1-16【神秘術《ディー・アーク》:死神の口寄せ《ジャッジメント》】



 「パパ……? じゃ……ない……」


 墓場の奥の方。

 更に奥の闇から現れた夫に似た姿の男性。

 つやのあるエナメルスーツを着た、顔の半分が骸骨がいこつの姿。


 マリアが、骸骨がいこつの顔を見てなのか。

 夫ではない、禍々まがまがしい空気と違和感に気づいたのか。

 彼が、夫ではない。と本能的に否定したのか。

 マリアが、私を強く抱きしめる。


 「マリア……。ママから離れないで」


 相手からマリアが見えないように。

 隠すように腕の中で抱きしめる力を強めた。

 

 「パパ? マリア? ……フッ。なるほど。つまり君達が……」


 目の前の男性が小さい声で、ボソッ……と何かを呟いた気がする。

 

 嬉しそうに笑い始めて、意味深な言葉を呟き、マリアと私を交互に見て不気味な笑みを浮かべた。


 鳥肌が立ち、金縛かなしばりにあったかのように動けなくなっていた。


 「◯◯様、ドウシテ、コチラニ? ……ココハ、我ガ任サレタ場所デシテ……」


 私達を瀕死に追い込んだ階位悪魔アーク・デーモンが男性の名前を呼んだが。

 ……聞き取れなかった。

 耳には自信があるのに……。


 そして、不思議だったのが。

 階位悪魔アーク・デーモンは、自分の三分の一にも満たない身長の男性に、媚びへつらっていた事だった。


 ……わかった事は。

 二人が知り合いである事。

 階位悪魔アーク・デーモンが、男性を恐れている様子である事。


 「……おい。デク悪魔」


 夫に似た半骸骨の男性が階位悪魔アーク・デーモンを睨み、右腕を上げた瞬間だった。


 ブシュッ!!!


 「グァアアアアアアァァァッーーー!!!」


 階位悪魔アーク・デーモンが両膝を地面につけながら、大声を出しながら悲痛な叫びをあげる。


 叫ぶ悪魔の左片腕が二つ、宙を舞いながら地面に落ちた。

 悪魔の左肩から、黒い血液が噴水のように出血した。

 

 「誰が……名前を申して良いと言った?」

 「グッ、、アァ、、ア、、」

 「言語をやっと話せるようになった知能レベルの、図体だけが取柄とりえのデクの棒が……。あぁん?」


 バシンッ!!


 半骸骨の男性が地面に落ちた悪魔の左腕の一つを拾う。

 拾ったその左腕のてのひら階位悪魔アーク・デーモンほほを叩いた。


 切り落とされた自分の手で、自分の頬を叩かれる。

 見ているのが痛々しい、屈辱的くつじょくてき行為こういだ。


 「モ……申シ訳アリマセンデジタ……」


 オトキミ君達が瀕死になり倒せなかった階位悪魔アーク・デーモン威勢いせいはなく。

 同情するつもりはないが。

 傍から見ていて、悪魔が可哀かわいそうに思える。


 それだけ、半骸骨の男性の圧倒的な強さに恐怖した。


 「いやあぁーー!! こわいいぃぃーー!!」


 腕の中でマリアが怯え、泣き叫び出す。


 「おっと。コレは失礼。怖がらせすぎたかな?」


 何事も無かったかのように、左腕を階位悪魔アーク・デーモンの顔に投げ捨てる。

 酷い仕打ちだ。

 そして、笑顔でこちらの方を見て、口を開いた。


 「もしかして……君達は、愛しの妻と娘ではないか?」

 「……え?」


 男の唐突とうとつな言葉に声が出た。


 「実は、われは……【神様の試練】を乗り越えて、生き返った元人間なんだよ」

 「……え?」

 「その代償で、記憶が一部欠落けつらくしてしまってね……」


 半骸骨の男性が、こちらにゆっくりと近づいてくる。


 「我をパパ。と呼んだその娘の名前……【マリア】と聞いた時に、何かを思い出せそうになった」


 涙声で、こちらにそううったえながら、手が届く範囲まで近づいてきた。


 「さぁ、おいで。一度、その娘を抱きしめれば……もしかしたら記憶が戻るかもしれない」


 両手を広げ、優しい笑顔でこちらに微笑みかける。


 「大丈夫……怖がらなくていいよ」

 「__っつ!?」


 ー 大丈夫? ディア ー


 夫がよく言っていた言葉が脳内でよみがえった。

 目の前の相手が、天使てんしか、悪魔あくまか。


 ただ、その曖昧あいまい誘惑ゆうわくに負けそうになった。


 __その時。




 「ダメです!! ディアさん!! その人の言葉に惑わされてはダメだ!」




 離れた所から声が聞こえた。


 オトキミ君達が、息を切らしながら立ち上がっていた。


 「奥さん! オトキミ様が言うようにその人から離れてください!! その人からは強力な【魔力】を感じます!!」

 「き、け、ん(離れて)」


 アユラ君とガケマル君も無事だったようだ。

 アユラ君は確か……【魔力を感知する】秘術具アイテムの扱いにけてる。

 って夫が言っていた気がする。


 「オトキミ様……あの半骸骨の男……」

 「あぁ、分かってる。ユーサのアニキに似てるだけじゃない。魔力感知がなくても、強力な魔力を感じるよ。本来なら逃げるレベルだ。……でも」

 「そ、れ、は、で、き、な、い(二人を守る)」

 

