第18話 貴様に命じておく
「セレスティア殿下、少しばかりお待たせいたしましたかな?」
「ご無沙汰しております、アルズ=アルベール卿。いえ、ちょうどお伺いしていた通りの時刻です」
助っ人として現れた一団を率いる厳つい大男を、セレスティアが出迎えた。
「都市ロンダルの危機のために駆けつけていただき、ありがとうございます」
「いやいや、王国の〝剣〟を自負するアルベールにとって、至極当然のこと。むしろ昨日の戦いに間に合わせることができなかったことが悔やまれるが……」
「幸い街に被害はほとんど出ませんでした」
「それはよかった」
「はい。後はダンジョンのボスを叩くだけです」
「うむ。ロンダルのダンジョンは我が国における重要な資源地でもございますからな。一刻も早く暴走を押さえねばなりませぬ」
そんなやり取りを交わす彼らを見ながら、俺は息を呑んでいた。
「何で親父がここに……?」
アルズ=アルベール卿といえば、この世界における俺の父親だ。
確かにロンダルのダンジョンの〈迷宮暴走〉は、国家レベルの危機と言っても過言ではない。
【剣帝】の天職を有し、王国最強と謳われている彼が出張ってくるのも、おかしな話ではなかった。
「ということは……まさか……」
ゲーム時代のストーリーを思い出しながら愕然としていると、
「っ……ライズ!? な、なぜ貴様がここにいる!?」
怒号が轟いた。
親父が俺の存在に気づいてしまったのだ。
わなわなと身体を震わせ、大きく目を見開いている。
彼からすれば俺は、森に捨ててそのまま魔物に食い殺されているはずだった。
驚くのも無理はない。
「アルベール卿? 彼のことをご存じなのですか?」
「……う、うむ、少し面識がありましてな……」
不思議そうに問うセレスティアに対し、親父は顔を歪めながら応じる。
息子が無職だったことも、殺そうとしたことも、アルベールにとっては公にしたくない事実であるはずで、ましてやこの国の王女に知られるわけにはいかない。
「……少し、彼と話をさせていただいても?」
「構いませんが……」
親父がこちらに歩いてくる。
「お、お前、アルベール卿と面識があったのか……?」
「まぁ、少しな」
震える声で聞いてくるバークに、俺は頷く。
さすがのベテラン冒険者も、王国最強と言われる男に気圧されているらしい。
みんなのいる場所から少し離れたところで、俺は親父と向かい合った。
「…………貴様、なぜ生きている?」
「縄から抜け出し、森を出たからだ。今はこの街で冒険者をしている」
「ちっ、縛ったやつを処分せねばならんようだな。だがあそこは魔物も棲息する危険な森だ。レベル1の、天職も持たぬ人間が無事に生きて出られるはずもない」
「いや、かなり余裕だったぞ?」
「……大人しく死んでおけばいいものを。まさかこんなところで生き恥を晒しているとはな」
とても親の言葉とは思えない。
だがこの世界で生まれ育った俺のままであればともかく、前世の記憶も持つ今なら、平然と聞き流すことができた。
「随分な言いようだな。家名を汚さないよう、アルベールのことは一切出さないようにしてやってるってのに」
「当然だっ! 万一その名を使っていたなら、今ここで叩き斬っていたところだっ!」
親父が鬼の形相で怒鳴る。
落雷でもあったかのように、びりびりと空気が震えた。
みんなの視線がこちらに集まってくる。
親父は軽く咳払いして、
「……貴様に命じておく。アルベールと貴様の間には、もはや何の関係もない。絶対に家の名は使うな。いいな? それからもう一つ。この私に二度とその顔を見せるな」
「一つ目は了解した。だが二つ目、俺もそうしたいところだが、今すぐには難しい。なにせ今回のメンバーに俺も選ばれたんでな」
「なんだと? ふん、馬鹿なことを言うな。ダンジョンに挑むメンバーは、騎士団と冒険者の中から選抜されているはずだ。貴様が選ばれるはずない」
無職の可能性など微塵も信じていない親父は、はっきりと断言する。
「そうか」
頷きつつ、俺は足元に落ちていた石を拾う。
親父……いや、アルベール卿が怪訝そうに見てくる中、その石を空に向かって放り投げた。
「何を……なにっ!?」
俺は〈気配隠蔽〉を使いながらアルベール卿の視界から外れる。
手品の要領で相手の注意を反らし、こちらの姿を見失わせるテクニックで、視認されている状態からでも〈気配隠蔽〉の効果を発揮させられるためゲーム時代でも非常に重宝した。
「こっちだ」
アルベール卿に後ろから声をかける。
俺にまんまと背後を取られた屈辱と驚愕が入り混じった表情で、アルベール卿は俺を睨みつけてくる。
「馬鹿な……いつの間に……? 貴様っ、今、何をしたっ!?」
「無職でも、このくらいのことはできるようになるって証明しただけだ」
「っ……貴様……」
顔を真っ赤にして激高し、反射的に剣に手をかけようとしたアルベール卿だったが、さすがにこんなところで抜くわけにもいかないと思いなおしたのか、鼻を鳴らしながら踵を返す。
「……勝手にするがいい」
そのまま背を向け、配下の兵たちのもとに戻っていく。
そのとき微かに何かを呟いたようだったが、はっきりとは聞き取ることができなかった。
「考えてみれば、むしろ
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