第12話 青い蛇のピコ

 翌朝、朝食を摂った後すぐに出発することになった。

 ここにいる全員ではなく、数名での移動だ。

 サクラとローズさん、ダイゴ、ニーハさん、マリーさん、それとセラさんというローズさんの護衛役の人にトリスさんという厳つい武人然としたイケメン。

 オレを含め総勢8人、これにリサが加わっている。

 移動は徒歩ではなく馬で行くそうだ。

 だがしかし、問題があった。

 俺は乗馬なんてしたことがない。つまりは馬に乗れないのだ!


 8頭の馬たちは人懐こく、初めて見るはずの俺に顔や体を寄せたりしてくるのだが、如何せん乗りこなすのは無理だろう。

 ホントに、何となくだけど乗せてくれるって言っている様にも感じたんだけど、無理なものは無理だろう。

 という事で、なんとリサが載せてくれると言い出した。

 えーとね、たしかにその巨躯なら人を乗せても問題ないと思うんだけど。

 問題なのは俺が乗れるかって事なんだよ、そもそも。

 まぁ、考えたところで答えは出ないので、結局リサにお願いした。


 「では、まいります、準備は良いですか、タカヒロ様。」

 「は、はい、大丈夫です。」

 「タカヒロ様!」

 「は、はい!?」


 サクラが厳しい声で俺の名を呼んで


 「言葉遣いがなっていません!」


 と叱責してきた。

 それを見たローズさんは口元を押さえクスッと笑うのが横目に見えた。

 そういや、丁寧語も禁止だったな、ごめんよ、サクラ。

 バツが悪い、と頭を掻きながら


 「あ、ああ、準備はいいぞ、サクラ!」


 そう言うと、サクラは優しく微笑み返して


 「ふふっ。では、行きましょう!」


 と号令をかけたのだった。

 他の団員も昨夜の件は周知されたらしく、皆苦笑しているのは言うまでもない事だ。

 まぁ、恥ずかしかったけど他の皆に責められるよりは良かったかな。


 本拠地というのは、馬で丸々1日ほど移動した先にあるそうだ。

 なので今夜はどこかで野宿というか野営となるらしい。

 一応の整備がされている山道を進んでいく。


 聞けば、この街道は南にある“ネリス公国”と北にある“ラディアンス王国”とを結ぶ主要街道なのだそうだ。

 それにしては通行する人が殆どいないのは


 「2年前ほどから、盗賊どもが跋扈していて、通行人に害を及ぼしているからな。」


 と、ダイゴが教えてくれた。その上


 「魔獣も多くなってたし、とても普通に通れる道じゃなくなったんだよ。」


 とはマリーさんの弁。

 しかも


 「害獣達を殲滅するのに、私達狼の群れが縄張りを張った、というのもあるかもね。」


 とリサがこっそり教えてくれた。

 なるほど。

 盗賊は今でもゲリラ的に出没するらしく、中にはどう見ても一国の兵士くずれのような者までいるそうだ。


 そんな輩を討伐するのが山賊団、というわけだ。

 で、このミーア山賊団はその2年前に結成された、比較的新興の山賊団なのだとか。

 という事は、山賊団はほかにも複数の集団がいるって事か。

 山賊団同士で揉めたりしないんだろうか?と、少し心配ではある。


 ちなみに害獣やら魔獣は概ね排除したらしく、リサの本来の群れによって再侵入を防いでいるとのこと。

 これはまたリサがこっそり教えてくれた。


 出発してから大体3時間が経過した頃だろうか、木々の間から見える空に、一羽の鳥が飛んでいるのが見えた。

 鳥、というか、何か鳥形の恐竜のようにも見えるんだけど。

 なんぞ?あれ。


 と、若干開けた場所に来たところで一同は馬を止め、下馬した。

 ここで小休止するとのこと。

 早馬ではないので乗っている人もまだそれほど疲労感は無いが、先は長いのでこまめに休憩を取るんだそうだ。

 俺はずっとリサにまたがっていたので楽なんだが、リサは疲れないのかな?


