第52話きさらぎ駅・3
「あ・・・まっ、待って!」
慌てて声を掛けて、駅から出て行こうとした少年を呼び止めた。
「・・・・・・はい?」
振り返った少年は、怪訝そうな顔で此方を見た。
カスミは思わず、まじまじと少年を見返していた。
淡い色合いだがピンクとパープル系の、グラデーションカラーの太い毛糸でざっくり編まれたカーディガン様のジャンパーに、その下はブランドのキャラクターがデカデカと描かれた白のトレーナー。ボトムは白いコーデュロイのショートパンツを穿いていた。
足元も抜かりなく、キャラクターのワンポイントが刺繍のされたハイソックスに、ムートン調のブーツを履いている。
何だかますます、こんな夕闇に包まれ始めた山奥に居るのが不釣り合いな男の子だと、カスミはこの男の子ももしかしたら人間では無いのではないかもしれないと思って、初めて声を掛けた事を後悔しかけていた。
「あ、あの・・・っ、ごめんね、実は私・・・電車が分からなくて、帰り方を教えてもらっても良いかしら?」
不審者を見る目をされて焦ったカスミは、慌てて言い訳しながらそんな事を言った。
「・・・えっと・・・じゃあ・・・」
少年は再びホームへ足を向けたので、カスミも慌てて付いて戻った。
少年────慈雨は携帯の時間を確認して、カスミを見る。
「後十分くらいで来るんで、必ずそれに乗って下さい。それから・・・座ったら必ず寝て下さいね。寝たふりで良いです。目を閉じる事が重要だ、って祇鏖さんが言ってました」
カスミは、この子は何を言っているんだ?とポカンとして見ていた。
いきなり奇妙な事を言うので、内容に付いて行けないカスミは半分聞き逃していた。
「・・・・・・あの、聞いてます?」
慈雨は困った顔をして、カスミを見上げた。
「あ、ご、ごめんね。いきなりへ・・・いや、うん・・・えっと」
カスミの態度に慈雨は溜息を吐いた。しかし、もう一度、顔を上げて先程の事を説明し直した。
「・・・で、ナニかに話しかけられても無視してください。何か答えたり、目を開けたらソレに殺されちゃいますから・・・・・・死にたくなかったら・・・守って下さいね」
か弱げな、花のような美しい少年が表情を消してそう言うのを、カスミは顔色を青くして頷くしかなかった。
怖い。カスミは目の前の少年の得体の知れなさに恐怖した。
そうこうしているうちに、遠くからタタンタタン、と線路を走る電車の音を聞いてカスミはハッ、とした顔で音の聞こえた方を見た。
「それじゃあ僕、行きますね」
慈雨はスタスタと歩き出したので、カスミは慌てて慈雨にお礼を言った。
「助かったわ、ありがとう!」
慈雨の背中に向かって言うと、慈雨はこちらを振り返りぺこりと会釈した。
と、その少年の背後に大きな人影を見た。駅の出入り口から胸元から下しか見えないが、黒いダウンジャケットにワンウオッシュのデニムを履いているのが分かった。
迎えに来た保護者だろうか。随分と大きな人だと、体育会系の、大柄な男性同僚や街で擦れ違う外国人などの、背の高い人間を見掛ける機会が多いカスミでもちょっとびっくりするくらいの体躯の持ち主だ。
出口まで行って保護者らしい人にもお礼を言いたかったが、電車が到着してしまったのでもう一度、出入り口に向かってありがとうございますと大きな声で言って、電車に乗り込んだ。
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