第20話 天啓
「これで剣をなくすのは何本目だと思っている、貴様はッ!?」
騎士団長執務室に鳴り響く怒号。団長はドンと強く机を叩くが目の前に立つ男、ザッカスに対して恫喝の効果は薄いようで苦笑を浮かべるのみであった。ただ自分の手が痛くなっただけである。
「さぁて……、三本目くらいでしたか?」
「十三本目だ、馬鹿めッ!」
「おっと、惜しいじゃないですか」
「だから何だ、そもそも惜しくも何ともねぇよ!」
奴のペースに乗せられてはならぬと、団長は息を整えてからまた口を開いた。
「いいかよく聞けザッカス……」
「へい」
「我ら騎士団の武具は国王陛下からのご下賜品なのだ、大変ありがたいものなのだ。それをそうホイホイとなくすのは騎士としての自覚が足りないと言わざるを得ないだろう」
「お言葉ですがね団長、剣にせよ鎧にせよ、武具ってのは実用品で消耗品なんです。飾って楽しい芸術品じゃあないんですよ。武具が傷付くのを避けようとして命を落としたなんて、それこそ笑い話にもならんでしょう」
どうだ、といわんばかりに得意げな顔をするザッカスに、団長は相変わらず冷たい視線を向けていた。
「……また、質屋に入れたんじゃあるまいな」
「いえいえいえ、しません! あんな事はもう二度としませんともッ! この忠臣ザッカス、山より高く海より深く反省しております! 海、見た事ないけど」
珍しくザッカスが慌てだして手を振った。
「あれがバレた時は手足を縛られて雪山に放り出されましたね。いやあ、本気で死ぬかと思いました」
「そうだな、反省しておるよ。水もかけておくべきだったと」
団長は大きくため息を吐いた、そして疑問であった。本当にどうしてこいつは生きているのだろうか、と。
出来れば今すぐにでもクビにしてやりたいが、今回は宴会用の食材確保という任務を成し遂げているのであまり強くは出られなかった。ザッカスを処分するならば、食材の確保が出来なかった他の騎士たちもお咎めなしとはいかないだろう。
また、騎士団長といえど騎士の身分をそう簡単に剥奪出来なかった。下級も下級、末端といえど一応は貴族である。
家系図以外にザッカスが貴族である事を示すものなど何もないが。
「団長、そんなに疑ってばかりじゃなくて少しは褒めて下さいよ。俺は剣を折った後でもカマキリの腕を使って戦い抜いたんですよ?」
「うむ、そうか、よく意味はわからんがお疲れ……」
これ以上話を続けていたら頭がどうにかなってしまいそうだと、団長は諦めたように首を振った。
「わかった、新しい剣は用意しておこう」
「へへ……、いつもすいませんねぇ」
これでつまならない話は終わった、帰って酒飲んで寝よう。そんなザッカスの皮算用は即座に打ち砕かれた。
「お前の給料から引いておくからな」
「ふぁっ!? いやいやちょっと待って下さいよ団長、それじゃあ生活できませんよ?」
「熊肉を納めた時の金があるだろう」
「そんなもん、借金の返済ですぐになくなりましたよ!」
「威張って言うな!」
こいつを絞め殺してやりたい、それが世界と自分の胃の為だ。
それは誰にとっての救いであったか、団長がザッカスの首に手を伸ばしかけたところでドアをノックする音がした。
そういえば帝国のお偉いさん方が訪ねてくる予定だったなと、団長は面倒くさそうに、
「どうぞ」
と、答えた。
入って来たのは偉そうな格好をした初老の聖職者と、そこそこ偉そうな格好をした聖職者の若い女性だ。
ふたりの来客を見る団長の眼は冷ややかであり、ザッカスは興味がなさそうであった。『山の上の王国』は帝国の圧政から逃れた民が作った国であり、帝国人にあまり良い印象を持っていない。
数百年前の話であり、団長とザッカスが何か被害を受けた訳ではないが、それでも子供の頃から帝国は敵だと教え込まれた影響は拭いきれなかった。
偉そうな男、大司教の話は連れの神殿騎士シルビアに迷宮探索の技術を教えてやって欲しいとの事であった。
面倒くさい、それが団長の正直な感想であった。王国と帝国の友好を深めるというのは大いに結構だが、出来れば別の奴にやって欲しかった。
それは天啓か、悪魔の囁きか。団長の頭にひとつのアイデアが舞い降りた。この面倒事を解決し、さらに溜飲を下げる事も出来る最高の考えだ。
団長は笑い出したくなるのをなんとか抑えながら立ち上がり、ザッカスの肩をポンと叩いた。
「このザッカスは非常に優秀な騎士でして、彼に案内させましょう」
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