episode1-閑 沖嶋陽介の戦う理由

 如月が帰るのと入れ替わるようにして迎えに来た母に連れられて、沖嶋は談笑しながら駅への道を歩いていた。

 加賀美を心配して学校に残りたい気持ちもあったが、他ならぬ加賀美がそれを望まないため、大人しく帰路につくことにしたのだ。


「そこのお兄さん、用件はわかりますね?」

「……母さん、先に帰ってて。ちょっと用事が出来た」


 その道中、向かいから歩いて来ていたスーツ姿の女性が、突然行く手を塞ぐように道のど真ん中に仁王立ちして沖嶋へそう語り掛けた。

 沖嶋はそれに困惑するでもなく、全てを理解した様子で穏やかに母へそう促す。


「陽介、知り合い?」

「そんなところ。すぐ追いつくから、ほら」

「そう、あまり遅くなっちゃ駄目よ?」


 小さい頃は頼りない部分の目立った沖嶋だが、今はしっかり者で母からも信頼を寄せられている。この子に限って悪い付き合いや人に言えない関係ということもないだろうと、母はそれ以上深く追求せずに沖嶋を残して歩き出した。ピシッとした真面目そうな雰囲気の女性とすれ違う際にぺこりと軽く会釈をして、そのまま後ろ姿は遠ざかっていく。


「すぐ追いつくなんて言われると、方便でも良い気はしませんね」

「嘘を吐いたつもりはないですよ。今日は疲れてるので、手早く済ませたいんです」


 面識があるかのように自然に会話をしている二人だが、実際は初対面であり、お互い名前も素性も何も知らない。

 ただ一つだけわかっていることは、お互いがフレーム使いであるということだけ。

 フレーム使いは同類を見分ける第六感を持っている。


「生意気な子ですね。少し、大人の恐ろしさをわからせてあげましょう。フレームイン――

「今時大人も子供もないと思いますけど……。フレームイン――


 言葉とは裏腹に淡々として声音で、

 普段と変わらない柔らかな物腰で、


『ジュピター』」

『チェイン』」


 それぞれのフレームを呼び出した。




☆  ☆  ☆




「ぐっ……! なぜ……、解放数は同じのはずなのに……!」


 勝負が決するのにかかった時間はほんの数分だった。

 胴体、右腕、右脚と、装備していた全てのフレームを破壊された女性が、苦悶の表情で地面に転がり見上げるように沖嶋を睨みつける。

 沖嶋の方はと言えば、これと言ったダメージもなく、両腕と胴体に装備したフレームは健在だ。


 フレーム使い同士の戦いは原則として同じ解放数の者同士で行われる。フレームによってそのルールを強制的に遵守させられる。そのため、通常であればここまで一方的な結果になることは珍しい。よほどフレームの性能に差があるか、実力に差があるか、幸運の女神がほほ笑むかでもなければ、こうはならない。


「お姉さん、フレーム使いになったの最近ですよね? 特殊能力頼りの動きって、ルーキーにありがちで読みやすいんです。ポンポン当たりを引くのも考え物ですね」


 女性のフレームが完全に破壊されるのと同時、どこからともなく現れたカプセルトイの機械、いわゆるガチャという奴を回しながら沖嶋は答える。

 このガチャこそがフレーム使い同士が戦い合う理由。他者のフレームを破壊することで、一つにつき一度ガチャを引く権利が与えられ、ここで自分の使うフレームと同種を引くことで初めて、新しい部位が解放され異能が強化される。


 成りたてのフレーム使いにとって、慣れない戦いの末にようやく獲得できるこの抽選権は非常に貴重であり、回すにあたっては期待と覚悟、そしてハラハラドキドキがつきものなのだが、沖嶋はすっかり慣れた様子でがちゃがちゃと3回分を回しきり、排出されたカプセルを次々と開いていく。


「タロットシリーズ『ホイールオブフォーチュン』、グリムシリーズ『スノーホワイト』、コスモシリーズ『マーキュリー』。全部外れですね」

「随分と……、手慣れていますね」


 壁に手をついてヨロヨロと立ち上がった女性が、何の感慨もなさそうにガチャを回す沖嶋のことを理解できないというような目つきで見ている。


「勝ったり負けたりで、長いこと2~4個あたりをウロウロしてるんですよ。お姉さんも、一個壊されたらすぐ逃げた方が良いですよ。解放部位が一つ違うだけで勝ち目は極端に下がりますから」

