第32話 一人に一つ与えられてしまった幻想(セカイ)の真ん中

邪神樹の内部には広い空洞が存在しており、俺達はそこに降り立った。


ついにここまで来れた…………全ての災いの元凶にして、ミユと俺達が超えるべき因果の終着点、邪神。


 


「オイ!!!約束通り、ここまで来てやったぜクソ野郎!!!」


 


『飛んで火に入る夏の虫………、とはまさにこの事だな………』


 


先程俺が斬った邪神樹の傷が急速に塞がり、逃げ道が完全になくなる。


 


『瘴気に溺れながら狂い死ぬが良い………!!!』


 


邪神樹の内部空洞を瘴気が埋め尽くした。


 


「まさかとは思うけど、ボク達が瘴気の対策をしてないとでも思った?」


 


ミユが不敵に笑いながら呟く。すると、俺達の持っていた護符を通じて瘴気がミユに流れ込むのがはっきりと見えた。


そうか……!?カムイさんの護符はこの為に………


俺達に降りかかる瘴気を全てミユに押し付ける事で、ミユは絶えず4人分の瘴気を取り込む事となる。

そして、呪詛喰らいの本質は、呪いを取り込み己の力に変える事。


つまり今のミユは、!!!


 


『つまらない小細工を…………!!!!』


 


未だ姿を見せない邪神は、邪神樹内部の空間を埋め尽くす程に無数の眷属を生み出す。


そう来たか………俺のやるべき事がわかりやすくて非常に助かる。

それなら、さァ〜て今から、斬って斬って斬りまくるゥ!!!


 


断ち切る者スラッシャー!!!」


 


俺の一撃を合図に、邪神との戦いの幕が上がった。


 


▷▷▷


 


「術式並列展開、魔力供給オールグリーン。追尾式攻撃魔法マジックミサイル1番から600番まで装填完了、照準補正良し!!!1番から600番まで順次発射せよ!!!」


 


リゼルの追尾式攻撃魔法マジックミサイルが眷属共を次々に消し飛ばす。アインはリゼルを守りながら近付いてくる眷属の対処、俺もそのカバーに回る。


その間にも、ミユは単独で最も多くの敵を屠る。完全なる呪詛喰らい、『闇夜の神子』の力がまさかこれほどとは………


ミユの戦闘能力は既に亜人という種族の限界を遥かに超えていた。


魔力の規格でも純粋なフィジカルでも俺とアイン、リゼルの3人を足した分すら上回り、天界エアルスの天使にすら匹敵する程の成長を遂げている。


 


「邪神さんよォ………頭数揃えただけで終わりじゃアねェよな?」


 


『まさか………闇夜の神子の力がこれほどとは計算外だったが、精神が人のままならばやりようはある………安心しろ、最高の悪夢を見せてやる』


 


『幻惑固有結界∶無間狂気迷宮…………』


 


 


その瞬間、世界が暗転した。



 


▷▷▷


 


リゼルside


 


気がつくと、私は暗い洞窟の中に倒れていた。周りを見渡すと、暗闇の中に光る目。それは、おびただしい数の蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲


 


「ヒッ………!?」


 


逃げようにも蟲の群れは四方八方を塞いでいて完全に手詰まり。


私はデタラメに魔法を乱射したが焼け石に水。


やがて蟲の群れは、私の身体を喰い荒らし始めた。


よりにもよって大嫌いな蟲に群がられる嫌悪感と生きたまま身体を喰い荒らされる苦痛……………!!!!意識を失う事すら許されない。まさしく地獄とは、この事だった。


 


「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!?」


 


もはや私には悲鳴を上げ続ける事しかできない。 


 


リゼルside 終


 


▷▷▷


 


アインside


 


「クロード、リゼル、ミユ!!!しっかりしろ!!!!」


 


僕は邪神の呪いによって狂い果てたミユとクロード、リゼルと対峙していた。


僕には彼らを殺す事などできない………!!!しかし、僕には他にどうする事もできない…………


いや、待て。何かがおかしい。クロードとリゼルはともかく、何故ミユまで狂っているんだ?そして、?


