Chapter10 : 都会
「ところで、戦利品を売りさばくのって、都会だとどうしたらいいのかな?」
大荷物を揺らし、カンナの背中についていきながらレックスは尋ねた。
「都会には
「そうね……」
どう説明したものか、カンナはしばし迷った。口ぶりから察するにレックスの故郷は……かなり田舎だったらしい。
カンナにとっての『常識』から、丁寧に説明した方が良さそうだ。
「――戦利品を売りさばくには、主に3つ」
街の住民と遺跡荒らしで賑わう大通りを歩きながら、振り返ったカンナはビシッと指を3本立てた。
「ひとつは、レックスも言っていた
「村でやる物々交換の、超でっかい版ってことかな? 場所とか開催時期が決まってるんだっけ」
「だいたいそんな感じ。日用品とか食料品とか、雑貨とか、あまり高額じゃないものをやり取りすることが多いわね」
場所代が取られたり、住民だけじゃなく商人も出店していたり、物々交換だけじゃなくて通貨を使うこともあったり、細かい点は色々あるが……
(一度に色々言っても混乱するだけだろうし)
とりあえず今は大まかな理解でヨシ! とカンナは流すことにした。
「次は、普通にお店。交易商もここに含まれるわ。お店はレックスの村にもひとつやふたつはあったでしょ?」
「なかったよ!」
フフーン、となぜか得意げなレックス。あるいは田舎っぷりを自慢するしかないのかもしれない。
「人口100人ちょっとの小さな開拓村だったからね! 村ができたのも俺が生まれる少し前くらいだったし。近くに【遺跡】もなければ、コレといった特産品もない。お店を開く物好きなんていなかったさ!」
そもそも商売が成り立たなかったと思うよ! とレックス。
「強いて言うなら、村の共有財産で仕入れた物資を倉庫に入れてたから、それがお店の代わり……だったのかな?『必要なときに必要なものを手に入れる』という意味ではね」
「なるほど。そういえば行商人は来てたのよね? 特産品がないなら、何を取引していたの?」
「畑はあったから、食料に余裕があれば作物を。他には狩りで仕留めた獣肉のジャーキー。あとは、たまーに森で採れる
「森で
「あ、そこまで大したもんじゃないよ」
パワーワードに驚くカンナに、レックスはひらひらと手を振ってみせた。
「燃え続ける赤い結晶とか、ビリビリする青い結晶とか、毒ガスを出す緑色の結晶なんかが、時々出現するんだよ」
「ああ。それならわたしも見たことあるかも」
一般向けではない高額商品として、ごくごく稀に。
「赤結晶は着火剤や燃料代わりに、青結晶は発電や金属加工に、緑結晶は汚物処理に使われてるわね。どれもすごく高価だと思うんだけど、これらは特産品って言えるんじゃないの?」
「いつ出てくるかわかんないのさ」
レックスはヒョイと肩をすくめる。
「何ヶ月も出ないこともあれば、何日も連続で出ることもある。あと俺の村だけじゃなくて、辺境一帯で発生するものらしいから、行商でそれぞれの村を訪れるくらいでちょうどいい……んだとか何とか」
「なるほど。でもそんなに不定期に出現するものを、わざわざ森の中で探すのは骨が折れそうね……」
「赤いのと青いのは、ボヤが起きるからすぐわかるんだ。森から煙が立ち昇ってたら『結晶が出たぞ~!』って、みんなでこぞって森に突撃したっけ……」
そんなとき、先行して危険なクリーチャーを排除するのもレックスのような狩人の役割だった――
「……そうなの」
レックスの口調がやけに懐かしげで少し気にかかるカンナだったが、相槌を打って話を続ける。
「有用なアノマリーが採取できるなら、もっと大勢が住み着きそうだなって思ってたんだけど、安定しないのは厳しそう」
「その通り。食べ物は常に必要だし、森に入るにも銃弾は必要だし。採算っていうのかな? そういうのが取れないみたい」
食べていくため森に入っていたのか、森に入るため食べていたのか、どちらが先かわからないくらいさ、とレックスは言う。
「あと、アノマリーは森の近くでも発生することがあるから、危ないんだ。昔、畑のど真ん中に赤結晶が出てきて火事になったこともあるし、家に緑結晶が出て死んだ人もいるらしい」
