ているグリップに手を伸ばした吉見は、相棒を制する。


「八代、銃を仕舞え! これは命令だ!」


「……はい」


 しぶしぶ、沙矢は拳銃を収めた。


 吉見は『梁あかり』がマギクスとして規格外の実力と認め、内心で歯噛みした。


「今までの扱いは、すまなかった! 俺たちが全員、生還するため――」

「私は、ここで死ぬために来ましたのよ?」


 馬鹿にしたような口調に、吉見は黙り込んだ。


 ここに至り、彼は八方塞がりになったことを知る。


 もはや、説得は無理だ。


 けれど、沙矢は諦めない。


「悩みがあるのなら力に――」

「では、死になさい! 今すぐに、私があなたを殺してあげますわ……」


 『あかり』が魔法を使う気配を感じて、吉見は大急ぎで割り込む。


「待ってくれ! 八代は――」

「あなたと彼女の2人が死ねば、残りは面倒を見てもいいですわ! 最期を迎えるのに良い警官悪い警官でくだらない茶番を見せられるのは、うんざり! 特別に、どちらかがもう片方を殺すことでも可としますよ? 勝手に人の死に場所へ押しかけて、ギャーギャーと! 私にも、我慢の限界がありますの」


 冗談を言っているようには、見えない。


 刑事2人がまた拳銃を抜くかどうかで迷っていたら、度重なるストレスに耐えかねた男子、近藤が奇声を上げる。


「ひゃ……ひゃああぇええええああああっ!」


 絶叫しながら、1人だけ、トウモロコシ畑の土道を走り出した。


「待て! ここは全員で行動……」


 吉見が叫ぶも、男子のスピードは上がる一方だ。


 その目的地は、ここから見えている白い住宅。


「あああああぁぁァ……」


 リミッターが外れているのか、あっという間に小さくなった。


 吉見は、沙矢に命じる。


「追うぞ!」

「はいっ!」


 全力で追いかける刑事2人に、愛花莉は息を吐いた。


 ふと見れば、男子が残っている。


「えーと……」


「次元振動研究室の草道くさみちだよ」


 首をかしげた愛花莉は、問いかける。


「食堂のトレイを任せた謝礼は、渡したはずですが?」


 頓珍漢なセリフに、草道は脱力しつつも、説明する。


「さっきの刑事2人より、君についていったほうが助かりそうだから……」

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