白銀の大剣よ、舞え―2

【1】


「怪物の口が開いた瞬間に矢を当てる。数キロ離れた場所にある針の穴を射抜くようなものだろう」


「そんなピンポイントな狙撃……無理だ」


 エッカルトが他、2人の騎士を見る。2人とも気まずそうに顔をそむける。誰もやりたくないのだ。外せば大勢の人が死ぬという余りにも大きな責任。それに怪物の正面に立てば、最初に殺される危険性もある。


 何もかもが自分の手に掛かる、そんな状況になるのは御免だ。逃げ出すべきだ。エッカルトは唇を噛み、俺はやらない、そう言おうとした。


 ふと、ハンナと目が合う。突然、昔の記憶があふれ出す。


 ―行ってくれるか、エッカルト


 蘇る父の言葉―胸の中で脈打つ不快な記憶。エッカルトは唇を噛み、微かに呻く。もうあんな思いは絶対にしたくない。あの選択肢は絶対に間違えだ。


 拳を握り、息を吸う。俺はやらない、そう言おうとした瞬間、ハンナの声が蘇る。


『それが間違いとは私は思わない』


 親友の言葉に腹の痛みが消え、胸につかえていた重りが消える。


 エッカルトは、ハンナを見つめる。ハンナは視線に気づき、弱弱しい笑みを浮かべる。


 選ぶべき選択肢なんて、一つしかないじゃないか。エッカルトは大きく息を吸う。俺は最高の騎士になる男だ。その為に、この選択肢を選ぶ。何度同じ体験をしても、何度だって、この選択肢を選ぶだろう。そこに悔いはない。


「俺が行く」エッカルトは弓を持ち、クラウスとハンナの前に立ち上がった。


【2】


 ハンナは悪童のように微笑み、


「先生が爆竹で威嚇行動を取らせ、奴の口を開き、すぐに回避行動を取る。エッカルト、あなたが矢で口内をピンポイントで狙撃。私が巨人に接近、鉄妖に指示を出せば良い」


「やってやるよ。俺は騎士団最強の弓使いになる男だ」


「お願いね」ハンナは立ち上がり、毛布を取る。


「時間がない。ハンナ、行けるか?」クラウスが爆竹を手にしている。


「任せてください」ハンナは白銀の大剣フォーミディブルを構える。籠手が真っ白に輝き、剣に光が移っていく。それを地面に突き刺す。


「行きましょう」


「また後で、な」クラウスはそう言い、跳ぶ。


 師匠の背から一瞬だけ目をそらし、「ありがとう。エッカルト」ハンナは言う。


 エッカルトは弓矢を構え、鉄妖に巻き付け、


「大切な人を守るのは当たり前だろ。死んでも、俺に後悔はねぇよ」


 ハンナは息を吐き、呆れたように吹き出す。


「カッコつけちゃって」


エッカルトは真面目な口調で、


「妹さんだって、同じだったはずだ。さ、始めようぜ」


 ハンナは微かに目を見開き、呻く。心の中で何かが変わり始めたそんな気がした。エッカルトに微笑みかけ、最後の礼を言う。そして、巨人を見据え、跳ぶ。一瞬で怪物が目と鼻の先に。


 閃光が炸裂、ごおおお、と怪物が咆哮。クラウスに槍が振り下ろされ、必死に回避しているのが見える。先ほどより、動きが速くなっている。何度も地面が揺れ、泥が巻き上がる。


 ハンナは入れ違うように、巨人へ肉薄。矢が巨人の頭部に集まるが、口に当たったかは見えない。


 巨人はクラウスを見失ったのか、吠えながら周囲を見渡す。そこでハンナを見つけたように固まる。槍が振るわれる。歯噛みし、高速移動で回避していく。地面が揺れ、ぱっくりと裂ける。突如としてできた溝に足を取られ、つんのめり、激しく転倒してしまう。


 風切り音がし、世界が一転する。鈍い音がし、頭蓋に痛みが広がる。


 気が付くと、泥に頭を突っ込んでいた。目をしばたたかせていると、視界が暗くなる。起き上がると、巨大な影が周囲を覆いつくしていることに気づき、振り返る。


 巨人はすぐそこに居た。ここまでか、と歯噛みする。


 エッカルト、信じてるよ。


 巨人が再度、槍を振るう。その動きがスローモーションで見える。


 ハンナは獰猛に微笑み、「白銀の大剣よ、舞え」


 闇を切り裂く、一筋の閃光。その輝きは余りに速く、そして、鋭かった。次いで感じたのは爆風。そして、肉の焦げる臭い。


 ぼとぼと、と肉片が焦げ、煙をまといながら落ちてくる。轟音を立て、巨人が倒れた。その首は千切れ、一部が完全に削げ落ちている。〈祝福〉によって、体内から急激に焼け、腐っていた。しかし、巨人は起き上がる。


 鈍い金属音と土をえぐる音がし、振り返る。そこには大剣が突き刺さっている。ハンナは血の混じる唾を吐き、柄を握る。剣は土に深く突き刺さっており、簡単には抜けそうもない。それでも力を込める。


 絶対に諦めない。必ず抜いてやる―


 父の無様な姿がフラッシュバックする。泥を啜り、苦痛に耐え、ボロボロになりながらも、折れない強い意志―それが私が受け継いだものなんだ。


 指が震え、萎え始める。このままでは巨人が再生してしまう、そう思った時だった。土の塊を撒き散らしながら白い刀身が現れる。剣はその刃を晒すと、一瞬、青白い光を放った。まるで復活の時を待っていたかのようだった。しかし、刀身は欠け、曲がっていた。


 巨人は槍を手に取り、残った口で咆哮。肉が焼け落ち、肋骨が露になり、内臓が零れ落ちていく。それでも、ハンナを道連れにしようとする強い意志。


 相対するハンナも全身が軋み、震えている。一撃を放っただけで動けなくなるという確信。


 ハンナは剣を構え、微笑む。お互い、これで決まる。巨人も槍を構える。


「来い」告げ、跳ぶ。


 巨人が腕を振るう。咄嗟によけ、胴体を斬ろうとする。しかし、片腕が胴体から外れ、跳んできた。


 ―再生したと思った腕は〈祝福〉で腐っていた。だが、それを最後まで隠し、今利用した訳だ。


 咄嗟に踏ん張り、横に避ける。だが、その一瞬が大きな隙になってしまう。まずい、そう思った瞬間、巨人の拳が見えた。着地したばかりの不安定な体勢で力場を起動。避けられるかも際どい上、急激な加速で意識を失う可能性もある。しかし、それに賭けるしかない。


 加速―視界が歪み、全身を不快感が襲う。一瞬で意識が飛び、視界が真っ白になった。

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