拷問

 鉄の味。鈍痛。視界がかすみ、何もかもが地面に吸い込まれるような異様な感覚が全身を包む。


 朦朧とする意識を冷水でたたき起こされる。


「寝ちゃだめだよ」


 リヒャルトは呻き、血の混じった唾を地面に吐いた。


 拷問が始まって2時間程度、黒装束は三つのことを繰り返し聞いてきた。


 重要物資の輸送計画の詳細についてどこまで知っているか、他の協力者は誰か、《祝福》を持っているか。その中でも《祝福》を持っているかについて執拗に聞いてくる。しかし、これは罠だとリヒャルトは考えていた。


 持つ者によって異なる《祝福》の能力。ゼーフェリンク家内では自身の《祝福》について、騎士団以外の人間に話すことは禁じられている。しかし、本当の所、他人に知られたからと言ってただちに大きな脅威にはなることはない。その能力が大したものでない場合はなおのこと。


つまり、リヒャルトがどんな《祝福》を持つか、と言うのは彼らが本当に聞きたいことではない。一つ秘密を明かさせることで、話してしまったという精神的な緩みを生じさせ、二つのことを聞き出しやすくするのが目的だろう。ならば、それについて答えるのはギリギリまで耐えるしかない。


「なかなかしぶとい」そう言って、黒装束の一人が丸太のような腕を振るう。視界に火花が散り、視界が揺れる。


 殴られすぎたせいで感覚がなくなり始めていた。リヒャルトは血の混じった咳をする。


 考えろ。負けるな。考えろ、考えろ、考えろ。


 黒装束は三人。殴る、水を掛けると言った実行役となる巨漢。剣を持ち、入口を見張る警備役。実際に尋問をする背の高い痩躯の男。この内の誰かを心理的に誘導し、こちらのペースにできれば良いのだが、なかなか隙がない。


「さて、じゃあ、もう一度聞くよ」尋問役がリヒャルトの顔を覗き込み、優しく言う。


 リヒャルトは無視し、他のことを考えていた。拉致されたのは夜中、ここが村の何処かだと考えれば、まだ二時間程度しか経過していない。一瞬、深い絶望に襲われる。しかし、ぐっとこらえる。


「まただんまりか。なぁに、君が思っている以上に時間はある」


 リヒャルトは部屋の端にある。食料を見る。少なく見積もっても、二日分はある。彼らには、それまで見つからない確信があるのだ。


 ここは村ではない? 否、違う。薬を盛られ、眠らされたならまだしも、体術で捕え、気絶させたところを見ると、そこまで時間は経過していないと考えられる。ここはおそらく領主の家か何かだ。


 だが、領主の家、もしくは村の何処かだとすると、時間を気にしていないのが気になった。激痛を与えたいなら、指、歯、眼球、性器、そう言った部位を責めるのが良いだろう。しかし、今のところ殴るだけ。おそらく何か考えがある。


 騎士団は全滅している、もしくはこれから全滅するのか? 思い浮かんだ答えに、臓腑が冷たくなる。


「歯を抜いたらどうだ」警護役が言う。


「こいつ、歯を抜いたら出血で死んじまうんじゃねぇか」三人の内、最も巨漢な男が言う。その声には微かな恐怖。


 リヒャルトは必死に考える。なぜ、恐怖?


 時間に余裕のある素振り。それと相反する恐怖の感情。おそらく、村で何かが起きたのだ。ここは《祝福》の力を使うしかない。


「少し考え事をさせてくれ」リヒャルトは震える声で言う。少しでも時間を稼がなければ。


「良いだろう」


 リヒャルトは目を閉じ、意識を集中し、仲間の騎士の顔を思い浮かべる。しかし、脳裏には黒くぼんやりした物が浮かぶだけ。


 まさか、死んでいる?


 リヒャルトは息をのみ、動揺を隠そうと俯(うつむ)く。数人の騎士で《祝福》を試し、疑念は確証へと変わる。村に居た騎士のほとんどが死んでいる。


 リヒャルトの《祝福》は、他の《祝福》を持つ者の視界を共有すること。本人が寝ていたり、死んでいると勿論共有できない。


 もう無理かもしれない。そう思ったとき、一人の少女の顔が浮かぶ。田舎の芋娘、それが初めて会った時の印象だった。ハンナ・ケンプフェルト。ゼーフェリンク家からの監視が緩い、未熟な《祝福》使い。何かに使えるかと思い、助けたが、どうせ死んでいる。


 そんなリヒャルトの脳裏に鮮やかな映像が浮かび上がり、意識を覆いつくしていく。少女が城の上で怪物と戦っている。


 村がマガイに……


 だから、こいつらは余裕でありながら怯えていたのか。仮に数時間後に残りの騎士が村に来ても、マガイに襲われた死体の損傷は激しい。リヒャルトが居ないことを疑問には思わないはずだ。


 勝ち目がない。そう思った瞬間だった。黒装束が持ってきた水瓶が机の上に置かれているのが見えた。

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