第16話

 次の日の放課後、終了のチャイムが鳴った後、圭人が私の席に歩み寄った。


「ごめん、今日は用事があって一緒に帰れない」

彼は、すまなそうに胸の前で両手を合わせる。


「そう、分かった」


 昨日の件もあり、圭人に恐怖を抱いていた私は内心ホッとした。美月、絵夢、瑞穂の様子を見ると何やらヒソヒソと話をしている。麗蘭イジメの会議でもしているのだろう。私は一人で教室を後にし帰宅の途についた。


 だが、途中で足を止める。教室に教科書を忘れたのを思い出したのだ。今きた道に折り返し、私は再び校内に戻った。廊下を速足で歩き教室の扉に手をかける。


 その時、室内から聞こえた男子の声で私はスライドしかけた手を止めた。


「だって、もう飽きたんだよ」


 これは圭人の声。少しだけ開いた扉の隙間から片目を覗かせると、教室中央の机に座る圭人が見えた。彼の他に二人の男子も見える。また声がした。


「飽きたって、朝比奈芳美は学年一の美少女だぞ!捨てるには勿体ないだろ?」


(私だ!自分の話をしている)

私は息を潜め耳をませた。


「だってさ……」

圭人が息を吐く。

「あいつ、犯らせてくれねーし、つまらねーんだわ」


「うわっ、そりゃあ百人斬りのお前にとったら地獄だな」


「だろ?」

笑う圭人。

「今度は、軽い美人にするよ」


「軽い美人?誰だよ?」


「田端洋子」


「えーーっ!!」

男子二人が同時に声をあげた。

「圭人、それは不味いって、田端は先生だぞ!」


「美人に国境はない。先生は年増だけどスタイル抜群の美人だ。美人で犯れるなら誰でもいい」


「落ちるかな?あの田端先生が……」


「お前らなら無理だ。だが俺なら落とせる」


 そこで私は、扉に背を向け走りだす。もう、聞いていられない!そう思った。


 夕暮れが近づく公園。一人ブランコに揺られ、圭人が吐いた言葉を空気に浮かせてみる。確かにショックだった。が、不思議と涙はでなかった。


(そもそも、自分は彼のどこに惹かれたのだろう?)


 考えてみる。時を置かず、すぐに浮かんだのは顔だった。正確にいえば、顔にミスターコン優勝の称号がついてくる。


 圭人を責めることはできないし、その資格が自分にはない。


 所詮、私も彼と同じ穴のムジナ。外見だけで人を判断し、上辺だけの関係しか築けない。


 前にユウユウさんから言われた言葉を思いだす。


【君はアレだ。心のブスだ】


 あの時は響かなかった言葉が、今になって共鳴きょうめいする。


 前の世界で私はブスだった。でも今の世界ではもっと酷い。ブスの上に心がプラスされた。


(最低だ……私)


 ようやく涙が溢れだす。


 私は狭い世界で生きる……顔と心の醜いブスだった。



 家に帰ると、居間に座り、母がアルバムを懐かしそうに見ていた。私も母の横に座り一緒にアルバムを見る。


 写真の中には、父と母、そして僅か四歳だった自分がいる。三人共、幸せそうな笑顔だった。


 私はポツリと呟いた。

「私、お父さんに似てるね」


アルバムを見たまま答える母。

「そうだね。芳美は、お父さんに似て昔から可愛かった」


 私は母の横顔を眺めた。母は、標準より綺麗な顔立ちをしている。私は聞いた。

「ねぇ、何でお父さんと結婚したの?」


「何?突然」

母が私に顔を向けて、おどけた表情をする。


私は、またアルバムに目を落とした。

「いや、お父さんって、どう見ても不細工だからさ」


私の肩をバシンッと強く叩く母。

「ちょっと、お父さんを不細工呼ばわりしないでよ!」


「……」


 私が俯いて沈黙していると、母は吐息した。

「まあ、顔なんてどうでもいいんだけどね」


「えっ?」

母に顔を上げる私。


「ねぇ、お父さんとの馴れ初め話してあげようか?」


母の言葉に、私はウンウンと二回頷く。そして「聞きたい」と答えた。


 母は少しだけ口角を緩めた後、遠い昔を語り始めた。


 頭の中に白いスクリーンが下降する。私は母から発せられる言葉をスクリーンに映した。


 白いスクリーンがセピア色に変わった。

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