 「リサ、俺重いだろ、平気か?」

 「大丈夫、全然平気だよ、というか嬉し……ん?」


 と会話を切って道端の奥の方へと視線を向けた。


 「これは……ねぇタカヒロ、ちょっとお願い、付いて来て。」


 とリサは草むらの中へ進んでいってしまう。


 「ちょ、ちょい、リサ! あ、ごめんサクラ、リサがなんか……」

 「何かあるのでしょうか?リサ様の雰囲気が?」


 構わず歩くリサ、それを追う俺。

 するとサクラが慌てて


 「ローズ、ニーハ、ついていってください!」


 と俺達に二人を同行させた。

 道から10メートルほど進んだ先は、若干開けた野原だった。

 リサはその中ほどで歩みを止め、俺に向かって


 「タカヒロ、あれ……」


 と、鼻先で何かを指した先に、何か太いロープみたいなものがある。

 というか、ライトブルーの、綱?

 近寄ってみてみると、それは紛れもなく蛇であった。


 「おお、ヘビか、ん?」


 見ると、尻尾付近を怪我している、というか、これ、鷲とか鷹の爪でやられた傷みたいだ。

 上を見上げると、先ほどの鳥みたいのが遠くに飛んでいくのが見えたが、どうやらアレにちょっかい出されたのか。

 傷のせいか、抵抗して体力を消耗したのか、ヘビはぐったりしている。


 「怪我してるじゃないか、どれどれ。」


 このヘビ、毒蛇特有の頭の形状はしていないし、瞳も黒く瞳孔もまんまるとしている。

 アオダイショウみたいな感じだが、色が違っている。何というか、白地に透き通ったライトブル―の色。

 率直に言って、見たことがない、思わず見とれてしまうほどの美しい色合いのヘビだ。

 尻尾付近の傷の具合を見ようと手を伸ばすと


 「シャー!!」


 と威嚇してきた。


 「大丈夫だ、何もしないよ。」


 と告げ、延ばす手は止めない。


 (心配ありません、任せるがよい)


 とリサがヘビに向かって言うと、ヘビはきょとんとした表情に変わり、やがて大人しくなった。


 「いい子だ、大人しくしてな。今怪我を診るからな。」


 医者じゃないので診るもくそもないが、治りそうな傷なら治してあげようと思った。

 だってさ、こんなに奇麗なヘビなんだぜ?


 基本、俺ヘビは嫌いじゃない。

 というかむしろ好きなほうだ。

 とは言っても、マムシやハブなんかの毒蛇は嫌いだけどね。

 何より、傷があったらこの美しさも台無しだし、傷が致命傷になりかねないしな。


 ヘビはリサと意思疎通ができたようで、大人しく俺が傷の周囲に手を掛けるのを見ている。

 傷を見ると、それほど深くはないようだ。

 鱗が数か所剝がれていて肉は若干切れているようだが傷は浅そうではある。

 そこへ、ようやく追いついたローズさんとニーハさんが到着し、俺の手元のヘビを視認すると


 「タカヒローいったいどうし、うわ!ヘビ!」

 「こ、これはデッドスネーク!」


 デッドスネーク?

 なんだ、そのマンマな名前は?


 「デッドスネーク、ですか?」


 恐怖の表情を浮かべ、ニーハさんが解説する。


 「この近辺に生息する猛毒を持つヘビです。滅多に出現しませんが気性が荒く気軽に人を襲ってくる獰猛なヘビです。」


 そうなのか。


 「噛まれたら数分で死に至るという、恐ろしいヘビよ。」

 「特徴的な淡い青に黄色の斑模様、角ばった頭がデッドスネーク、の、ん?」

 「ん?」


 ん?


