第20話 将棋フィールド

 現在の状況は、横のマスを右端から左に向かって順に1から9までの番号を付け、波佐見がいる方の端から、彼方達のいる方の端に向かっての縦のマスを一から九の番号を付けて表すと、4九とろりん、5八彼方、6九品緒、5一波佐見となる。


 図に表すと、

   一 二 三 四 五 六 七 八 九

 1│ │ │ │ │ │ │ │ │ │

 2│ │ │ │ │ │ │ │ │ │

 3│ │ │ │ │ │ │ │ │ │

 4│ │ │ │ │ │ │ │ │と│

 5│波│ │ │ │ │ │ │彼│ │

 6│ │ │ │ │ │ │ │ │品│

 7│ │ │ │ │ │ │ │ │ │

 8│ │ │ │ │ │ │ │ │ │

 9│ │ │ │ │ │ │ │ │ │


こういった感じだ。


「しかし、こちらの動きを制限したとはいえ、お前一人で何ができるというんだ?」


 とろりんは数に入れないとしても二対一。しかも、彼方と品緒の実力は昨日の戦いで証明済み。どう考えて波佐見の方が不利である。

 しかし、波佐見は初めからの余裕の笑みを全く崩してはいない。


っ。まさか、将棋部の力をこの将棋フィールドだけだと思ってはいないだろうな。将棋部の本当の力を知るのはこれからだぞ」


 波佐見はおもむろに懐の中に手を突っ込む。


「何をする気だ?」

「見るがいい。将棋部奥義、武将召還!」


 波佐見は懐から手を抜き、そう叫びながら何かを空に放る。──それは将棋の駒だった。

 波佐見に投げられたその駒は、地面に落ちるやいなや、白い煙を大量に放出し始める。

 何事かと彼方達の見守る中、どうやって現れたのか、その煙の中からいきなり一人の男がむっくりと起き上がった。


「いきなり人が出てきましたよ~!」


 そのこと自体も異様だが、その出てきた男の姿もまた異様だった。戦国の世を思わせる鎧で全身を包み、その手には身の丈程もある槍が握られている。更に、その男の額には、キン肉マンのマスクにあった「肉」の文字のごとく「|香」の一文字が描かれている。


「一体どこから出てきたんでしょうねぇ~?」

「そうか。お前の力は、将棋の駒を実態化させることだな」

「さすが天文部部長。理解が早いな」

「そして、その駒は……香車きょうしゃか」

っ、ご名答」


 その香車の置かれた位置は6一。


「まずいぞ。品緒、その場所は危険だ。すぐに横に逃げろ!」

「心配してくださってありがとうございます。でも、僕だって将棋のルールくらい知ってますからご心配なく」


 品緒は左横のマス(7九)に移動しようとした──が、何故か品緒はそのマスに止まったまま顔を引きつらせる。


「あのぅ、彼方君。何故か僕、動けないんですけど……」

「なにっ? そんな馬鹿なことはないだろう。波佐見が香車を打ったんだから、次はこっちの番だぞ」


 彼方は波佐見を睨みつける。


「お前、また何か卑怯な手段を使っただろ!」

「またとは何だ、またとは! 私が一度でも姑息な手段を用いたことがあるか? だいたい今だって、私は何もしていないぞ。私の手は終了したのだから、そっちも一人自由に動けるはずだ!」

「あの~」


 申し訳なそうにとろりんが声をかけてきた。


「すいませ~ん。私が動いちゃいました~」

「と、とろりん! いつり間に後ろに!」


 とろりんは5九、つまり彼方の真後ろの位置に移動してしまっていた。


「駄目じゃないか、とろりん。品緒が動かないと香車の餌食になるし、だいたいその位置じゃ、また香車を置かれたら確実にどちらかが死ぬじゃないか」

「まったく、間抜けとしか言いようがないな。さぁ、行くがいい、香車!」

「御意」


 香車は大型の槍を胸の前に構え、まるでバトントアラーのように軽々と回転させ始めた。


「ヤリというよりは、むしろ風車だな」

「彼方君、そんなこと言ってる場合ですか! 僕は一体どうなるんです?」


 彼方はふと空を見上げた。憂いを帯びたその瞳は遙か遠くを見つめている。涼しげな風を感じつつ、溜息を一つく。


「……すまん。運がなかったと思って諦めてくれ」

「そんなぁ……」


 高速回転する香車の槍。あまりの速さにそれは円盤にしか見えない。


「香車流槍術奥義、龍槍閃!」


 その瞬間、彼方達は龍を見た。十メートル近い距離を一瞬にして駆け抜ける一匹の龍。

 それは、香車による神速の突撃だった。胸の前で槍を回転させた香車が、肉眼では捕らえきれないほどの速度で体当たりを仕掛けてきたのだ。

 足の動かない品緒にそれを回避できる道理はなかった。品緒はマスの外に跳ね飛ばされ、その勢いのまま後ろ回りで転げていく。しかし最初は真後ろに転げていたものの、不思議なことに途中から何故か曲線運動を始め、ぐるぐる転げ続けながら反対側の波佐見の元まで行き、そこで停止した。それだけ回り続けては、さすがの品緒もぐったりとしている。


「一体どうなっているんだ?」

「将棋のルールを知らないのか? 倒した駒は自分の持ち駒になるに決まっている」

「とすると、品緒はお前の手駒になったってわけか!」

「その通り。そして、もう一つ重要なことがあるぞ」


 その言葉に反応してか、波佐見を弾き飛ばし、6九の位置にまで一気に進んできた香車が黄金色の光を放ち出した。


「うおぉぉぉぉ」

「な、何だ?」


 香車は一瞬にして髪を金髪に変え、全身から金色の光を放ちつつうなり声を上げる。


「敵陣に入ったことにより、香車は『成る』ことができるのだ。これで奴の力は金と同等だ」


 波佐見の顔は、すでに勝利を確信したのか、余裕そのもの。しかし、それに対する彼方の方にも暗い表情は見られない。それどころか、むしろ何かから解放されたような朗らかな表情さえ見られるくらいだ。


「何だ、そのふっきれたような顔は?」

「ふははは! 品緒が俺の側から離れたんだぞ! こんな嬉しいことがほかにあるか。手に入れたからには、品緒はもうお前の仲間だからな! こっちに返すなよ!」

「何が言いたい?」


 品緒の本性をいまだ知らない波佐見には、彼方の心からの言葉が理解できるはずもなかった。いくら深い読みを得意とする波佐見でも、それは読み切れるものではない。

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