第27話

 翌日の19時30分にスーパーで愛莉と待ち合わせて2人で店内に入った。


 今日は、半額弁当&ブルを探す目的だ。


 弁当コーナーには19時55分に向かえば良い。私と愛莉は広いスーパーのメイン通路を歩き、青果や野菜コーナー、鮮魚、精肉コーナーを順に見て回り、食料品、生活雑貨、日用品など陳列されたサブ通路にも目を配り、センター通路、レジ前通路も確認した。しかし、どこにもブルの姿はない。


 19時55分、私と愛莉は弁当コーナーに移動。無事に半額弁当をカゴに入れ、人混みの中から脱出した。気にして弁当コーナーに集まっている客層を見てみると、やはり彼女の言う通り若い男性が多い。皆、凄い力で押し合っていた。


「ね、臭いでしょ?」

愛莉が鼻をつまんだ。


私は「うん」と答えたが正直分からなかった。


 私と彼女は、足速に惣菜コーナーへと向かう。惣菜コーナーは弁当コーナーより人が多い。これも愛莉の言う通り、殆どが年配の女性客だ。


 愛莉が「あっ!」と声をあげ、指を差す。私は彼女が差す方に顔を向けた。


 ブルドッグだ。ブルが人集りの後方をウロついている。急いで声をかけようとした私を愛莉が止めた。


「彼女が惣菜をゲットするまで待ちましょう」


 彼女に同意。私はブルを観察した。


 やはりブルは凄い。あっという間に惣菜を6品も持って集団から出てくると放置してあるカゴに入れた。


(今だ!)

私と愛莉は目と目で合図を確認後、カートを押しながらゆっくり歩くブルの背後に近づき声をかけた。


 私達の声に反応して足を止めたブルが振り返る。彼女は「なに?」と声を発した。初めて声を聞いたが、声帯が痩せた低いカスれた声だった。


 なぜ私達がブルに声をかけたのかを話す愛莉。ブルはカートから両手を放して腕を組んだ。

「つまり、アナタ達は、弁当と惣菜の半額を手に入れたいということね?」


 私と愛莉は「はい」と頷く。私は弁当と惣菜の手にいれる順番について理由を話した。


「ふーん、そうよ。良く分かってるじゃない」

ブルは口元を緩める。

「弁当は男が多い。惣菜は女が多い。勝負するなら惣菜しかない」


「そう思ったから惣菜に勝負をかけたんです。でも……」

私はさほど痛くはないが包帯を巻いた人差し指を見せた。

「昨夜、最前列の人の脇ブロックで突き指をしてしまいました」


「脇ブロック?」


 ブルは、たまらないといった感じに腹を抱えて爆笑した。通行人がブルを見ながら交差して行く。私と愛莉は真剣な表情でブルを見つめる。関係ない他人の目など怖くない。ブルは笑い声を止めると私達に交互な視線を配った。


「それで?わたしにどうしろと言うの?」


 急に隣に立っていた愛莉の姿が消える。下に目を向けると彼女は土下座の姿勢をとっていた。

「お願いします。あたし達にアナタの凄い技を教えて下さい!」


愛莉の言葉を聞いた私も慌てて土下座した。

「お願いします。私達は、どうしてもお弁当と惣菜の半額が欲しいんです!」


 2人揃って頭を下げる。すると頭上から優しさを含んだ声が降りてきた。

「アナタ達、本気なのね?」


答える時も2人は一緒だ。

「はい!本気です!」


「分かった」

ブルは膝を落として私達2人、それぞれの肩に手を置いた。

「厳しい修行になるけど、それでもいい?」


「それは覚悟の上です」と私は答え、愛莉は「一生懸命、頑張ります!」と答える。


 その後、ブルに「ついてきて」と言われ、私達は彼女の後に続いた。


 6品の半額を入れたナイロン袋が揺れている。ブルが歩く度、その袋は彼女の固そうな横腹にあたって跳ね返っていた。


 歩くこと5分強、築浅の長方形な戸建ての前でブルは止まる。

人感センサーが灯り、玄関前のひさしの下に広がる空間を照らした。ブルは「ここが、わたしの家」と言った。


 付近を見回す。何軒か同じ形をした家が建ち並んでいる。どうやら、ここは建て売り住宅街だ。


 木製の玄関扉を開くブルに続いて中に入ると、小さな愛嬌あいきょうタップリな動物が巻き尾を振って出迎えてくれる。


 灰色のパグだ。(いや、ブルドッグじゃないんかい!)と突っ込みたかったが、自分は弟子になる身、それは許されないと思った。


 スニーカーを揃えてから段差を上がりリビングに入ると、パグも後からチョコチョコと4本の可愛い足を進めて着いてくる。


 私は愛莉と一緒に白いソファーに腰を降ろすと、自分の膝の上に乗ろうと必死に頑張るパグを人撫でしてから抱き上げた。


「可愛い!」

思わず声が出てしまう。


「ホント、可愛いね」

隣に座る愛莉が柔和に微笑んだ。


 玄関から入室した扉とは違う、もう一方の扉が開きブルが姿を見せた。彼女はトレイを持っている。木枠の硝子テーブルにトレイが置かれると、紅茶の香りがした。


 ブルは私と愛莉の前に白いマグカップを置くと「ちょっと待っててね」と言い置いて部屋を出た。


 待つこと5分弱、再び扉が開かれる。私と愛莉は同時に目を見張った。思わず膝に座るパグを落としそうになる。


 ブルはタンクトップと短パン姿で仁王立ちしていた。

「わたしを見て」彼女はそう言った後、片手の肘を曲げて力瘤ちからこぶを作った。


 上腕の前方に張り出す筋肉の盛り上がり、その部位をブルは「上腕二頭筋じょうわんにとうきん」と呼んだ。彼女は力を緩めると、今度は太腿を叩く。

「太腿の表側は大腿四頭筋だいたいしとうきん、裏側はハムストリングス、そして」

ブルは手を下降させて、ふくらはぎを叩いた。

「ここが、下腿三頭筋かたいさんとうきんよ」


 なんと言ったら良いのか、全体的にゴツゴツした太腿とふくらはぎは、いつかテレビで観た競輪選手の足のようだ。


 更にブルは片手でタンクトップを胸付近まで捲り上げた。

「これは腹直筋ふくちょくきん!シックスパック!」


 腹回りに脂肪は確認できない。縦と横に線があり、腹筋が六つに割れている。


(いったい、彼女は何が言いたいんだろう?)


 私が疑視していると愛莉が上半身を乗り出す。

「それは、みんな筋肉の名前ですか?」


「そうよ」

口角を上げるブル。

「半額をゲットする前に、アナタ達は筋肉を知らないといけない」


 ブルの筋肉に関しての説明が始まる。


 まずは、大腿四頭筋だ。大腿四頭筋は膝関節を伸ばす役割があり、力強い下半身を作り、パフォーマンス向上には重要な部位。


 ハムストリングスは太腿の裏側にある筋肉だ。

大腿二頭筋だいたいにとうきん

半腱様筋はんけんようきん

半膜様筋はんまくようきん

この3つの筋肉で構成されている。

 ハムストリングスは体の中でも特に大きな筋肉で鍛えることで筋肉量が増えて代謝が向上する。


 下腿三頭筋は、ふくらはぎにある筋肉だ。足関節を下に伸ばす役割があり、ジャンプやつま先立ちをする時に必要だ。つま先立ちは、2列目からの商品の見極めにも必須だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る