 「では、この子は違いますね、黄色い斑点は無いし頭部は角ばっていないし。」

 「そ、そのようですな……」


 ともあれ、怪我を治療しようか。

 バッグから携帯救急キットを取り出す。

 これは外出時、常に所持しているのだ。

 何故かと言うと、キットにある鼻毛切狭は常備必須なのだ。

 鼻毛って、いつの間にかすっごく伸びるからね。

 こう見えて俺は身だしなみには気を使ってるんだ、と思いたい。


 「どれ、ちょっと大人しくしててな。」


 ヘビは大人しく体を俺の手に委ねている。

 賢いな、ちゃんと理解しているんだろうか。

 救急キットから消毒剤と傷用の軟膏、大き目の絆創膏を出す。

 ティッシュに消毒剤をまぶして、まず傷口を拭く。


 「ちょっと染みるからな、いい子だから我慢しろよ。」


 傷口に触れると、やはり痛いのか


 「ピー!」


 と鳴いた。

 ……ヘビって、鳴くんだな。

 いや、声帯がないから普通声は出ないはずだが。

 鳴いたと思ったら、あまりにも染みてびっくりしたんだろう、俺の左手に噛みついた。


 「あ」

 「あ」

 「あ」

 「タカヒロ!噛まれてるじゃない!」

 「い、いかん!タカヒロ様!すぐに手を離して……」

 「あー、ダイジョブダイジョブ。痛くないし、心配ないでしょう。」


 慌てる二人をよそに、ヘビの治療を続ける。


 「まだ染みるからな、そのまま噛んで我慢しとけよ。」


 消毒を終え傷に軟膏を薄く塗り、絆創膏でカバーする。

 人間用の傷薬だけど、ヘビにも効くのかな?という不安はあるが、何もないよりはマシだろ。


 「よし、これでいいだろ、もう痛くないぞー。」


 ヘビは治療した所に頭を寄せ傷のあった尻尾を確認し、絆創膏を見てから俺に向き直った。

 心なしか、このヘビ喜んでいるような気もする。というか、俺をじっと見つめている。


 すると、ヘビは俺の腕をスルスルと伝い、俺の首を一周して輪っかになった。

 さながら首飾りみたいな感じだ。

 首飾りになったヘビは再びこちらを向き


 「ピー。」


 と、また鳴いた。

 どうやら感謝しているようだが、なぜ俺に巻き付く?

 離れる様子もないので、仕方なくこのままにしておくことにした。

 別に害はないと思うし、山賊の皆さんがヘビごときが苦手とも思えないしね。

 そんな一連の様子を、リサはまた優し気に見ているのであった。

 そのままサクラ達の元へと戻った。


 「タカヒロ様、それはヘビでは?」

 「あー、うん、ちょっとね。」

 「ダンナ、それ毒蛇じゃないのかい?危ないんじゃ?」

 「えーと、どうも違うみたいだね、普通のヘビみたいだよ。怪我してたんで治療したらこの通り、懐かれた、あはは。」

 「懐かれたって……」

 「離れる様子もないので、このまま行こうかと。邪魔にならないし、何より何となくカワイイし、このコ。」

 「カワイイって、タカヒロ様ヘビがお好きなのですか?」

 「好きって程じゃないけど、毒蛇以外は嫌いじゃないよ。」


 すると、ヘビは頭を顔寄りに寄せて、今度は俺の耳たぶに


 「カプッ!」


 と嚙みついた。


 「「「「「 !! 」」」」」


 一同驚愕である。

 さっきほど噛む力も強くなく、甘噛みっぽい感じで噛みついている。

 何となくだが、無害をアピールしているようにも思える、というか甘えているようにも思える。


 「だだだだだ、大丈夫なのですか!毒とか!、その!」


 慌てるサクラを見るのは初めてだ。

 なんか、新鮮な感じだ。


 「大丈夫、痛くないし、毒もないかも知れないしね。甘えてるのかも。」


 ヘビは噛むのを止め、再び首飾りに戻った。

 俺の目をみて、なにやら笑っているようにも見える。

 ま、気のせいだな、うん。

 そんなこんなで小休止も終わり、再び本拠地へ向けて出発した。


 「そういや、お前このままついてくる気か?」


 ヘビに問いかけるが、当然ながら返事はなく、ただ俺を見つめている。


 「まぁ、傷が治るまでは放っておけないし、それも良いか。」


 そう言うと、ヘビは嬉しそうに


 「ピー!」


 と、また鳴いたのであった。

 そういやヘビって呼ぶのもなんだな、せっかく懐いてくれているし。

 そう思って、このヘビにも名前を付けてやろうと思った。


 「名前、ねぇ、なんというか、鳴き声?があんな感じだし、そうだなぁ、“ピコ”ってのはどうだ?」


 ヘビに向かって言ったところで分かんないだろうけどね。

 するとヘビは小さく


 「ピッ!」


 と鳴き、喜んだ様子。

 頭を俺の頬に寄せ、すりすりし始めた。

 どうやら喜んでくれたようで何よりだ。

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