僕は戦いながら頭を最大限に働かせる。


そうか………これは幻だ!!!邪神が見せている幻影なんだ!!!


その事に思い至った時、ミユの大野狐おおのこが僕の左腕を丸ごと持っていった。


 


「うわァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」


 


この痛みは、リアル過ぎる………!!!まさか、なんて…………


 


アインside 終


 


▷▷▷


 


ミユside

 


ボクは、とても苦しい、辛い夢を見ていた。 


一つは幼い頃、まだボクに両親がいた時の夢。


呪詛喰らいのボクを迫害する誰かが放った火によって燃えていく家……………


ああ、そうだった。確かボクのお父さんとお母さんは、幼いボクを逃がそうとして燃え盛る家に取り残されて、死んだんだった…………


 


一つは、スラム街で暮らしていた時の夢。


 


何の力もないボクは、いつも虐げられる側だった。日常的に暴力を振るわれ、奪われるしかなかった。


少しでも奪われないように、ボク自身も暴力に溺れ、傷つけ、奪い、時に殺した。


そうする内にだんだん奪われる事もなくなったけど、誰もボクを受け入れてくれなくなった。ただ、寂しさと虚しさだけが残った。


 


一つは、ようやく手に入れた居場所を失う夢。


呪詛喰らいである事がバレて、篝火旅団から逃げだした日………

 


「もうやめてよ…………ボクにこんなモノ見せて、どうしようっていうんだよ………」


 


無力感と絶望が心の弱い部分から漏れ出し、ボクを覆い尽くしていく。


 

「助けてよ………クロード…………」


 


ミユside 終


 


▷▷▷ 


 


クロードside

 


『クロード…………ボクヲ殺シテ………』



過度に邪神の呪いを取り込んだミユは狂い果て、リゼルとアインすらその手にかけた。


結局、ローレンスが言った通りの結末が現実となってしまった。



「殺す………しかないのか………」



たとえ正気に戻ったとしても、ミユは仲間殺しという罪を背負って生きる事となる。ならば、いっそここで……………

 


「できねェ…………できねェよ……………」

 


俺には、ミユを殺す事なんて…………



クロードside 終


 


▷▷▷


 


勇者パーティside



リゼル編



どれくらい時間が経っただろうか?終わらない地獄の中、私は正気を手放しかけていた。その刹那、ふとある事に気がついた。


そもそも何故私は、このような状況に置かれているのだろうか?確か、直前まで邪神と戦っていたはず……………


 


「なんだ…………夢か…………フフフフフ…………ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 


これが夢であるならば、幻であるならば…………


 


「なら………まだ戦えるッ……………!!!」


 


制御もへったくれもないデタラメな魔力の放出、その爆発力で纏わりつく蟲を吹き飛ばす。


これは、邪神の見せる幻だ。私の心の弱い部分につけ込んで、心を壊そうとする罠。


幻だとわかっていればどうという事はない………確かに怖いけど、痛くて苦しいけど、


 

▷▷▷

 


 


アイン編



これは幻だ…………だから、いくら傷を負っても現実では平気なはずなんだ…………


もしこの幻が、邪神が僕の精神に干渉する事で生み出している物ならば、…………!!!


ありもしない痛みに惑わされるな………落ち着け、僕。


こいつらは、偽物だ…………!!!


そう強く念じると、思った通り痛みが消えて、偽装が剥がれてクロード達の姿を真似ていた邪神の眷属が正体を現した。

そして、やはりというべきか先程斬り落とされたはずの左腕は無傷で、斬り落とされた事じたいが最初からなかったかのように存在していた。

 


「こんな幻程度で、僕を止められると思うな!!!」


 

▷▷▷


 


ミユ編


 


延々と繰り返される苦痛の記憶。邪神が見せる幻なのはわかっていたけど、それはボクの心の弱い部分を的確に抉っていく。


ふと、ある事に気付く。やっぱりそうだ………この幻は、意図的に


確かに、この幻はボクの心の傷そのものだ。だけど、それだけが、ボクの全てじゃない!!!