「逃げられないように縛り付けたあなたがそれを言いますか? ああ、スーツに鎖の跡がついてしまいました。最悪です」

「だったらそんな格好で吹っ掛けてこないで欲しいんですけど」

「この私が負けるはずがないと思っていたのですけれど、上には上がいるということですね」


 先ほどまで派手に戦っていたのが嘘のように、沖嶋とその女性はまるでスポーツを一試合終えた後のように感想戦を始める。

 それというのもフレーム使い同士の戦いは一見派手でどちらが死んでもおかしくないというように見えるが、実際には命のやり取りには程遠いものなのだ。


 前提として、フレームは装着者の受けたダメージを肩代わりするため、どれほど派手な攻撃を致命的な場所に食らったっとしても、フレームが破壊されるまでは実際に負傷することはない。そして一方のフレームが全て破壊された時点でガチャが出現し戦いは終わる。仮にそこで戦いを止めずに相手を殺害すれば、ルール違反としてフレームが剥奪され、二度と装着することは出来なくなる。

 そう、ルールだ。フレーム使い同士の戦いは、厳格なルールが定めらており、いわば異能を使った格闘技のようなものだと言える。

 誰がそのルールを決めているのかはフレーム使いも知らないが、フレームという異能は明確に何者かによって、あるいは何らかの力によって、秩序ある運営がなされているのだ。


 とはいえ、派手に動き回れば当然身体は疲れるし、フレームを使うのにもかなりの体力を消費するため、一戦終えた後はこの女性のようにフラフラになってしまうというのも珍しくない。


「次はこうはいきません。首を洗って待っていることです」


 全てのフレームを破壊されたフレーム使いはその戦いに介入する手段を失うが、いずれ再び、どこからともなくガチャが現れる。

 最初にフレーム使いになる時と同じだ。ある日突然、道端や自室、会社の休憩スペースなど、そこになかったはずのガチャが出現し、一度だけ抽選権が与えられ、引いたフレームが自らのフレームとなる。


「フラフラですけど大丈夫ですか? どこか休めるところまで肩を貸しますよ?」


 全てのフレーム使いがこの女性のようにどこか爽やかな性質をしているわけではなく、敗北後めちゃくちゃに罵倒してくる者もいれば泣き出す者もいる。

 沖嶋はこれまでに相手をしてきたフレーム使いのことを思い出して、こういう人が増えてくれるとやりやすいんだけどな、と変に遺恨の残らないようそう切り出す。


「ふふ、年下のイケてる男の子に口説かれるなんて、私も捨てたものではないですね」

「そういうのじゃないです。大丈夫そうなんで失礼しますね」

「ええ、親御さんを待たせてるのでしょう? 早く帰った方が良いです」

「……お気遣いありがとうございます」


 ぺこりと軽く会釈をしてから、沖嶋は小走りでその場を後にする。いつの間にかガチャの機械は消滅しており、派手な戦闘跡も綺麗さっぱりなくなってしまっていた。


「にしても相変わらず引きが渋いなぁ」


 走りながら沖嶋は誰に言うでもなく不満そうにそう呟いた。

 フレームの種類は多岐にわたり、その排出率が平等の場合自分のフレームを引ける確立と言うのは限りなく低いことになる。実際にはソーシャルゲームで言うところのピックアップというような感じで、自分のフレームは他のフレームよりもいくらか引きやすくなっているらしいが、沖嶋はその恩恵を実感できたことはあまりなかった。


「早く強くならないと、あっと言う間に氷室に置いてかれちゃうぞ」


 平定者になると誰に憚らず公言していたように、氷室の本質が変わっていないことは高校で再会した時からわかっていた。

 だからいつか氷室が動き出した時、置いて行かれることがないよう積極的にフレーム使いを探して戦い続けている。

 お陰で同じ解放数のフレーム使いと比べるとかなりフレームの練度は高くなったが、肝心の解放数そのものは一進一退という状況でほとんど進展が見られない。


「それに、覚悟も」


 これまでずっと命のやり取りとは無縁のフレームという異能を使っていたせいか、沖嶋はダンジョンの踏破にあたってモンスターを殺すことが出来なかった。人に近い姿をしたその存在を、自らの手で殺す覚悟が出来ていなかった。

 最初にワーウルフを縛り上げた時、本当は、恐らく沖嶋の『チェイン』フレームなら絞め殺すことができた。その後の最深部の戦いも同じだ。


(たぶん、確証はなくても氷室はそれに気づいてる)


 氷室がこれから冒険者として名を上げていくであろうことを考えれば、そしてその覇道に続きたいと考えるのならば、何よりも沖嶋に必要なのはその覚悟だ。


「大丈夫、俺なら出来る。氷室がいたから変われたんだ。だからまた、何度だって」


 新たな決意を胸に沖嶋は走り続ける。

 ずっと先にある、憧れの大きな背中を追いかけて。

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