第2話

翌日から佳奈多は学校を休んだ。クラスメイトの悪意より、佳奈多は大翔が怖かった。一番の友人に恐怖心を抱くなんて、自分はひどい人間だと佳奈多は思った。ベッドの中で、佳奈多は恐怖心と罪悪感でいっぱいになっていた。

何度か大翔がたずねてきたが、大翔がいる間は母を引き止めて部屋にいてもらい、大翔になるべく早く帰ってもらった。大翔がいる間、佳奈多は布団に潜ったまま出ようとしなかった。怖くて顔が見られなかった。一週間も過ぎた頃、階下から激しい物音と父の声が聞こえてきた。

「いつまで休ませるつもりだ!お前がそんなだから、佳奈多は弱い子供に…」

母の許しを乞う声と何かをぶつける音がする。佳奈多は耳をふさいで布団の中で丸くなった。 

「佳奈多、そろそろ学校に行きましょう。体、なんともないでしょ?ね?学校、行こう?」

顔に痣を作った母を見て、佳奈多は制服に着替えた。母の、スカートから覗く足と袖を捲っている腕の痣が、佳奈多に訴えかけているような気がした。

『あなたが学校に行かないと、お母さん、もっとひどいことになっちゃうのよ』

支度を終えて玄関を出ると、大翔が待っていた。

「おはよう、かなちゃん。今日は、学校行くんだね。良かった」

前にも後ろにも逃げ道がない。佳奈多は大翔に手を取られて学校に向かった。大翔は強く佳奈多の手を握り、振りほどくことができなかった。

久しぶりに登校したクラスは雰囲気が変わっていた。今までの、佳奈多を邪険にした空気ではなく、みんなが佳奈多から距離を置いていた。当たらず触らず。休みの間になにがあったのかわからないが、あからさまに態度を変えられて佳奈多は居心地悪く授業を受けた。

それから、可能な限り大翔から離れるようになった。大翔の顔を見ると、クラスメイトを蹴り飛ばした姿が浮かぶようになった。傷つけられてうずくまるクラスメイトが母親と重なる。クラスメイトを見下す大翔が父親と重なった。

休み時間はトイレの個室にこもり、大翔との接触を減らした。いつも扉の外で大翔が待っていた。

「ひろくん、トイレ、来なくていいよ。ぼく、お、お腹、痛くて、」

「…心配なんだ。かなちゃんがまた、嫌なことされないか」

「う…でも…」

「見てないとこで、かなちゃんが苦しむのは嫌だ」

直接接触されるよりマシだった。しかし個室の外で待たれる時間も、佳奈多には苦痛だった。一番の友達を恐れ、姑息なやり方で避ける自分が情けなかった。大翔は理不尽な暴力をふるったわけではない。それなのにどうしても父親と重ねてしまう。

大翔の冷たい声と熱っぽい瞳を思い出す。あんなに冷たい声を、もしも自分にぶつけられたらと思うと怖かった。大翔から、あの声でもういらないと言われたら。佳奈多はきっと学校に来られなくなるだろう。いっそ、自分から離れていったほうがいいのではないか。

そしてなにより、あの熱っぽい瞳で見られるのが怖かった。再び向けられたらどうしたらいいのかわからない。あの瞳がどんな感情なのかも佳奈多にはわからない。わからないことが、怖い。しかし、あの感情を理解してはいけない気がする。本能が警鐘を鳴らしている。佳奈多はただ怯えることしかできなかった。



とはいえずっと同じクラスで、距離を置くにも限界があった。ペアで行うものは絶対に大翔と同じだった。それから、身体的な接触が増えた。大翔は事あるごとに佳奈多の体に触れた。肩だったり髪だったり背中だったり。時々必要以上に寄せられた大翔の顔を見ると、瞳が少し、熱に浮かされている気がした。大翔の行動に戸惑っているうちに、修学旅行が行われた。飛行機での3泊4日の旅は、佳奈多にとって忘れられない旅行になった。機内でも当然のように隣同士に座った大翔は上機嫌だった。

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