 呼吸が整ったのか、瀕死だった様子が微塵みじんもない。

 三人共、戦闘態勢に入った。


 「__ッ!? 死ニゾコナイノ、カス共ガ……何故生キテイル?」

 「ディアさんの回復薬は他の薬師やくしが作るのとは違う特別性で、ユーサのアニキが言っていた通り、直接ディアさんから薬をもらうと、力がいてくる特別な効果が出る。みたいなんだとさ」

 「オトキミ様が言うように、まだ戦えます。奥さんの薬のお陰で、三人共無事です」

 「あ、り、が、と(ございます)」


 遠くにいる三人が、呼吸を整えて悪魔達を見た。


 「立チ上ガッタ所デ、何ガデキル? 大人シク死ネバ良イノニ……」


 階位悪魔アーク・デーモンがオトキミ君達には強気な姿勢を取り戻した。

 残った二つの右腕で、武器を持ち戦闘態勢に入った。



 「……アユラ、ガケマル。奥の手・・・を使う。協力して欲しい」



 遠くで、オトキミ君がボソッと二人に何かを伝えているのが聞こえた。


 「__っ!? オトキミ様! まさか、ズー三代目から授かった力・・・・・を!? 無茶です!! 今は止める事のできるユーサのアニキがいない、この場でその力を使うのは……」

 「き、け、ん(危ない)」

 「俺はどうなっても良い。もし……オレが見境なくディアさん達を攻撃しようとした時は……」


 ……授かった力? 危険? 私達を攻撃?


 「オレを……殺してでも止めてくれ。頼む」


 ……えっ? 殺してでも……止める?


 「ダメです! オトキミ様!!」

 「ダメもクソもないだろ!! じゃあどうすれば良いのかフニャフニャ」

 「お、ち、つ、い、て(慌てないで)」


 三人の会話を聞いていて。

 緊張感があるのか、ないのかわからない状態になる。


 「アユラ、ガケマル。お前らだから頼むんだ。……お願いだ!!」

 「オトキミ様……。わかりました。最後までお供します」

 「ま、か、せ、ろ(親指を立てる)」

 「作戦ハ、決マッタカ? カス共」

 

 三人の話が終わった所で、階位悪魔アーク・デーモンが話しかけた。


 攻撃してこない所を見ると、オトキミ君達に警戒心がないのがわかる。

 


 「あぁ、決まったよ。上司に怒られて可哀そうなデク悪魔ちゃんよ。しかと見ときな!!」



 《  ー 〇 呪文(スペル) ●秘術(アーク) ◎召喚(ゲート) ー 》



  オトキミ君が、腰につけた瓢箪ひょうたんに口をつけてから呪文を唱え始めた。 



 《 ー キチュネ!! ー 》



 口から煙が現れて、その煙が動物に実体化する。


 「コン! コン!! ケッコン!! コンッ!!」


 それは、可愛らしいキツネだった。


 「キチュネだぁー!! がんばれー!!!」


 マリアが喜んでいる。

 そういえばオトキミ君の召喚獣が好きだったね。

 娘が、街中のヒーローショーを見て応援している時のような盛り上がり方をしている。


 「行けっ!! キチュネ!!!」

 「コンッ!!!」

 「がんばれー! キチュネー!!! やっちゃえー!!!」


 可愛らしい煙のキツネが、目にもとまらぬ速さで駆け抜ける。


 「……ハ?」


 そして、階位悪魔アーク・デーモンの横を通り過ぎて何処かに消えていった。


 「どこいくのー! キチュネー!! そっちじゃないよー!!」


 マリアの声に連れられてなのか。

 そこにいた全員が。

 遠くの方まで、見えなくなるまで。

 キツネが走り去っていくのを見つめていた。


 降っていた小雨の音だけが周囲に聞こえる。

 まるできつねの嫁入りのように。

 

