第19話 マフィアのドンだそうです。

 スラム街で絡まれている僕の前に、なぜカデリアさんがいるのだろう。

 そのような疑問を浮かべるも、カデリアさんは特に気にすることなく男たちに向き合う。

 これだけ強面の男たちなのに、まるで怯んでいる様子がなかった。


「悪いわね、この子、私の連れなの。見逃してあげてくれない?」


 カデリアさんが言うと、男たちは気が抜けたように肩をすくめた。


「カデリアの繋がりかよ。さっさと言えよ。それにしても、お前がそんなガキと知り合いなんてな」

「あら、こう見えて私、結構顔が広いのよ?」

「よく言うぜ」


 カデリアさんは気さくに男たちと話すと、去っていく男たちを見送っていた。

 何がどうなっているのかよくわからないが、とにかくカデリアさんのお陰で助かったらしい。

 もうちょっとで乱闘騒動になるところだった。

 そうなれば調査どころではない。


 男を見送ったカデリアさんは、呆れたように僕と、物陰に隠れているルナに目を向けた。


「あなたたち、こんなところで何してるのよ。ここは一介の冒険者が来るようなところじゃないわよ」


 僕は思わず頭を下げる。


「すいません、僕たち闇ギルドの情報を集めようとしていたんです」

「闇ギルド? どうしてまた?」


 カデリアさんが目を丸くする。

 するといつの間にか僕の横でルナがふんぞり返っていた。


「兄様が暗黒騎士に襲われたのよ」

「えっ、本当なの? 大丈夫だったの!?」

「なんとか助かりました」

「そう……、まぁ無事ならそれで良かったわ」


 僕が頷くと、カデリアさんはほっと安堵した表情を浮かべた。

 なんだかんだ面倒見の良い人だと思う。


「それよりどうしてカデリアさんはここに? さっきの人たちは知り合いですか?」

「まぁ、ちょっとね」


 カデリアさんは歯切れ悪く言葉を返す。

 その様子にルナは怪訝そうな表情を浮かべていた。


「怪しい……。もしかしておばさま、闇ギルドに加担したりとか……」

「するわけないでしょ。私はね……あぁ、もう。仕方ないわ。ついてらっしゃい」


 カデリアさんはそう言うと、さっさとスラムの奥へと歩いて行った。

 僕は思わずルナと顔を見合わせる。

 一体何だというのだ。

 よくわからない。

 仕方なく僕らは彼女の背中を追いかけることにした。


 カデリアさんはどんどんスラム街の奥深くへと進んでいく。

 街の景観はどんどん荒れ果て、ボロ小屋みたいな場所が増え、辺りにゴミも増えていった。

 このあたりまで来るとほとんど灯りがなく、日中なのに薄暗い。

 違法建築のように建物の上にまた建物が建てられたりしており、雑然とした街並みに思えた。

 建物が密集し、狭い道には物乞いの姿が目立つ。


「カデリアさん、これ、どこに向かってるんですか?」

「いいから、ついてきたら分かるわよ」


 やがて僕たちはスラムの最奥部にあるらしい大きな建物へとたどり着いた。

 入口に武装した男たちが数人たむろしており、見ているだけでも物騒だ。

 彼らはどうやら門番らしい。

 こんな場所に来て一体どうするつもりだろう。


 すると男たちはカデリアさんの顔を見て次々に頭を下げていった。

 カデリアさんも気にすることなく「ご苦労さま」と言っている。

 予期せぬ光景に僕とルナは目を丸くした。


「ジータいるかしら」

「へぇ、中にいます」

「じゃあちょっとお邪魔するわね」

「その二人は?」


 いかつい男に目を向けられギクリとする。

 しかしカデリアさんは動じることなく「私の連れよ」と返した。


「リヒトくん、ルナちゃん、入るわよ」

「は、はい。行こうルナ」

「う、うん。兄様、私、なんだか怖くなってきたわ……」

「大丈夫だよ、たぶん」


 大きな館の中に入ると、タバコの臭いがそこらじゅうから漂っていた。

 紫煙が充満し、空気が淀んでいる。

 内装は酒場のようになっており、カウンターと、いくつもの丸テーブルが置かれているのがわかった。

 テーブルを囲んで何人かの男たちがカードを使って賭け事をしている。


 娼婦のような女性の姿も多数見られ、男たちにベッタリとくっついていた。

 くっつかれた男はだらしなく鼻の下を伸ばし、胸を鷲掴みにしている。

 何人かがルナを見てニタニタと笑みを浮かべ、ルナはそっと僕の背中に身を隠した。

 カデリアさんはと言えば、この異様な雰囲気にも慣れた様子で奥へと入っていく。

 僕たちも慌てて後に続いた。


 一番奥の部屋は、いかにもこの場所のボスがいそうな部屋だった。

 大きなデスクがあり、その奥にこの場所に似つかわしくない革製の椅子に座った男がいる。


 短髪で金色、髪が逆立っており、目つきは鷹のように鋭く、頬に傷がある。

 異様な風格に、どう見てもこの男がこの場所のボスに見えた。

 その男のそばには、護衛と思われる老人と、ごつい男がそれぞれ立っている。


「姐御」


 ボスらしき男はカデリアさんを見て呟いた。

 カデリアさんも「久しぶり」と慣れた口調で男に返した。


「二人共、紹介するわね。この男はジータ。このスラムを管理するマフィアのボスよ」

「マフィア……?」

「荒くれ者だらけの冒険者の中でも、更に荒れた存在っていうのかしらね。裏稼業にも精通してるの」


 まさかそんな存在がいるとは。

 有象無象の集まりである冒険者よりも、さらに危ない人物に見えた。

 そんな人物と知り合いだなんて、カデリアさんは一体何者なんだ。


「何だぁ、姐御。今日はガキなんか連れてどうしたんだよ」

「ちょっと聞きたいことがあってね。闇ギルドについて教えてほしいのよ。最近話題になってるでしょ」

「あぁ、あいつらには俺たちも手ぇ焼いてんだ。何せどこにいるのかわかりゃしねぇ」


 何やらやり取りが開始されている。

 しかしながらその前に、確かめておきたいことがあった。


「あの、カデリアさん……お話し中すいませんけど、ちょっと良いですか?」

「どうしたのリヒトくん?」

「カデリアさんって、ひょっとしてマフィアなんですか?」


 思わず尋ねると、少しの間があった後、男とカデリアさんは笑った。

 部屋にいる配下と思しき男たちも大声で笑う。

 僕とルナが困惑していると「違うわよ」とおかしそうに彼女は言った。


「ジータはね、私の弟なのよ」

「弟!?」


 僕とルナは思わず目を剥く。

 葉巻を吸ったジータは、カッカッカッと快活に笑うと怪しい笑みを浮かべた。


「俺はカデリアの姐御の実弟のジータだ。よろしくな、ガキども」

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