第14話 謎の尾行者の委託 ③

亮は少しだけ冷静になると、皇月の使徒から送られた地図を開いた。

 本屋を後にして、MPディバイスを頼りにマークされた場所へと向かう。

 賑やかな街から離れ、港エリアの反対側を歩いていく。ゆるやかな坂道をのぼり、人けの少ない住宅地へとやってきた。


 目的地は、マシンの停泊場だった。

 泊まっているマシンは少なく、日はすでに落ちている。空は暗く、停泊場の街灯だけが煌々と明るい。


 目的地に到着し、それからどうすればいいのかと思っていると、一台のマシンのライトが光った。それは見たこともない形のマシンで、細長いW型の、二階作りのものだった。左右と真ん中、三つのエンジンが組み込まれている。全体が青い光を反射する謎の金属で作られていて、機体の表にはエネルギーの流れを映すように青い紋様が走っている。


 ライトはその特殊な構造のマシンをじっと見て、それが一般の民間人用マシンではないとすぐにわかった。マシンは浮上をはじめ、2メートルの高さで停まる。底が変形して伸び出し、乗船橋のようになる。青い光の中から、二人の人影が降りてきた。本屋で話し合った男と、もう一人、同じ黒服を着た、茶髪にコーヒー色の肌の男だ。

 コーヒー色の肌の男は周囲の様子を見張るように目を光らせている。

 地上に降り立つと、本屋で話した短髪の男が亮に話しかけた。


「来たか」


「話の続きを聞きに来た。俺と会いたい人はどこにいる?」


「キールスさまはすでに待たれておる。船にお乗りなさい」


 男の背後、マシンの内部には青い光が満ちている。亮は躊躇いなくマシンに向かった。


 亮が乗船橋を上っていくのを、二人の男は外で見ている。亮は振り返った。


「お前らはここに残るのか?」


「あなたとキールスさまの談話は一対一で行われる、我らには聞く権限がない。我らは外で見張っている」


「そうか」


 亮は覚悟を決めて客室に踏み込む。すぐに乗船橋が閉まった。

 想像以上に広い船室には、四人が一列になって座れる座席がある。その対面に、一人席の上座があり、一人の老人が座っていた。立て襟のフォーマルなジャケットを着たその老人は、痩せた顎に髭を伸ばしている。両手には一本の杖を持って、彼を支えていた。


「お前がキールスか」


「いかにも。少年、座りなさい」


 亮はキールスの対面に腰かけた。黒服の男たちとは違い、明らかに一般人ではないオーラを持っている。


「10年ぶりじゃのう」


「俺はお前に会ったことはない」


「いや、わしが話しかけたのは、月の心じゃ。それは元々、儂の可愛い孫娘のものじゃった。君の持っているそれは、完全体ではないのう」


 キールスは優月の祖父だというが、亮は半信半疑だ。警戒を解くことはできないまま、亮は月の心の由来を話す。


「10年前、俺はある女の子と一緒に、グールからの襲撃を受けた。彼女は俺を守るため、このペンダントの一部を預けてくれた」


「うむ、長い年月、月の心を持っていた君なら、それがどんな物か分かっているんじゃろう?」


「これを身につけている者は、病気や事故を免れ、鬼からの攻撃も防ぐことができる、人智を超えたお守りだ」


「確かにそのような機能もある。じゃが、それは皇月こうづきの、王族としての象徴でもある。さらに、現国王から次世代の王位継承者へ贈られた、非常に大きな意味を持つ物なのじゃ」