レックスは、大勢の人が行き交うグラント市の風景をぐるりと見渡した。
「とてもじゃないけど、危なくてこんなに大勢は住めないんじゃないかな……いつ家や畑が燃えるかわかんないのはヤバい」
「たしかに……」
レックスの故郷も、好きで田舎であり続けたわけではないのだろう。
そのような不安定な環境でまとまって暮らせるのは、せいぜい100人が限度だった、ということか。
「レックスの村にお店がないとなると……これまでやったことがある取引は、行商人との物々交換か、弾丸払いが主だった、ってことよね?」
「うん。基本、俺たちが食べ物やアノマリーを出して、代わりに行商人が銃弾とか医薬品とか、……クリスタルガラスのアクセサリーとか……を出して……」
スンッ、とわずかに上を向くレックス。
(複眼の『遠い目』ってこんな感じなんだ……)
と、カンナは貴重な知見を得た。
「……ま、まあ、そんな感じの物々交換だったかな」
「そ、そう。街も、規模がちょっと大きいくらいで、大体そんな感じね。ただ、このグラント市にはもうひとつの選択肢があるの」
カンナはスッと道の向こうを指さした。
「――それがあの"
そこには、ここ一帯で最も洗練された空気をまとう文明的なビルがあった。
旧世界の名残のオンボロ建築や、廃材ありあわせのバラック小屋も珍しくない町中で、異彩を放つ新築のコンクリート造り。
もしレックスがその手の
ただし優美なだけではなく、窓にはことごとく鉄格子がはまり、一定間隔で重武装の警備員が配置されていた。よくよく見れば銃口を出すのにぴったりな穴がいくつも壁に設けられ、ビルディングというよりは要塞、砦といった様相を呈している。
建物の上部には目隠しをした女性の彫像。片手にマシンガン、片手に秤。彫像の足元には『Tuemur Opes』と刻まれていたが、どうやらレックスが知る言語とは何かが違うようで意味がわからなかった。
いずれにせよ、とてつもなく物々しく、周囲から『浮いた』建物だった。
ものすごく目立つので、もちろんレックスはその存在には気づいていたが……街の重要施設であることは火を見るよりも明らか、自分のような田舎者には縁のない場所だと思い込んでいたのだが……
「あれが、
「そう。正確には"
よくよく見れば、身なりがいい街の住民以外に、レックスたちのような遺跡荒らしも度々出入りしている。入るレイダーはたいてい大荷物を抱えて、出るレイダーは手ぶらか身軽な格好で。
「グラント市がここまで発展したのは、【遺跡】に加えてあの銀行の存在が大きいと言われているわ。フリーマーケットや個人の店では売るのが難しいような貴重品も、銀行でなら適切な価値で取引できる」
そしてカンナは、自分のバックパックをぽんと叩いた。アグレッサーから剥ぎ取った医薬品や弾丸が収められたそれを――
「というわけで、今回はわたしたちも銀行で取引しましょう。あとレックスには、弾丸払いと物々交換以外の選択肢――
†††
銀行は、近づけば近づくほど、物々しい空気が肌に突き刺さるようだった――
レックスに外骨格がなければ、たぶんそう表現しただろう。
特に、入口の両脇の警備員は重武装かつ歴戦の風格を漂わせており(もしかしたら凄腕の遺跡荒らしだったのかもしれない)、レックスがそわっと落ち着かない感覚に陥る程度には、「できる」人間のようだった。
「…………」
じろ、と防弾ヘルメットのバイザー越しに、警備員が胡乱な目を向けてくる。
(騒動とか起こしたら容赦なく射殺されるんだろうなー)
カンナは自然体のままだったので、やましいことがないレックスもまた、堂々とした態度で中に入る。
入口を抜けた先は広々としたホールになっていた。つるつるに磨き上げられた不思議な模様の石材のタイル。『大理石』というらしい、とあとになって知った。
壁には何やら繊細な筆使いの絵画が、額装されて飾られている。村長のアーカイブや旧世界の書籍で存在は知っていたものの、それらしい実物を見るのは初めてで、レックスは思わず目を奪われた。緑の草原を描いたもの、平和な街並みの日常を切り取ったもの、青々とした水面を進む船を描いたもの。どの絵にも虹色の空間の断絶が描かれていないあたり、旧世界をイメージした作品なのかもしれない。
