第2話 ストロベリーは食べごろになったー①

「ところで、桔梗ききょうさん?」


 室矢むろや重遠しげとおの問いかけに、元首相の桔梗巌夫いわおが向き直った。


「何だね?」


「外務大臣の罷免ひめんと、党からの除名処分は、今できますか?」


 ため息を吐いた巌夫は、呆れたように答える。


「食事の宅配とは違うぞ? 大臣の罷免は首相の権限で行えるが……。事実関係を把握したうえで、党内の意見調整をした後……。どれだけ早くても、数日はかかる。一般的には書類が揃ったあとで、最優先しても半月だ」


 まして、党の除名処分は言うまでもない。


 雰囲気で、そう伝えた。


 うなずいた重遠は、肩のスリングに手をかける。


「そうですね……。なるべく生け捕りにします」


 言うが早いか、硬いはずの床に沈んだ。


 プールへ飛び込むように消えた青年に、巌夫は少し驚くも、すぐに息を吐いた。


 傍で待っていた人物が、ようやく声をかける。


「き、桔梗さん? 彼は、どこへ?」


「室矢家の当主だよ。……今見たことは忘れたまえ。それが君のためだ」



 ◇



 警視庁のヘリが、低空を飛んでいる。


『上空警戒中のクマタカ1号より本部へ! 移動中のテロリストはいくつかの車両に分散しており、管区第三機動隊の阻止線を避けつつ――』


 バタバタと五月蠅いローター音に、昼の東京で外にいる人々が、空を見上げた。



 走っている覆面パトカーでは、機動捜査隊の2人が息を吐いた。


 警察無線は、ヒートアップする一方だ。


『本部より目黒区の各車両――』


『外務大臣の行方は、未だ分からず! 警護についていた警備部のチームも音信不通! 一刻も早く、見つけろ!』


 運転している若者は、緊張した様子だ。


 いっぽう、助手席にいるベテランは、ウェストポーチに入っている拳銃を抜き、初弾を装填する。

 左手で上から包み込むようにスライドを握り、後ろへ引いた。


 シャカッと、小気味いい音を立てる。


櫻井さくらい(巡査)部長?」


「いいんだよ……。規則通りだと、死ぬぞ? にしても、こんな緊急時に、俺たちは騒いでいる不法滞在者への対応か」


たちの悪い大学生の溜まり場にもなっている、治安が悪いエリアですよね?」


「ああ……。外国人も多いし、適当になだめて、早く退散しよう! 俺たち2人じゃ、応援が来る前にバラされるだけだ」



 ボンネットの上で赤ランプを回転させていた車は、路地裏で停まった。


「急ぐぞ? こんな場所に長く停めたら、分かったもんじゃねえ!」


 左右のドアが開き、通報者のところへ小走りで向かう。


 バシャバシャと、水たまりが音を立てた。



 住居か倉庫かも区別できない玄関ドアを開けた通報者が、問題の場所を指さした。


「家庭訪問は警察の仕事じゃないけどさ? 銃を持っているようで、どうにも! ウチに居座っている奴らを追い出してくれないかな?」


 叩けばほこりが出そうな、小汚い中年男は、卑屈にペコペコと頭を下げた。


 これだけ低姿勢で、正式な通報。

 何もせずに帰るのは、論外だ。


 櫻井は、息を吐いた。


「分かりました……。ひとまず、そこで確かめてみます」


「お願いします」


 

 パートナーの影山かげやまにも、初弾を装填させた。


 通報者が、相手は銃を持っていると告げたから、正当性はある。


 密集したビル群はどれも古く、廃墟のようだ。

 ゴミ袋が山積みのまま、異臭を放っている路地裏。


 同じく小走りの機捜きそう2人は、さっきの男が所有している賃貸マンションの成れの果てへ。


 知らなければ、絶対に入りたくない、昼でも洞窟のような暗さのエントランスを奥へ進む。


「チッ! 階段を使うぞ!」


 エレベーターを信用できず、ヘドロのような汚れが堆積たいせきしている階段を登っていく。


 知らない人間がたむろしているフロアーに辿り着き、呼吸を整えてから、廊下の様子を――


 ババババ!


 耳が潰れそうな発砲音が続いた。


 それは重なり、着弾による、ガガガン! ドオオォオオンッ!! と何かが爆発する音へ。

 わずかに、地上から伝わってきた振動も。


 影山は、思わず叫ぶ。


「な、何が!?」

「キャッ!」


 ほぼ同時に、可愛らしい声も。


 驚いた機捜の2人は、とっさに拳銃を抜き、相手を探す。


 薄暗い踊り場には、誰もいない。


 ベテランの櫻井は、息を吐きながら、呟く。


「気のせい――」

 ババババ!


 自分たちの近くで、発砲音。


 先ほどの音とよく似ているが、タイプは異なる。


 2人が踊り場から、突入しかけていたフロアーのほうを見上げれば――


 階段を登り切った場所で、膝をつけている女子が1人。


 相手からの応戦で破片や土埃つちぼこりが巻き起こり、誰もいないはずの場所に浮かび上がったのだ。


 影山は、その後ろ姿を見る。


「……女の子?」


 アニメでしか見られないはずの、ピンク色の髪。


 いや、ピンクがかったプラチナブロンドだ。

 今は1本に縛っている。


 後ろ姿ですら、女の雰囲気。


 淡い色のワンピースの上に軍用のジャケットを羽織った、アニメのような服装だ。

 先ほどの音から、両手でアサルトライフルを構えているらしい。


 視線と声により、彼女は膝撃ちのまま、振り向いた。


 グレーのシューティンググラスだが、その奥に青い瞳。

 帽子はなく、横顔でも、お嬢さまのようだと感じる。


 誰であろう、光学迷彩の魔法で潜んでいた、天ヶ瀬あまがせうららだ。

 

 室矢むろや家で重遠しげとおの妻となった1人。

 元首相の桔梗巌夫、その隠し子でもある。


 ストロベリーブロンドは、ついに高校生となった……。

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