不死を求める者、これを道士と呼ぶ

月汰元

第1章 道士入門編

第1話 裏切りと転生

 俺は渋谷しぶやこう、警視庁の刑事だ。これでも所轄ではなく警視庁の捜査二課の刑事である。捜査二課は詐欺、通貨偽造、贈収賄などの知能犯を捜査する部署だ。俺はここで実績を上げ、警部補にまで昇進した。仕事とは関係ないが、周りからダンディなおじさんと言われるように努力している。


 現在担当しているのは、土建会社の贈収賄事件である。

「渋谷さん、本当に捜査を続けていいんですか? 戸田とだ係長から手を引けって言われたんでしょ」

 後輩刑事である三越みつこしが言った。土建会社と繋がっている政治家から圧力が掛かったらしい。よくある話だが、俺は手を引かなかった。


 正義のためとか、権力には屈しないという信念があった訳じゃない。ここで大物を逮捕できれば、出世は間違いないと考えただけである。但し、その本音を言うべきでないと分かっている。見掛けは正義感に燃えているという感じで三越に目を向ける。


「いいんだよ。証拠を手に入れれば、係長だって文句は言わないさ。それより三越みつこし、その内部告発は本物なんだろうな?」


「大丈夫です。確かな筋からの情報ですから」

 問題の土建会社に勤務する社員の一人が、ある政治家と会社の部長が密かに会うという情報を警察に流したのだ。その情報によれば、その二人が建設中のビルで密かに会って賄賂の受け渡しをするという。


 賄賂という金の性質上、銀行振込ではなく現金で受け渡すというのは理解できるので、俺と相棒の三越は、その建設中のビルを見張り、証拠を押さえようと考えた。


 車から下りた俺たちは、情報を流した社員から預かった鍵で建設中のビルに入った。そして、階段を上って五階に向かう。五階の部屋で受け渡しがあると聞いているのだ。


 五階に到着して周りを見回すと、まだ窓ガラスが入っていない窓やコンクリートが剥き出しの壁が目に入る。


「本当に、ここか?」

 俺が三越に確かめると、三越が暗い表情で頷いた。何かがおかしいと感じた時、角から人相の悪い三人の男たちが現れて近付いて来た。


 すると、三越が俺から離れる。

「あんたが悪いんだぞ」

「どういう意味だ?」

「係長から手を引けと言われた時、素直に手を引いていれば、こんな事にはならなかったんだ」


 ヤバイ、ヤバイ、非常にまずい状況だ。相棒である三越が裏切った。このままでは殺される。近寄ってくる三人は、暴力のプロという雰囲気がある。俺は少林寺拳法を習っているが、荒事が得意という訳ではない。真剣に練習すれば良かったと強く後悔した。


「お前、弱みでも握られたのか?」

「そうだよ。飲酒運転で事故ったのを知られたんだ」

 正直に報告すれば刑事を辞める事になるだろうが、殺人の片棒を担ぐよりはマシだろうと言うと、三越は怯えた顔で首を振る。


 俺は窓ガラスのない窓に追い詰められた。その時、三人の一人が前蹴りを放った。鋭い蹴りだったが、何とか右腕で掬い上げると相手の急所を蹴り上げる。


 男は悲鳴を上げて倒れた。その瞬間、別の男の拳が腹に突き刺さった。俺は立っている事ができずにうずくまる。そして、窓から外に突き飛ばされた。


 宙を舞う俺は、何がいけなかったのかと考えた。それは一秒にも満たない時間で、次の瞬間には意識が闇に呑まれた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 紫栄大陸しえいたいりくの南に聖連山と呼ばれる山岳地帯があった。そこは高い山が連なり、その山裾に大小様々な平野がある地形である。しかも、その平野の一つ一つに小さな国があるという状態で、その中央に近い国の辺境に一人の子供が居た。


「なぜだ? なぜ裏切った?」

 寝台に横たわる小さな子供が、うわ言のように意味不明の言葉を発しながら起き上がった。その様子を心配そうに見ていた女性が声を上げる。


「コウ、大丈夫なの?」

 日本語ではないが、なぜか理解できる言語を使った優しい声が耳に届き、俺は反射的に頷いた。

「大丈夫」

 辺境で小さな商店を営む父のデン・セイと母イエンの五男として生まれた俺は、三日前から熱を出して寝込んでいた。なぜ熱を出したかというと、前世の記憶を思い出したからだ。


 その日から俺は渋谷虹という刑事だった記憶を持つ、九歳の子供コウという存在になった。渋谷虹とコウの記憶が融合する過程で脳がオーバーヒートを起こして熱が出たらしい。


「何か食べる?」

 俺が頷くと、母親が蒸しパンの一種であるマントウと水を持って来てくれた。そのマントウを食べながら、何が起きたのか考えた。


 商店を営むデン・セイの五男コウの記憶がある。但し、それ以前に日本の刑事だった頃の記憶もあるのだ。混乱した。そのせいで疲れてしまったので、食べ終えるとまた寝てしまう。


 翌日起きると、父親と兄は店に行って残っているのは母親だけだった。コウの家族は両親と四人の兄になるが、長男のウェンだけが家に残って店を継ぐ事になっており、他の三人の兄は家を出て奉公に出ている。この家に残っているのは、両親とウェン、それにコウだけだった。


 心配する母親を何とか誤魔化した俺は、いつもの生活に戻った。と言っても、コウは九歳の子供なのでちゃんとした仕事はない。家の掃除や水汲み、食事の支度などを手伝う以外は暇だった。


 夕方になって父親が戻って来ると、俺の顔を見て頷いた。

「治ったようだな。これでルーさんに頼み込んだ事が、無駄にならずに済んだ」

 それを聞いた俺は顔をしかめた。ルーというのは奉公人の斡旋をしている人物で、俺の奉公先も探してくれた。それは国で二番目に大きな町であるボウシンという町で織物問屋を営んでいる『チアン商会』という店だった。


 そこの主人はチアン・シャオウという大商人だという。チアン家は国でも有数の商家で、当主のシャオウは様々な有力者と繋がっているそうだ。父親は俺をチアン商会に奉公に出してチアン家とコネを作りたかったのだ。


「コウ、お前は頭がいいんだ。奉公に出る前に勉強してご主人に気に入られるんだぞ」

 父親は嬉しそうだった。そこで町の寺院の住職を紹介してくれるように頼んだ。九歳のコウは、この世界についてほとんど知らなかった。そこで町一番の物知りである住職から話を聞こうと思ったのだ。


 翌日、母親に連れられて寺に行った。小さな寺でかなりボロい。

「よろしくお願いします」

 母親が事情を話して頼んだ。

「拙僧に分かる事なら教えます」

 母親が頭を下げ、帰って行った。一人残った俺は、境内にある東屋あずまやの長椅子に座って住職と話し始めた。東屋というのは、柱と屋根だけの小屋である。住職は小柄で痩せているが、背筋がピンと伸びた五十歳ほどの僧侶だった。


「この国は、王様が支配しているんですよね?」

 それを聞いた住職が笑った。

「そう単純ではない。王が全てを支配している訳ではないのです。王の支配から外れている者も居る」


 俺は首を傾げた。

「それはどういう人です?」

「仙術を学び、不死を求める者たち。彼らは『道士』と呼ばれており、その中で不死となった者は『不死者』または『神仙』と呼ばれておる」


 詳しく話を聞いてみると、伝説や迷信というものではなく、本当に道士や不死者は存在するようだ。その事により、ここが少なくとも地球でないと分かった。

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