第8話
私と昴の毎日は、いつも夜9時に始まった。
学校の校門で待ち合わせをして、音楽室で私が『月の光』を弾く。彼は、そんな私を微笑ましげに見守っている。そんなふうに私を見ているだけで楽しいのかと聞いたら、彼はいつも、「もちろん」と答えた。
「てかさ、私は校長先生から許可取ってるからいいけど、昴の方は単に不法侵入者にならない?」
ふと思ったことを口にすると、昴は「人聞きの悪い」と口を尖らせた。
「僕が不法侵入者なら、きみは僕の犯罪に協力した共犯者になるけど?」
「あ、そっか」
昴はしてやったりという顔で、私を見つめる。
彼に一本取られた私は、得意げな様子の彼の顔を見ていると、笑いが込み上げてきた。
「ふふ、まあ、共犯者でもいっか。昴はいい人にしか見えないから、きっと警察も許してくれるって」
「いやいや、いい人そうな人ほど何しでかすか分かんないよ?」
屁理屈を並べ立てる私たちは、すっかりお互いの会話のリズムにお互いがはまっていた。その日もいつも通り私が音楽室でピアノを弾き、彼は私の演奏を褒めた。私が試しに「昴も弾いてみなよ」と言うと、かえるの歌を片手で弾き始めた。月明かりの差し込む教室にはまったく似合わないその選曲に、私はお腹を抱えて笑った。
「きみはいつも、そうやって僕のことを笑ってるけど、僕だって音楽こそできないけどスポーツは得意なんだ」
「え、そうなの? 例えばなに?」
「サッカー。小さい頃からやってたから、めちゃくちゃ走るの速いよ」
昴がサッカー少年だというのはとても意外な事実だった。色白なので、家に引きこもっていることが多いのかと思っていたから。でも、サッカーが得意だと聞いたあとの私は、胸の高鳴りが抑えられなかった。
なんだそのギャップ。
とっても素敵で、とっても羨ましい。
彼がサッカーをする姿を見てみたい。
「そんなに上手いなら、見てみたいよ」
無理だと思いつつ、気づいたら口から本音がこぼれ落ちていた。きっと、「無理だって」と笑われるだろうと思った。でも私の予想に反して、彼はまったく真面目な表情で、
「いいよ」
と頷いた。
「明日の夜、サッカーボール持ってくるから、公園でやろうよ」
昴の目が、好きなものを前にして輝く少年の瞳をしていた。その目が、月の光よりも何よりも綺麗で、数秒の間何も考えずに彼のことを見入っていた。
「どうする? 嫌だったら、いいけど」
なかなか返事をしない私に、昴はそう問いかけた。
「いや、公園行くよ。てか、行きたい!」
弾むような声でそう答えると、昴は待ったましたと言わんばかりに笑顔で頷いた。
月の光が、今日も優しく音楽室を照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます