第20話 ファン王国の王子

 虚礼洞がある虚礼山は、商都ボウシンの一部だと思っている者が多い。だが、実際には王権も及ばない道士や神仙が支配する土地なので、治外法権の者たちが住む土地という事になる。


 この国は『ファン王国』という名前で、ファン氏という王族が支配している。当代の王はファン・フーチョンという人物で、三人の子供が居た。


 フーチョン王の次男として生まれたリャンホンは、視察するために護衛と一緒に商都ボウシンへ向っていた。十六歳になったリャンホンは、勉強のために国のあちこちを視察するように王から命じられたのである。


「シゴウ、ボウシンまでどれほどだ?」

 王子であるリャンホンの後ろで馬を進めていた護宝将軍のシゴウは、馬の脚を速めて王子に並んだ。


「一刻ほどで到着すると思われます」

「そうか、商売は盛んらしいが、暮らしやすい場所なのか?」

「はい、都よりは少し寒いのですが、森に囲まれた素晴らしい場所のようでございます」


「なるほど。それで視察の間は、どこに泊まる?」

「県令のヤンの屋敷に泊まる事になっております」

 ファン王国はいくつかの州に分かれており、その州が郡に分かれ、郡が県に分かれている。日本とは郡と県の位置付けが逆になっていた。県令とは、日本ならば郡ほどの地域の行政長官である。


「県令の屋敷か、食事はそれなりのものが出るのだろうな。まあいい。それより陛下はしっかり視察せよ、と命じられた。何を視察すればいいと思う?」


「ボウシンは商都でございますれば、その商いの規模や荷動きなどを調べられては如何でしょう」

「……分かった。ところで、ボウシンには何か珍しいものはないか? 弟にお土産を持ち帰ると約束したのだ」


「ボウシンの近くには、魔境がございます。魔境の産物は如何でしょう?」

「いい考えだ。それなら弟も喜ぶだろう」

 弟王子のジョンリンは、文より武が好きな性格で魔境や妖魔に大きな関心を持っていた。なので、魔境の産物と聞いたリャンホン王子は納得した。


 県令の屋敷に到着すると、そこの主であるヤンから手厚い歓迎を受けた。王宮での生活に比べれば劣るものだが、さすが商都だと思われるほど豪勢なものだった。


 リャンホンは数日掛けてボウシンを視察した。そんなある日、リャンホンは、護衛と一緒に虚礼洞へ向かった。王からボウシンへ行ったら、虚礼洞へも挨拶に行けと命じられていたのだ。


 虚礼山の麓まで馬で行き、そこから山道を徒歩で登り始めた。

「挨拶するのは、虚礼洞の長老か?」

「そうでございます。虚礼洞の始祖であるジン・ウェイルーは、神仙となって仙界で暮らしておりますので、残っているのは、長老たちなのです」


「長老の誰に挨拶するのだ?」

「本堂でツェン長老とモン長老が、待っているはずでございます」

「その二人は、どんな人物だ?」

「モン長老は仙丹術と宝具作りが得意な方で凄い美人だという話でございます。そして、ツェン長老は書庫の管理をされている方で、外弟子の責任者でもあると聞いております」


「まあいい、挨拶だけなんだな」

「はい。道士という者が、どんな存在なのかを感じ取っていただければ、十分だと思います」


「神仙と道士は、何が違うのだ?」

「難しい質問ですな。道士が修行して神仙になるのですが、天の試練を生き延びた者だけが、神仙、あるいは不死者と呼ばれる存在になれると聞いております」


「天の試練? どんなものなのだ?」

「そこまで詳しい事は存じません」

 リャンホンが使えないという目でシゴウ将軍を見た。


「それなら、普通の武人と道士はどう違う? 道士は『気』を使うと聞いたが、武人も『気』を使う。何が違う?」


「武人の『気』は、戦うためにのみ使われ、道士の『気』は戦いだけでなく、寿命を伸ばすためにも使います。それと道士は『気』だけではなく、『霊力』も使えるようになるそうです」


 王子は霊力についても尋ねたが、シゴウ将軍は詳しい事は知らなかった。話が終わった頃、虚礼洞に到着した。門を潜り本堂へ行くと、二人の長老が待っていた。


 一人は六十をすぎていると思われる男性の道士、もう一人は三十歳前後の凄まじい色気を持つ美人道士だ。リャンホンはモン長老を一目見ると、目が離せなくなった。


 それに気付いたツェン長老が不快そうに顔を歪めると、身体から霊力を放つ。

「このような辺鄙へんぴなところへ、よくおいでくださった」

 ツェン長老が歓迎しているような声を上げた。だが、その身体からは得体知れないものが放たれているのを感じたリャンホンは、息苦しくなる。


 シゴウ将軍は苦しい表情を浮かべながら、リャンホンの前に出てかばった。

「ツェン長老、霊力が漏れていますよ。抑えてください」

 モン長老が困った人だというよう目でツェン長老を見てから注意した。その瞬間、ツェン長老から放たれていた霊力が消え、呼吸が楽になった。しかし、リャンホンとシゴウ将軍の顔は青くなったままだ。


「失礼しました。ツェン長老に悪気はないので、お許しください」

 そう言われたが、絶対脅すつもりだったとシゴウ将軍は確信した。一方のリャンホンは、これが道士の力なのかと認識を改めた。


 その後、リャンホンとモン長老が話をした。ツェン長老は冷たい目で二人を見詰めて一言も喋らず、シゴウ将軍は油断なく長老二人の動きを見ていた。


「弟君のジョンリン殿下は、魔境や妖魔に興味をお持ちなのですか?」

「はい。土産話をしたいので、魔境を見学させてもらえませんか?」

 それを聞いたモン長老は、ためらうような様子を見せた。


「それならば、弟子たちに案内させよう」

 ツェン長老が内弟子のリキョウを呼び、外弟子にも護衛を手伝わせてリャンホンたちを魔境へ案内しろと命じた。


 リキョウは王子たちを塀外舎へ案内し、外弟子を呼び出した。その時、塀外舎に居たのは、インジェとコウ、ゼングの三人だった。


―――――――――――――――――

【あとがき】


 20話まで読んで頂きありがとうございます。この物語はカクヨムネクストの作品ですので、21話以降はカクヨムネクストに加入されている方しか読めないようになっております。

 この作品が気に入り、続きを読みたいという方はカクヨムネクストに加入してお読みください。よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る