 「フ……フッハッハッハッハッハッハッハッハ!!! コレガ、貴様ノ行ッテイタ奥ノ手・・・カ!! ドコカニ逃ゲテ行ッタゾ!! 何モナイデハナイカッ!!」


 キツネが消えていった方向を指さして、階位悪魔アーク・デーモンが大声で笑い始めた。


 しかし……。


 「バカが……。これだからデク悪魔は……」


 半骸骨の男性が、呆れるように呟いた。


 彼が見ている先に目を向けると……。



 「そうさ……何もないけど。この瞬間ときの中で、言葉を語るよりも、口寄せを……」



 オトキミ君が自分の唇に。

 稲妻いなづまのようにジグザグにれるおはらい棒の紙垂しでを当て。



 「  ≪ - さぁ、おにが出るか、じゃが出るか ー ≫  」



 神様に祈りを捧げるように、呪文を完成させようとしていた。


 

 「  ≪ 【神秘術ディー・アーク】 ≫  」


 

 オトキミ君の背中から後光がさすようなオーラが見えた。



 「 ≪ 【死霊審判者の口寄せジャッジメント】 ≫ 」



 唱え終わると同時に、オトキミ君が光始めて、姿が見えなくなるほどの煙幕えんまくが上がった。



 「__ナ、ナンダ!!? ウッ!!」



 オトキミ君がいた方向の煙幕から、階位悪魔アーク・デーモン目掛けて白い光線のような物体が飛び掛かった。


 ギチギチギチギチギチ……!!!!!


 そして、何かの肉を締め付けるような、生々しい音が聞こえた。



 「グッ!! アアアアアアアァァァァーーーー!!!!」



 大きな断末魔だんまつまと同時に煙幕が晴れて、音の正体が分かった。


 階位悪魔アーク・デーモンよりも大きな白い蛇が、階位悪魔アーク・デーモンに巻き付きめ殺そうとしていた。


 音の正体は、階位悪魔アーク・デーモンの身体の肉を引きちぎろうとする音だった。



 「ア……ガ、、ガ、、ア、、、ガアアァア!!!」



 バァン!!!

 ……シュー。



 そして、大きな音を立てて階位悪魔アーク・デーモンははじけ飛び。

 その肉塊は、音を立てて灰になった。



 「【神秘術ディー・アーク】……だと? 神にか? いや、亡くなった誰かからか?」


 半骸骨の男性が、オトキミ君の呪文を知っているかのような口ぶりだった。


 

 「シャアアアアーーーーーー!!!!!」



 巨大な白い蛇が、この場にいる私達全員に大声で威嚇いかくをした。


 そして……。


 ドカンッ!!!!


 白い蛇が高速で、アユラ君とガケマル君に飛び掛かり、攻撃し始めた。


 間一髪かんいっぱつ

 避ける事ができたのか、蛇は地面に激突して、地面が大きく割れた。



 「オトキミ様! わかりますか!! 俺です!! アユラです!!! 方向は俺達じゃない!!」

 「あ、っ、ち(半骸骨の男性を指さして)」



 アユラ君達が白い蛇に大声をあげて気づいた。


 「え!? ママッ!! オトキミおにいちゃん……へびさんになっちゃったの?」


 マリアと同じ疑問を脳内でしていた。


 「なるほど……。術者の理性はないか。ならば、まだ【神秘術ディー・アーク】を使いこなせていない未熟者が、亡くなった誰かから術を。という訳だな。面白い」


 半骸骨の男性が、何かを呟きながらオトキミ君と思われる白い蛇に、無防備な様子で近寄っていった。



 「どうした? 修道者しゅうどうしゃの小僧。我はココにいるぞ? かかってこい」



 気付けば、白い蛇の頭を撫でる事ができるぐらいの距離まで間合いを詰めていた。



 「シャアーー!!!!!」

 


 白い蛇が、半骸骨の男性に巻き付いた。


 先ほどの階位悪魔アーク・デーモンと同様に引きちぎられるのではないかと思ったその瞬間。



 「……やはり、未熟者ではこの程度か。フンッ!!」



 半骸骨の男性が、蛇の巻き付きをほどき、右手を上に挙げた。



 ブシャッ!!



 「アアアアアァアァァアアァーーーーー!!!!!!!!」



 白い蛇は切り刻まれ大量の出血をしながら、断末魔をあげた。


 そして、白い蛇が煙幕を出しながら小さくなっていった。


 「オトキミ様!!! オトキミ様っ!!!!!!」

 「ま、ず、い(死なないで)」


 アユラ君とガケマル君が煙幕の中に駆け寄った。


 煙幕が晴れるとそこには、傷だらけのオトキミ君の姿が現れた。


 それは、長い間沢山の患者さんを診てきたからわかる。


 このままでは……。



 「__っ!!? いけない! 早く治療をしないと!!」



 オトキミ君達に、急いで駆け寄ろうとすると……。



 「おっと。失礼。誰が通すと言ったんだい?」



 半骸骨の男が、私達の行く手を邪魔してきた。

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