第152話 月食の爪牙 

院外では、鬼人の掃討を続けるUCBDクーリーバのエージェントたちが周囲の状況を確認していた。


「警部、周囲に他の個体は見当たりません」


「これで、一件落着……退治は完了ですね」


小田切警部は慎重に辺りを見渡し、敵の兆候がないことを確認すると、次の行動を指示した。


「ふむ。警戒は怠るな。救援隊が来るまでの間、負傷者の救助にあたるぞ」

だが、その矢先だった――。


突然、病院の上層部で爆発が起こった。場所は院長室。


轟音とともにガラスが砕け、火の粉と黒煙が吹き上がる。


「な、なんだあれは……!?」


ムーンセイバーが立っていた位置からは、爆発の起きた院長室がはっきりと見えた。部下たちも目を見開き、小田切警部も思わず表情を強張らせる。


「優月姉さん……!」


爆発を見上げた勇真は、顔色を変え、そのまま病院内へと駆け出した。


「……何があったんだ?」

若い男性エージェントが呟く。

「まさか、院内にまだ別の鬼人が潜んでいるのか?」

「でも、あれほど正気を失っている連中が、あんなピンポイントで爆破できるとは思えません」

冷静な女性エージェントが言った。


「……戦闘可能な者は、私についてこい!」

小田切警部が再び指示を飛ばすと、わずか5秒後、病院の消防システムが作動。合金製の防火扉が降下し、天井のスプリンクラーから散水が始まった。外気と遮断されたため、外からは煙も炎も見えなくなっていた。


その様子を眺めながら、ムーンセイバーが小さく呟く。


「……妙だな。病院全体の電源が落ちていない。誰かが意図的に特定の場所だけを狙って破壊したのか?」

 

 *


爆発の10秒ほど前――


亮は別階層でシーツを見つけ、それを手に優月のもとへ戻る途中だった。突如、振動とともに爆音が響き渡る。


「……爆発!?まさか……!」


すぐに足を速め、優月のもとへ戻った亮は、手にしたシーツで倒れている美帆の体をそっと覆った。


「これで……少しは安心だな」


「亮くん……ありがとう」


「俺は爆発の原因を調べてくる。もしかしたら、もう一人の看護師……中村佳子さんの仕業かもしれない」


亮は鋭い眼差しで天井を見上げた。杉臣に襲われた看護師は3人。そのうちの1人、佳子の行方はまだ不明だった。


優月は眉をひそめ、亮に向かって声をかける。


「待って、それなら『月の心』を――」


首にかけていたペンダントを外そうとするが、亮は穏やかな笑みでそれを制した。


「いや、それはあんたの命綱だ。戦場ではまず“姫”を守るのが騎士の役目だろ。江田さんのケアが君に頼む、すぐ戻るよ」


そう言い残し、亮は走り去った。


「待って、亮くん!」


優月の声は、もう廊下の奥へと消えていく彼には届かなかった。

 

 *


亮はMPディバイスのライトを頼りに、爆発音の方向を確認しながら進んでいた。病院内の案内図と、杉臣たちの行動パターンを思い返す。


――爆発の起きたのは、おそらく院長室。


逃走経路として最短ルートを考えれば、屋上へ向かうはずだ。

亮は素早く階段を駆け上がっていく。


7階、屋上へ続く踊り場に差しかかった瞬間――。


閃光とともに、上から誰かが飛び降りてきた。反射的に身を引いた亮の横を、ビームの刃が掠める。


床をえぐる音が響く。殺意は明らかだった。


ライトを向けた先には、ナース服姿の女性――三嶋の姿があった。


「……お前、病院の看護師か?」


しかしその女は、小悪魔のような微笑みを浮かべ、挑発するように言った。


「ふふん、違うわよ。私はを処理するために来たの。矢守亮……いえ、【月読のメシア】と呼んだ方がいいかな?」


その言葉に亮の目が見開かれる。自分の名も、月読のメシアという正体も完全に知られていた。優月の命が狙われている――その現実が頭をよぎる。


「お前たちは……神宮寺優月を狙っている組織の人間か!」


女は光刃を放つ30センチのビームナイフを構え、薄く笑った。


「その通りよ。あなたは、本来こちら側の人間のはずなのに……どうして『月の民』なんかを守ってるの? あなたは人類のメシアなのに」


亮は感情を抑えつつ、低い声で反論する。


「彼女が死ねば、災禍が降る。人類も終わる。それくらい分かってる」


「ふふっ、じゃあ、災禍を回避するために、私たち月食イクリプスが動いてるってわけ」


「……それで鬼人グルートを作って、人を犠牲にして正義を語るな!」


「やっぱり、あんたは使えない。口だけの正義漢。死んでもらおうかな」


ビームナイフを構え、再び飛びかかってくる三嶋。


狭い空間でも亮には彼女の動きが見えていた。すれ違いざま、彼女の腕と襟をがっちり掴む。


「はっ!」


気合とともに、内股を使って投げ飛ばす。鋭く決まった一本背負いのような動きに、三嶋は床に叩きつけられた。


「くっ……!」


ナイフが手から滑り落ち、刃が消える。


床に座り込んだまま、彼女は腕を抱え、なおも睨みつけてくる。


「観念しろ。UCBDに引き渡す」


「ふふ……そう簡単にいくと思って?」


三嶋は懐から小さなカプセルを2つ取り出し、床に投げつけた。


「出ておいで、子たち!」


玉型のカプセルが弾け、そこから現れたのは――巨大なムカデ。全長5メートル、胴体の太さは80センチを超える。


「なんだこれ……ムカデ!?」


「【タンザナイト】の液を使って培養した実験体よ。この子たちと、たっぷり遊んであげてね。じゃあね、月読のメシアくん!」


 嘲るような笑い声を残し、三嶋は床からビームナイフを拾い上げた。そして手元のコントローラーを操作すると、突如として空間が揺らぎ、光学迷彩に覆われていた漆黒と深紅の機体が姿を現す。


 そのマシンは、まるで巨大な蜘蛛を思わせる構造だった。鋭く湾曲した足のような機械アームが左右に10本。機体の上部には、ワイルドな形状の黄色いウイングが後方に大きく展開されている。


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