第41話 生徒会室突入
「ついにここまで来たわね」
扉を開けた彼方達を出迎えたのは、半身の姿勢のため片方しか見えない麗奈の冷ややかな視線だった。その瞳は見る者の背筋をぞくっとさせる。また、彼女の隣には薄汚れた副会長の姿も見える。
「麗奈、俺は君と話をするために来たんだ」
「話ですって? ここまで来て何を話すことがあるというのかしら」
麗奈は演劇でもしているかのように、おおげさなアクションで肩をすくめてみせる。
彼方は麗奈の言動に何か違和感を感じた。
彼方がよく知っている麗奈は、小学生の頃の麗奈。同じクラスになったのはその頃に一度だけ。中学、高校になってからはあまり話したことはない。
お嬢様の家柄で、成績はいつも学年トップ。近寄りがたい存在だったから──ということは、普通の生徒達には多分にあっただろうが、彼方はそういう人間性の付加価値のような周辺的なものを気にする人間ではない。彼らの場合の疎遠になった主な原因は、彼方が天文部の活動をほかのことにも構わずに熱心に行ったのと、塾や家庭教師との勉強のために麗奈がほとんど放課後学校に残っていないため、二人の出会う機会自体が非常に少なかっが故でしかない。
「天文部も生徒会の傘下に入りたいっていうのなら、話を聞いてあげてもよくってよ」
「俺がそんな話をしに来たと思うか?」
「思わないわね」
二人の視線がぶつかり合う。
時が経てば人は変わる。特に感受性豊かな若い時代は、周りから吸収することも多く、また自分の確固たる信念もいまだ確立されていないため、価値観に大きな変化が生じて人間性に変化をもたらすこともそう珍しいことではない。だが、彼方はこの違和感はそういった種類のものでないと直感的に感じた。
「……何故、こんなことをした?」
視線だけで戦う中、先に口を開いたのは彼方。
端的に最大の疑問をぶつける。
「話し合う気はないと言ってるでしょ」
麗奈はにべもない。
「彼方、こんな女と話し合ったって無駄よ」
刺すような雰囲気の二人に耐えられなくなったのか、盟子が彼方の隣に進み出た。
「あら。誰かと思えば、元生徒会付属アニメ同好会の阿仁盟子(あに めいこ)さんじゃないの」
まさに今初めて気づいたかのような麗奈。しかしそれは、ドラマに出ている下手な女優のごとくあまりにもわざとらし口振りだった。
「あっさり負けた後、破廉恥にも寝返ったと思っていたら、こんなところまでのうのうとやってきていたのね」
続けて発せられた今度の言葉は先と違って、舞台に人生を懸けてきた熟練女優のもののようだった。挑発する目的を持っているその言葉は、狙い通り盟子の心を逆撫でする。
「こ、この女ぁ!」
「でも、ころころファンを変えるのは、アニメファンの専売特許だったかしら。それなら、自分が組みするところをころころ変えるのも、得意なわけだ」
盟子は怒り心頭に達し思わず飛びかかる──ように周りの者には思えたが、当の本人は意外にも目を閉じて一呼吸おき、無表情な顔を作った。
「……お前を殺す」
三発しか撃てないビームライフルを持ったロボットに乗り込んで戦う主人公のようなオーラをまとった盟子は、静かなまま前に進み出ようとする。だが、それを遮る者がいた。空野彼方だ。左腕を盟子の前に出し、彼女の進行を止めている。
「この女はあたしが──」
「ここは俺に任せてくれ。……頼む」
いつになく真剣な彼方の瞳だった。盟子としては、自爆してでも麗奈をぶちのめしたい思いに駆られていたが、彼方には色々と借りがある。
「……わかったわ」
「すまん」
盟子は麗奈に一瞥くべると、素直に後ろに引いた。
「……麗奈、口で言ってもわからないのか?」
「まともに議論がしたいのなら、まず自分の実力を示すことね。対等に話し合うにたると認められるだけの力を」
「仲間を侮辱されたうえ、そこまで言われては俺もやらないわけにはいかない。だが、挑発したのは君だからな! 多少怪我をしても責任は取れないぞ」
生徒会室全体に宇宙が広がった。そして、そこに現れた九つの惑星が蝶のように舞いながら麗奈の元に向かう。先の落研との戦いでもすでにいえたことだが、木星は回復して戦線に復帰している。
だが、それを迎え撃つ麗奈は平然としている。半身で両脚をそろえたままピンと凛々しく背筋を伸ばして立ったままで、回避するための何らかの構えさえとってはいない。
何か策がある──彼方は本能でそれを感じていた。あの余裕からして、彼女もクラブマスターである可能性も考えられる。しかし、彼方は麗奈がクラブに属しているなどという話は聞いたことがない。
(それでも、油断はできない!)
だが、なんにしろ、今は撃つしかない。
「行くぞっ。天文部必殺、惑星舞踊!」
「フッ。生徒会の力を甘くみないで欲しいわね。生徒会奥義、イージスの盾! 学業に関係ないものの校内への持ち込み禁止!」
いきなり何の前触れもなく消え去る八つの惑星。
「なんだ? どうしたっていうんだ!?」
今まで惑星達が自分の思い通りに動かないことなど一度もなかった。少なくとも、文学部の技を食らった時を除いては。
もちろん、彼方の命令なしに消え去ったことなどあろうはずがない。それだけに彼方の驚きは尋常ではなかった。
手を前に突き出した「惑星達、ゴー!」の姿勢のままで固まってしまう。
「彼方! いくら知り合いだからって途中で技をやめるなんて甘すぎるわよ! なんのために、あたしが身を引いたと思ってるのよ!」
「いや、違うんだ! 俺はやめていない!」
盟子にその言葉は信じられなかった。
「言い訳はやめて。いいわ、あなたがやれないって言うのなら、ここは女同士。あたしがやってあげるわ。──アニメ同好会奥義、コスプレチェーンジ!」
「生徒会奥義、イージスの盾。校内での制服以外の衣服の着用禁止!」
盟子は自分で考えた変身の時のポーズをしたまま、しばし待つ。だが、いつまでたっても一向に変化し始める兆候さえ見えない。
「……あれ? どうしたっていうの? 何故コスプレできないのよ?」
盟子は訳がわからず自分の制服の袖や背中やスカートを見回す。
「生徒会の奥義、イージスの盾よ」
先程からまったく位置も姿勢を変えていない麗奈が口を開いた。
彼女の余裕の裏には、生徒会に代々代々伝わる最強の技の存在があったのだ。
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