14 鳳凰暦2009年4月9日木曜日放課後 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所2階第1ミーティングルーム H



 放課後のミーティングルーム内は、緊張感があった。私――宝蔵院麗子も、緊張していた。


 ……昼休みの模擬戦で、推薦の剛力くんが附中ダン科の財前くんに叩きのめされたことが影響しているはず。財前くんの見た目が穏やかな感じだったこともあるのかもしれないけれど。


 あれを見ていた私たち外部生は、この先、パーティーごとに分かれた時に、附中ダン科の人が強引だったとしたら逆らえない、と感じたのだろうと思う。


 もちろん、全員がそうではないのかもしれないけれど。これは、私たちが、という意味でも、附中ダン科の人たちが、という意味でも同じだ。


 私たち普通科からの転科組のトップにいる高田くんは、不安そうな表情を隠さずにこう言った。


「……力こそは全て、みたいな猛獣とさ、その猛獣に遠慮なくムチを振るう猛獣使いと。そんなのとパーティーを組む感じなんだけど、オレ、この先、大丈夫かな?」


 窓から2列目の一番前に座る高田くんは、右隣が附中ダン科の財前くん、左隣が推薦の剛力くんという横並びの位置だ。

 陵くんが言っている3人組のパーティー分けで、このふたりとパーティーを組む予定だ。そういう不安は当然だと思う。


 その不安に対しては誰も何も言わなかった。

 ここで高田くんを慰めたとしても、状況が変わる訳ではないし、そのポジションを代わりたいと思う人もいないだろうから。


「まあ、確かに、入学してまだ2日なのに、いろいろとありすぎるのは間違いない」


 一応、同意していると思える程度に、うんうんとうなずきながら、前から3番目の八田くんがそう言った。


「……おまえは昨日、『カワイイ子と組めてラッキー』とか、言ってたろ」

「ばっ……雲仙! おま、それ言う? 言っちゃうの?」


 すると、その後ろの雲仙くんに、おそらく男子寮で言っていたと思われる発言を暴露され、八田くんが慌てる。


「……あの慌てっぷりは、本当みたい」

「そうね」


 私の前の立川さんがぼそりと私に話しかけ、私も小声でそれに答える。


「確かに、二名さんって、カワイイって感じ。でも、やっぱりダン科なんだし、強いんだろうなぁ……」


 ……強いかどうか。結局、そこに行きつく。附中のダン科出身の子は、私たちより強い可能性が高い。


 私たちの反対側、一般入学の人たちは、私たちのようにぼそぼそとしゃべっている訳ではない。

 それぞれ異なる中学校から進学してきた一般の人たちと、附中の普通科から転科した私たちの違いだろうと思う。


 ミーティングルームには、推薦の男子生徒4人以外はそろっている。昼休みの時もそういう感じで、彼らが入ってきて話が始まった。


 今回は、基本的には教室と同じ位置で座ってほしいと陵くんが言ったので、言われた通りにその位置で座った。


 だが、私の隣の席になるはずの二宮さんは、教室での陵くんの位置に座っている。おそらくパーティー分けの位置に入ったのだろう。陵くんは前の、ホワイトボードのところに立っている。


 その結果として、私はぽつんとひとりになっている。前に座る立川さんが話しかけてくれなければ割とさみしい位置だった。


 からり、とドアが動いて、推薦の男子4人が入ってくる。昼休みは何か談笑しながら入ってきたのだけれど、今は、お通夜のように静かに入ってきた。


 ……力こそ全て、みたいな人は、負けたらああいう感じになるのかしら?