思い出すんだ………確かに心の傷は一生消えないけれど、それだけじゃなくて確かに大切な物もあったはずなんだ!!!

クロード、アイン、リゼル達からたくさんもらったモノがあるはずだ!!!


ボクには帰るべき場所が確かにあったんだ………!!!


過去に起こった事はもう変えられない。だけど、ここは幻の中………なら、………


 


 


ボクは燃え盛る家に飛び込み、大野狐おおのこで強引に壁を壊した。


幻の中の幼い頃のボクと、お父さんとお母さんを救い出す。


 


ボクは暴力を振るわれ、怯えている幼いボクを助け出して、手を差し伸べる。


 


そしてボクは、篝火旅団から逃げ出して孤独に震えていたボク自身に寄り添う。


大丈夫だよ。キミボクを愛してくれる人はちゃんといるし、帰る場所もちゃんとある。


 


やがて、ボクの精神世界から苦痛の記憶は消え去っていく。


 


▷▷▷


 


クロード編


 


ミユを殺す事など俺にできるはずがない。諦めてミユに殺される覚悟を決めようとしたその時、目の前の出来事の違和感に気付く。


待て、クロツキ女王の話が本当なら………ミユが本当に『闇夜の神子』なら…………………


なるほどな………どおりで俺に苦痛を与えるのにうってつけなご都合展開な訳だ………


幻だとわかっていれば、話は簡単だ………


その幻想を……………断ち切る…………!!!!


師匠、力を貸してくれ………


俺は月影を抜刀する。


イメージしろ、俺が断ち切るべきは、この邪悪な幻想のみ………


 


断ち切る者スラッシャー…………!!!!」


 


その刹那、幻想セカイが崩壊した。


 


 


勇者パーティside 終


 


 


▷▷▷


 


『馬鹿な!?たかが人間ごときが、我が固有結界を破っただと!?』


 


ようやく現実に戻って来れたかァ…………だが、まだ邪神の手札を一つ潰しただけ。本来の目的である邪神の本体にはまだ辿り着いていない。


ふと、邪神樹に突入する時の出来事………切断面から吹き出た血のような何かが頭をよぎる。


これは憶測だが、もし、既に邪神の本体が見えていて、俺達が気付いていないだけだとしたら…………?


とりあえず、一度試してみる必要がある。


 


断ち切る者スラッシャー!!!」


 


俺は断ち切る者スラッシャーを俺自身の最大限の威力で、全く見当違いの、邪神樹の壁面めがけて放った。


 


『ぐわァァァァァァァァァァァァァァァ!?』


 


邪神の絶叫とともに、どす黒い血が大量に流れ出る。


 


「やっぱりな……………」


 


「よくわからないけど邪神がダメージを受けたようだが………クロード、いったい何を………?」


 


事態を呑み込めていない様子のアインが俺に尋ねてきた。


 


「ようやく見つけたぜ、邪神の本体を…………それは、この邪神樹そのものだ!!!」


 


「「「!?」」」


 


アイン達があっけにとられている。


 


「最初から俺達を体内に閉じ込めて一網打尽にするつもりだったようだが、あてが外れたようだなァ…………!!!アイン、リゼル、ミユ!!!このまま離脱するぞ!!!」


 


俺達は先程切り裂いた壁面から邪神樹を脱出した。


 

□□□


用語解説


幻惑固有結界∶無間狂気迷宮


邪神の得意とする固有結界魔法。結界内部に閉じ込めた敵を精神世界に幽閉して、現実と区別がつかないレベルの幻覚で精神的に追い詰めて心を折り、最終的に発狂させる。

物理的な破壊力はないがSAN値をゴリゴリ削ってくるタイプの攻撃。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る