第21話
放課後の教室内、美月、絵夢、瑞穂の三人が麗蘭の前で土下座の謝罪をした。
「どうする、芳美?」
後ろで呆気にとられている私に振り向く麗蘭。
(さすが女王様だ)
「もうイジメないなら許してあげて」と私が言うと三人は、へつらうような笑顔を見せた。
美月、絵夢、瑞穂、この三人の麗蘭に対する忠誠は、これからも変わらないだろう。
外江に対しては、圭人グループが手をだせないように麗蘭と私がガードした。圭人グループも諦めたのか、外江へのイジメはなくなった。
麗蘭は、これを機に【イジメ対策本部】なるものを作った。メンバーは、美月、絵夢、瑞穂、私、外江になる。まず初めに、クラス女子のグループLINE及び裏サイトでの悪口禁止令をだした。
一月、ミスコンが開かれる。麗蘭は出場を渋っていたが【イジメ対策本部】の名を売る為に私が出場を懇願した。私は勿論、エントリー辞退だ。
結果は、やはり圧勝だった。麗蘭は首から花輪を下げてティアラを頭に乗せたまま、一学年全生徒の前でマイクを片手にこう言った。
「あたしは、この学校からイジメを排除します。もし、イジメに悩んでいる生徒がいたら【イジメ対策本部】へ加害者にバレないように、コッソリ教えて下さい!後は先輩達にも、この【イジメ対策本部】の存在を広めて下さい。以上!」
こうして教職員達の苦笑いの中、ミスコンは幕を閉じた。
翌日のミスターコンでは、あちらの世界同様に圭人が優勝した。その後、圭人は麗蘭を校舎裏に呼びだして告白した。彼女は「無理!」とハッキリ断ったそうだ。私が理由を聞くと麗蘭はこう答えた。
「まずは外江君をイジメてたことが許せない。後は性格の悪さかな。あっ、後、裏サイトのスレ、圭人が立てたんだよ」
まさか、スレッドを立てたのが圭人とは、これには私もビックリした。
こうして楽しい高校生活は、あっという間に過ぎてゆく。【イジメ対策本部】は全学年生徒に広まり、イジメを許さない生徒の集団に膨れあがった。
やがて高校三年生になった私は受験シーズンに突入した。目指す大学は国立の医学部、医学科だ。
麗蘭は弁護士を目指し、外江は検事を目指し、それぞれ進む大学も道も違うが、とにかく受験勉強に
卒業式、卒業証書を片手に、私達三人は抱き合って泣いた。泣き顔、笑顔、怒り顔、困り顔、多くの思い出がつまった三年間。
麗蘭は後輩達に【イジメ対策本部】を「頼んだぞ」と一人ひとりの肩に手を置いている。「先輩……」と涙する後輩達。この後輩達が後輩を作り【イジメ対策本部】は受け継がれてゆくだろう。もうイジメに泣いたりしないクリーンな学校になって欲しいと願わずにはいられない。
涙を拭い見上げた桜。私はこの桜を生涯、忘れないと誓った。
➖➖➖十年後。
「教授回診!」
号令と共に、私は白衣の団体の中間に並んだ。医局のトップである教授が、順に病室を回り入院患者の状態を把握する。いわば視察のような感じだ。自分の後には研修医が続いた。
私は大学病院、心臓外科の医局に属している。
教授が入室すると、看護士が間仕切りカーテンを開く。患者は既に上半身を起こして教授を待っていた。
担当医が前に進み出て教授の問いに答え、病状の説明をした。
この患者は高齢で、明後日に
大動脈弁置換術とは、心臓の弁のひとつ「大動脈弁」に狭窄や逆流などの異常がある場合に、弁を施術して人工弁に置き換える手術だ。
患者は不安そうな表情で教授を見上げている。教授が向かい側のベッドへ移動した。ここで、この患者に安心を与える言葉をかける隙はない。
私は去り際に、そっと患者の手の甲に自分の手の平を重ねた。驚いた目を向ける患者。私は少しだけ口元を緩めると、最後にギュッと患者の手を握る。患者は涙目になりながら私に一礼した。
この病院に就職することは大学時代から決めていた。なぜなら、この場所に父がいたからだ。父と心臓外科の教授は親友だった。
医局には序列があり、病院長、教授、准教授、講師、助手、医員、研修医と続く。下にいくほど発言力は弱くなる。父は臨床工学技師、父と教授が知り合ったのは、まだ教授が研修医だった時代だ。当時、医局はパワーハラスメントの
父が亡くなった時、教授は深く悲しみ泣き崩れたと母が言っていた。教授は父の命日に毎年、我が家を訪れてくれる。大学を決めたのも、心臓外科に医局を決めたのも、すべて教授の勧めがあったからだ。
教授は、私を我が子同然に可愛がってくれ、優しく、時には厳しく指導してくれる。
この道は、父が残してくれた人間関係の日向道。
今日も、その温かい道を私は歩いている。
母は相変わらず健在で、私が「そろそろ仕事を辞めてのんびりしたら?」と言っても一切聞く耳をもたなかった。介護職は母の生き甲斐なのだそうで定年までは働くと断言している。
麗蘭と外江とは相変わらずの友情が続いている。
麗蘭、外江は共に司法試験に合格して国家資格を取得。麗蘭は弁護士、外江は検察官の職に就いた。
二人とも忙しい中、私と会う時間を定期的に作ってくれる。
ただこの二人、弁護士と検事だからなのか、事件の話題になると大論争になってしまう。麗蘭は被告人の立場になり、外江は被害者側を思う発言をする。
空になったビールジョッキがダンッと音をたててテーブルに置かれる。
「ちょっと、おかわり!」
居酒屋のスタッフに麗蘭はピンク色に染まった頬を向けた。
「全く、君とは話にならないね」
外江が苛立ちを表にして席を立つ。
「ちょっと、トイレ」
私はテーブルに頬杖をつきながら外江の後ろ姿を眺めた。
「あれはかなり怒ってるよ。麗蘭、ちょっと言いすぎじゃないの?」
麗蘭は「ふんっ!」と鼻を鳴らす。彼女はその後、弱々しい声を発した。
「本当は喧嘩なんてしたくないんだけど、ついつい強く言っちゃうんだよね」
「だからさぁ〜」と私が言うとテーブル向こうの麗蘭が私に手招きした。
(顔を近づけろってことか)
前に置いたジョッキと
「横を向いて」と言うので横を向くと、麗蘭は私の耳に唇を寄せた。
「あたし、好きな人がいる」
「好きな人!!」
彼女に顔を向け素っ
麗蘭とは長いつき合いだが、彼女は全く恋愛に興味がなく浮いた話は一つもない。麗蘭は真面目な顔をしている。
「誰?」と聞くと、すぐに以外な人物の名前が返ってきた。
「ええーーっ!!マジでぇーーっ!!」
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