赤と青と黄と緑。~山吹碧は間が悪い。タイミングも悪い。何もかもが悪く、星の巡りも悪い~

さんまぐ

婚約から婚約破棄まで。

第1話 山吹碧のマリッジブルー。

人生のどん底ドツボ。

よくもまあこんな目に遭えるものだと、山吹碧やまぶき へきは自嘲しながら缶ビールを煽った。


部屋のベランダから見える国道は今も車がバンバンと走っている。


ベッドの上ではスマホがブーブーとバイブ音を立てていて煩いのだが出る気はない。煩さから逃げるようにベランダに出てビールを飲んでいる。


春でよかった。

冬なら死んでしまう。

熱燗にすれば死なずに済んだかもしれないなんて、屁理屈を独りでひねり出しながらここ1ヶ月を思い返す。


2度目の年男になり、9月には24歳になる。

社会人4年目のSEで、専門学校を出てから福利厚生のしっかりとした、労働面だけブラックな会社で働いている。

4年目ともなればそこそここなれてきていて、余暇も手に入るようになってきていたし、そろそろ身を固めても良いかと思い、学生時代のアルバイト先で付き合った彼女、交際歴5年の藍染茜あいぞめ あかねと婚約をして、今年の冬に結婚をする話が出ていた。


だが、付き合うのと結婚では全く違っていた。

父母からは同棲してからにしろと釘を刺され、彼女の両親は同棲に反対で、同居は籍を入れてからだと言った。


まあ娘の親としては心配もあったのだろう。

それも仕方ない事だと思って、交際を続けながら結婚に向けて行動を開始していた。


だが、結婚となると藍染茜は豹変した。

住まい、家具家電、車、至る所を仕切り始めてきた。

自身も事務職をしていて、キチンとした稼ぎがあるのに、自分の貯金は結婚後に自分が好き勝手に使える為の蓄えとして残す気満々で、山吹碧の貯金を一円単位まで使い切るつもりで、家電なんかも買い替えの必要がないのに候補を立てて、プリントアウトしてきた資料をクリップで止めて「この中から選ぶから」と言い出した。


部屋にしても今の2DKで、後2回くらい更新時期が来るまでに、新居を探せれば良いと思っていたのに、勝手に引越し先の目処を立ててきて、2LDKにしてひと部屋は自分の趣味部屋にすると言い出した。


そしてどこで仕入れてくるのか?

日中働いているのか不安になるくらい、会うたびに新ネタを投下していく。

ある日は夫婦生活のルールなんかが書かれた紙を持参していて、【山吹碧の親に会うのは年に3回まで、突然の呼び出しには応じかねる】なんて書かれていて、逆について聞いたら、「私は嫁に出る身で、お母さん達も心細いから会いたいはずだよ。回数を決めたら可哀想だわ。碧ってそんな男だったの?」なんて言ってくる。


結婚前なのに「これからはお小遣い制だから、今月のお給料から私が管理して使うわね」なんて言い出した時、なんとか破談にならないかと思い始めてしまった。


良いか悪いかは別として、これがよくなかった。



幼馴染の真緒瑠璃まそお るりの家のパソコンが壊れて、新しくするからセットアップに付き合って、データ移行を助けてくれと呼ばれてしまった。


藍染茜は「なんで?これからは幼馴染よりも家族だよ。私や私の両親だよ?うちは私がひとりっ子なんだよ」と言ってきたが、それを言えば山吹碧もひとりっ子で、真緒瑠璃の家も家族ぐるみで家族みたいな関係だった。


これには「今までの暮らしの中で、変えられないものもあるよ。お金の使い方なんかは変わっても、人付き合いは変えられない」とキチンと伝えてから真緒家に顔を出す。


真緒家は結婚を知っていたので、おめでとうと言ってくれるが実の所気は重い。

勝手知ってる家族なので、真緒家の瑠璃の父母、家主と妻は「お昼買ってくる」、「何食べたい?大好きなカツ丼にしてあげるわね」なんて言って買い物に行ってしまう。


真緒家のリビングで、1人セットアップをしながらため息が出てしまう。

真緒家の居心地の良さったらない。


藍染家のパソコンも何回かセットアップや故障の確認を頼まれたが、業者のような扱い、娘の彼氏・婚約者ではなく、業者と娘の彼氏の悪いところだけを抽出したような扱いだった事、あの時は仕方ないと受け入れた事、そこら辺を失敗したなと今更気づいてため息が出てしまう。


これはこれからも続く。

この先も続く。


そもそも直せる、全部できると思われるのも気が重い。

この「お昼買ってくるね」にしても、藍染家は碧を放置して外食に行っていて、戻ってきた時には、冷たいお土産の弁当で、終わった後に「どうも」と言って持たされて終わりだった。


マリッジブルーと思われたくないが、これもマリッジブルーなのか?なんて思っているところに、リビングにやってきた瑠璃が、「どしたの?なんか暗くない?もしかしてデートの約束を放棄してパソコン来てくれたの?」と聞いてきたので、幼馴染として全部を打ち明けた。


「えぇ?なにそれ?」と言った瑠璃は、碧の手を取って「やめなって!まだ間に合うって!結婚やめなよ!」と言って、上目遣いで碧の目を見て、「私もいるし寂しくないよ」と言った。


その言葉の意味を考えてしまった。

握られた手の意味、上目遣いとどんどん赤くなる頬。


瑠璃の見た目は悪くない。

幼馴染の身内贔屓もあるかも知れない。

自分の見た目は普通だと思いたい。

釣り合いは取れている。


「瑠璃も…いる?」

「え?あ、そう…そういうのじゃないよ。まだ24で結婚なんて早いよ。私達も未婚だしさ」


照れているのか?

これは気があると思っても良いのか?

そんな事があって良いのか?


碧はパソコンのセットアップを行い、データ移行を進めながら、瑠璃と過ごした時間を思い返していた。


帰りに実家に顔を出す。

実家の両親からは小言が待っている。


茜は山吹家に嫁入りしてくるのに近寄らない。

今日だって着いてきて、顔の一つも出すべきなのにと言われる。


碧は「多様性だよ。前時代的なことは言えない」と誤魔化し、親からの「同棲して相手の本性を見ないとダメなんだ」、「結婚してからじゃ遅い」を聞きながら帰る事にする。


帰りにスマホを開いてげっそりとした。

茜からは長文のお気持ちレシートが届いていた。


要約すれば「碧がおかしい」、「碧が悪い」、「謝って来い」そればかりで、今までなら碧が折れて謝っていたが、婚約から先の動きの全てを見て嫌になっていて、連絡を取る気はなくなっていた。

お気持ちレシートには既読がついてしまったがどうでもよかった。


両親の言葉と瑠璃の言葉が自分の背を押す。

自分からは連絡を控え、次の週末に突撃してきた茜と話をして、もう無理だなと思った時、「結婚、無理かも」と言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る