「こっち側に、教室と同じ位置ですわってくれ」

「ああ、わかった」


 陵くんの指示にも、特に反発しない。牙を抜かれた狼のような態度。


「それじゃあ、そろったから、昼休みにはできなかった分、ここで説明させてほしい」


 そう言った陵くんがぐるりとこの部屋全体を見回した。


「……今、座ってもらってる、横並びの3人が、それぞれパーティーになる。いろいろと、もっとこうした方がいい、というアイデアはあるかもしれないが……それをやったら、はっきり言ってキリがない。だから、第1テストまではこのパーティーで頑張ってほしい。分かるよな?」


 ……分かる、というより、反論できない、というべきかもしれない。


 昼休みの模擬戦で見せた彼の強さ。それだけでこっちの反論は封じられたようなものだ。それに、私は彼が全力で育成すると言われているのだから、何とも言いようがない。


「第1テストの時、改めてパーティーを組み直す。その時は、お互いに勧誘をかけて、いろいろとモメたりもするとは思うが、新しい4人組を作ってくれ。もちろん、剛力たちが、推薦の男子4人で組むのもオッケーだぜ?」


 ……その時、推薦の彼らは……最強を目指すと言っていた剛力くんは、推薦の男子で改めてパーティーを組むように動くのだろうか?


「……このままずっとじゃなくて、5月には組み直す。そういうことだな?」

「ああ、そういうことだ」


 附中ダン科の工藤くんが陵くんに確認して、陵くんもはっきりと答える。工藤くんはそのことが確認できたら満足そうにうなずいて静かになった。


「……5月に組み直すのなら、今のパーティーは……昼も言っていた『公平』って部分を重要視してるってことなのか?」

「もちろん、そこは大事だな」


 一般の首席の位置にいる宮本くんが発言して、陵くんが答える。


 宮本くんは授業でも積極的に発言していたから、さすがは一般の首席ということなのかもしれない。少しずつ、存在感が出てきていると思う。


「……言い換えると、5月からは『公平』じゃなくなるって意味になるんだが、そこはいいのか?」


 宮本くんは冷静に、それでいて鋭い視線を陵くんに向けた。


 ミーティングルームの中の緊張感が一気に増した。


 陵くんが今、『公平』という点に重きを置いているとすれば、その部分は矛盾している。宮本くんの指摘は、陵くんにとっては痛いところを突くものだと言える。


 それを一般入学の人が附中ダン科の人に言うのは、なかなか勇気がいるはずだ。


「あー、そうだな。うまく説明できるかどうか分からんが……はっきり言うと、今、ガチャガチャとモメながら自由にパーティー決めすんのは、実は『公平』じゃないって、俺は思ってる。それだけの力量差が附中のダン科出身と、外部生の間にはあるからな。模擬戦、見ただろ?」


 くっ、と宮本くんが息を飲み込んだ。納得せざるを得ない話だ。


「ダン科が部活の大会なんかで参加を認められないのは、そういう部分だな。ダンジョンアタックによる能力上昇……厳密に計算できるものじゃないらしいが、ダンジョン内にいる時よりも小さいとはいえ、ダンジョン外でも1.1倍とか、1.2倍とか、トップランカーだと1.3倍くらいあるんじゃないかって言われてる。それがある状態で分けようとすると、附中のダン科出身が有利すぎる」


「……陵たちにとってはその方が都合はいいだろう?」


「まあ、そりゃそうなんだが、それだと、将来的に仲間になるかもしれない相手との関係を崩すだけだろ?」


 陵くんがそう言って苦笑した。


「陵……そこまで先を見越してたのか……」

「陵くん、高校に入って、ちょっと変わったね……」


 陵くんと仲が良い、下神納木くんと財前くんのつぶやきが響く。このふたり、わざとみんなに聞こえるようにつぶやいてないかしら……?


「附中ダン科による外部生の育成は、どのクラスもやることだ。だが、それをこのクラスでは他のクラスよりも大きく伸ばすようにやる。そのために、クラスをクランにする。まあ、俺が先生たちにそう宣言したってだけなんだが……」


 そう言うと、陵くんは少し照れたように笑った。


「クラスを、クランに……?」

「クランって、いくつかパーティーが集まってやるヤツだろ?」


「……陵。アンタ、それ、どういう意味で言ってんの?」


 北見さんがこの部屋全体を圧するような口調でそう言った。一度、全体が静かになった。


 ミーティングルームの中の空気が一気に冷えた気がした。











人名辞典

高田雄二……たかだ・ゆうじ

八田孝則……はった・たかのり

雲仙賢司……うんぜん・けんじ

二名月子……ふたな・つきこ






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