第30話

それが何を意味するか、気づいたのは中学生に進級する頃だった。

大翔は佳奈多に好意を抱いている。友情ではなく恋愛感情だ。

大翔の想いに気付かされた大きな要因は、修学旅行だった。

大翔はいつも一人で寝起きしている。佳奈多の家の近くを指定したら買い与えられたマンションの一室だ。寝起きだけでなく、家に帰ってもいつも一人だった。低学年の頃は夜までシッターが家にいてくれたが、シッターが帰ったあとは一人だった。誰もいない、慣れない自宅が怖くて大翔はしばらく毎晩泣いていた。誰もいないこの部屋で一人泣いていると、母がいないという事実をまざまざど思い知らされた。涙を流せば母はいつでも抱きしめて慰めてくれた。

そんな母はもういない。毎晩暗闇に囁かれている気がした。

怖くて辛くて寂しかった夜に、日に日に慣れていった。慣れただけで、淋しくないわけじゃない。

大翔は学校での泊まりの行事を毎回楽しみにしていた。夜に一人でいなくてすむ。佳奈多と1日中一緒にいられる。成長するにつれて教師も学習してくれたようだ。毎回佳奈多と同じグループで同じ部屋になるよう調節されていた。

「泊まりの行事。ほんと、好き」

大翔の心からの本心だ。佳奈多に伝えたら、佳奈多はふにゃりと笑った。大翔の母がいた、あの頃の佳奈多の笑顔だった。夜になって、泊まりの行事の度に聞く質問を投げかけると、佳奈多はまたふにゃっと笑った。

「ふふふ、そっか。くふっ…ごめんね、ひろ君。もう、平気、だから」

佳奈多はふにゃりと笑ったまま、小さな寝息を立て始めた。移動で疲れてしまったのだろう。大翔が近寄っても起きなかった。あの頃のまま笑う佳奈多は、あの頃よりも背が伸びて少しお兄さんになった。同い年なので当然自分もそうなのだが、佳奈多は違う。自分のように縦に伸びただけじゃない。いつまでも幼くて怖がりで守ってあげなきゃいけない佳奈多に、違うものが加わった。それはなんだろう。大翔は佳奈多の寝顔を眺めて考える。

大人っぽくなった?髪型が変わった?目の大きさ?目線の高さ?

どれもいまいちしっくりこない。佳奈多が「むー」と寝言を呟いた。どんな夢を見ているのだろうか。

可愛いな。

その時大翔の中で、全てが腑に落ちた。

佳奈多が可愛くなった。違う。可愛いのは元からで、大翔が今まで以上に可愛いと思い始めている。

大翔は慌てて自分のベッドに戻った。このまま佳奈多を近くで眺めているのはよくない気がした。自分のベッドから、眠る佳奈多を見つめる。薄暗くてさっきよりも遠い。しかし、佳奈多の寝顔は鮮明に見える。大翔は高鳴る鼓動を、胸を抑えて鎮めようとした。



翌日の観光はまったく頭に入らなかった。大翔は佳奈多しか見えなかった。やっぱり佳奈多は可愛い。同性なのに。今までずっと一緒にいたのに、どうして気づかなかったのだろう。いや、本能で気づいていて、ずっと一緒にいたかったのかもしれない。大翔にはどっちでも、どうでも良かった。ただ佳奈多と一緒にいられることが嬉しかった。

手を繋いで歩くのも、佳奈多を守るためにしてきた。怖がりな佳奈多に大翔が直ぐ側にいると安心してもらうため。大翔がそばにいると周りに知らしめるため。

今は佳奈多と手をつなげるのが嬉しかった。柔らかくて小さな手。佳奈多に触れていると落ち着くのにドキドキもする。大翔は初めての感覚にむず痒さをおぼえた。しかしそれは決して不快なものではなかった。

嬉しい。幸せ。

でも、突然佳奈多が手繋ぎを嫌がった。

「ひ、ひろくん…手、…離して。見てる人、いる」

その場にいた観光客が自分達を見て笑っていたそうだ。なんて、余計なことをしてくれたのか。大翔は舌を打ちたくなったが必死に堪えた。佳奈多の力では大翔の腕は振り払えない。佳奈多は手を添えて、大翔の手を外そうと遠慮がちに力を込めていた。

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