興味は尽きなかったが、視線を転じれば天井から吊り下がる照明器具が目に入る。村では剥き出しの電球が当たり前だったレックスには、キレイなガラスやプラスチックで電球を覆い装飾する、という『無駄』が、ひどく新鮮でオシャレに見えた。
さらには、天井そのもの。ところどころに天窓があり青空が見えていたが、建物の構造を考えると上階が存在するはずなので、すぐ空が見えるのはおかしい。
……よくよく観察すれば、それはどうやらモニターのようだった。パッと見で実際の風景と区別がつかないほどの高精度なモニターだ! 旧世界の産物であることは疑いようがなく、そんな貴重品がたかだか天井の『飾り』に使われていることに、レックスは衝撃を受けた。
(すごいな、まるで別世界だ……)
触れたことのない在りし日の文明が、ここには確かに息づいている。
……が、ホールの奥の方にこれみよがしに機関銃が射手ごと配置されていた。銃座には入口の彫像にあったように『Tuemur Opes』の刻印。
改めてレックスは確信を深めた。ここでは決して騒動を起こしてはならない――
そんな物騒な出迎えをよそに、ホールでは順番待ちと思しき同業者たちが思い思いの姿でくつろいでいた。壁に寄りかかって携帯端末の画面を眺める者、よほど疲れているのかベンチに腰掛けて銃を抱えたまま居眠りする者、複数人でテーブルを囲みカードゲームに興じる者、etc、etc...
「こんにちは。本日はどのような用件でお越しですか」
入ってすぐのところに、『
「戦利品の買い取りを」
「かしこまりました。そちらは、お連れ様ですか?」
カンナの肩越しに、レックスを見やりながら職員が尋ねる。
「ええ。ふたり一緒でお願い」
「では"タグ"を2枚お預かりします。こちらの番号でお待ち下さい」
カンナが職員に何かを手渡し、逆に木製の番号が刻印された札を受け取る。
「というわけで」
くるりとカンナがレックスに向き直った。
「入ってすぐ、ここで用件を言って番号札を受け取ること。そうじゃなきゃいつまで経っても順番がこないし、何の用事もなく居座ろうとしても、基本的に警備員につまみ出されるわ」
「そうなんだ、気をつけるよ。さっき渡してた"タグ"ってのは?」
「ええ、それが一番大事なんだけどね――」
と、カンナが説明しようとしたところで。
「あらあらあら。珍しいわね」
とろけるような女の声が、レックスの鼓膜をくすぐった。
「カンナちゃんが独りじゃないなんてぇ」
振り返れば、無骨な遺跡荒らしや武装警備員だらけのホールに、やたら場違いな女がひとり。
ぴったりと体のラインが浮き出るドレスじみた黒服に、赤い襟巻き、羽飾りのついた幅広の帽子――村長のアーカイブで見た絵画がレックスの脳裏に蘇った。『夜会』という題名だったか。旧世界のさらに古い時代に存在した権力者たちの、夜の宴会を描いたもの。
そんな絵画に登場しそうな女が、場所も時代さえもちぐはぐに感じられる人物が、にこやかな、しかしどこか本質的ではない笑みを浮かべてこちらを見つめている。
日焼けのないきめ細かな白肌は、彼女が肉体労働と無縁であることを示していた。すっと通った目鼻立ち、情熱的な赤い髪、そして紫がかった瞳。
「げぇ」
そんな場違いな美女を前に、ものすごく嫌そうな声を出すカンナ。
レックスは驚く。理性的(だと思っている)カンナが、あからさまに不快な態度を表に出した、という事実そのものに。
「クリスティナ……」
「うふふ、出会い頭に『げぇ』だなんて、ご挨拶じゃなぁい?」
気を悪くするでもなく、頬に手を当てたまま笑顔を崩さない『クリスティナ』。
「それで、そちらの素敵な殿方はどちら様なの? カンナちゃんもついに良いヒトを見つけたのかしら。それとも……」
紫がかった瞳が、興味深げにレックスを見据える。
「……力自慢の新しいペットでも飼い始めたのかしら」
その口元を彩るは、悪意の笑みか、無遠慮な好奇心か。
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