第42話 ピンチにもほどがあるだろう

「うおおおおおおおおっ!?」


 ゲームには登場しなかったはずの謎のローブ男によって、俺は縦穴へと突き落とされてしまった。

 真っ逆さまに穴の底へと落ちていく。


 少なくとも五十メートル以上は落下しただろうか。

 やがて穴の底が見えてきたかと思うと、


 ふわり。


「っ!?」


 てっきりそのまま硬い地面に叩きつけられると思っていたが、なぜか直前で不思議な力によって落下速度が弱まり、ゆっくりと地面に降りることができた。


「何だったんだ……?」


 ――我こそは試す者なり。

 ――試練を越えよ。


 先ほどの謎のローブ男の言葉が脳裏をよぎる。

 言葉通りに受け取るとすれば、俺を殺そうとして突き落としたわけではないということか。


 だが死を免れたからと言って、安堵している余裕はない。

 なにせここは、このダンジョン内でもっとも危険な場所なのである。


 ダンジョン『深淵穿孔』。

 その最下層にあたる地下三十階層は、半径五十メートルほどの円形の空間だけで構成されっているのだが、同時にここはボスと戦うためのフィールドでもあった。


「オオオオオオオオオオオオオッ!!」


 猛々しい雄叫びで俺を歓迎してくれたのは、身の丈三メートルを超える漆黒の全身鎧だ。


 所々に禍々しい赤の文様が走り、いかにも邪悪に染まった騎士といった威容。

 その手には並の人間なら両手ですら持ち上げられそうにない、巨大な剣を構えている。


『深淵穿孔』のボス、デスアーマーだ。


 そのレベルは100。

 今の俺のレベルが55なので、ダブルスコア近い格上である。


「ボス部屋に入った以上、逃げることはできない……おいおい、ピンチにもほどがあるだろう」


 思わず苦笑いしてしまう。

 この状況には、さすがの俺も全身から嫌な汗が吹き出してくる。


「そもそも防御値が高すぎて、今の俺の攻撃じゃダメージを与えることもできない。加えて魔法も効かない」


 なのに相手の攻撃を一撃でも受ければ、HPをごっそり持っていかれるだろう。


 完全に詰みだ。

 ただ一つの方法を除いて。


 俺は迷わず〈格闘の極意〉に全アビリティポイントを振った。


―――――――――

【アビリティ】〈格闘の極意+8〉→〈格闘の極意+10〉

【アビリティポイント】19→0

―――――――――


 ――〈HP上昇Ⅱ〉を習得しました。

 ――〈逆境湧血〉を習得しました。


―――――――――

〈HP上昇Ⅱ〉HPを常時40%上昇させる。

〈逆境湧血〉HPが低くなればなるほどダメージが増大する。効果時間180秒。クールタイム30分。

―――――――――


〈HP上昇Ⅱ〉も有用なスキルだが、本命はもう一つの方だ。


「〈逆境湧血〉……デスアーマーにダメージを与えるにはこれしかない」


 説明文の通り、残りHPが少ないほど、ダメージが急激に引き上がる強力なスキルである。


「だが効果時間がたったの180秒しかない。クールタイムは30分……つまり、効果が切れる前に倒せなければ終わりだ」


 そこへデスアーマーが金属音を鳴らしながら襲い掛かってきた。

 繰り出される破格の威力の斬撃を、俺は――


 ――無防備に受けた。


「がああああっ!?」


 ボロ雑巾のように吹き飛ばされ、何度も地面を転がる。

 ゲーム時代にはなかった激痛が全身を襲った。


―――――――――

 HP:157/385

―――――――――


「一撃で200以上も持っていかれたか……」


 一気に瀕死状態だ。

 さらに容赦なくデスアーマーが迫り、再び巨大な剣で斬りつけてくる。


「があっ!」


―――――――――

 HP:1/385

―――――――――


 通常であれば確実に死んでいただろう。

 だが幸い俺は、どんなダメージでも一度だけHP1で耐えることができる〈根性論〉というスキルを取得していた。


 無論、俺はあえて敵の攻撃を喰らい、HPを1にさせたのだ。

 その理由は他でもない。


〈逆境湧血〉の効果を最大限に活用するためだ。

〈逆境湧血〉はHPが1の場合に倍化ボーナスが加わり、凄まじい上昇を見せる。


 トータル、なんと200%の加算だ。


 現在の攻撃値が172なので、三倍の516にまで上がる計算となる。

 これならいかに防御値の高いデスアーマーといえど、確実にダメージが通る。


 もちろん一撃でも敵の攻撃が掠めたら即死亡の、諸刃の剣。

 だが〈逆境湧血〉の効果時間である180秒内にデスアーマーを倒すには、これ以外の方法はない。


「〈気配隠蔽〉!」


 まずは効果時間が5分と長い〈気配隠蔽〉から発動。

 タゲ取り役の仲間がいないボス戦では正直あまり効果がないので、ないよりはマシといった程度だ。


 とそこで、デスアーマーが剣を大上段に大きく振りかぶる。

 直後に放たれたのは、いわゆる「飛ばす斬撃」というやつだ。


 見てから動いていては間に合わないほどの高速で、しかも飛距離も長い厄介な攻撃であるが、モーションが分かりやすいため事前知識があれば躱すのは容易い。

 横に跳躍して回避した俺は、攻撃後の隙を突く形で一気に距離を詰めた。


「〈逆境湧血〉!」


 俺は満を持して〈逆境湧血〉を発動する。

 僅か180秒という短期決戦が幕を上げた。


 開幕の狼煙は、現状使うことができる中で最も高威力の攻撃スキルだ。


「〈渾身斬り〉!」


 三倍化した攻撃値で、通常攻撃の二倍の威力を持つ〈渾身斬り〉がデスアーマーの巨体に叩きつけられた。


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