「皇月の……。何故彼女は俺に、そんな重要な物を……」


「優しい孫娘のことじゃ、純粋に君を救いたいと思ったんじゃろう。ともあれ、彼女はそれを君に預けた。約束が果たされるまで、しっかりと持っていなければならん」


 亮はしばらく黙ってから、キールスに訊ねた。


「俺をここに呼んだのは、月の心の秘密を教えたいからってだけじゃないだろ」


「察しがいい、君に頼みたいことがある。儂の可愛い孫娘、ティアミスを助けてもらえないかのう?」


「ティアミス?……俺にこのペンダントを預けたのは、優月という名の女の子だ」


「ふむ、それはおそらく、人間社会に馴染むために付けられた、地球での名じゃ。12年前、儂の息子一家は、地球に生息する人間の視察のため、地球へと降り立ったんじゃ」


「……頼みってのはつまり、神宮寺財閥に軟禁されている彼女を、連れ帰ってほしいってことか?」

 

「そうじゃ、儂の手に入れた情報では、ティアミスは神宮寺家の本家が住む屋敷に長年に渡り閉じ込められている」


 目の前の男は、長年に渡り自分を監視し、家族に辛い思いをさせ、母を死に追いやった集団の長だ。不審感は拭えなかったが、彼の話を聞いているうちに亮は、家族が離ればなれになる悲しみや怒りに同調し、話の続きを聞こうという気持ちになった。


 船内の中空に映像が映し出された。

 とてつもなく大きな敷地に、洋風の屋敷が建っている。映像は外観全体を映したあと、三階のバルコニーへとズームインしていく。そのフランス窓の中には、一人の女性がいた。亮はその女性を見て、一瞬わけがわからなくなった。そこにいたのは、神宮寺葉月にそっくりの顔をした女性だった。だが、様々な角度からの映像を見ていると、葉月よりも少々大人びているようにも見える。長い髪のサイドを編み込みにした、ガーリーなハーフアップが、大人っぽさをさらに際立てている。


 本屋で葉月と会った時、彼女は何度もお姉さまと呼んでいた。


「この情報……本当に正しいのか?神宮寺葉月とそっくりじゃないか」


 亮は、ただ普通に、葉月に姉がいるだけではないかと思った。そうでなければ不自然なほど、その女性は葉月に似ていたのだ。


「君は知らないかもしれんが、神宮寺財閥は最先端の生命科学技術を研究している。奴らは儂の可愛い孫娘を捕まえ、実験台として様々な実験を受けさせ……」


 話しながら怒りがこみあげてきたのか、キールスは早口になり、口調にも重みが増していく。


「君の知っている神宮寺葉月というのは、儂の孫娘から作り出された偽物じゃろう」


 亮にはどちらの言っていることが真実なのか、どれだけ話を聞いても判断することはできなかった。

 だがその時、映像がさらにある一部を拡大していった。それは、彼女の胸元に光る輪状の飾りだった。それを見て、亮の記憶が駆け巡る。間違いなく、それは月の心だった。彼女はその枠組みだけを残し、宝石とチェーンを自分に渡してくれた。その懐かしい首飾りだけが、亮にとって真実だ。


亮はその女性が優月ゆうづきであると確信するとともに、キールスの言葉を信じた。優月は神宮寺の屋敷に閉じ込められている。


 そして、キールスの怒りが燃え移ったように、亮の臓腑にもふつふつと怒りがこみ上げてきた。拳を握り、力を込める。


「俺は、彼女を助けたい。だけど俺には、誰かを守るための力がない」


 優月に守られ、母が死んだ。どれだけ体を鍛えても、亮の心には弱さが染みついていた。


「きっとこの屋敷には厳重な警備がある。俺のようなただの高校生には、何もできることはない……」


「うむ……儂は、君にある力を託そうと思っておる」


 キールスが右側のボックスの蓋を開けると、金属製の箱が自動的に飛び出した。箱の表には円の紋様が刻まれ、その中に細かな紋様と、Ⅸの数字が描かれている。


「少年、箱を取り、その上に掌を置きなさい」


 亮は考えるよりも先に箱を取り、右の掌を置いた。すると、亮の何かに反応するように青い光が吸い取られていき、箱の紋様に光が走ると、カチリと音がして、鍵が開いた。


 亮が一瞥すると、キールスは開けなさいというように深く頷いた。

 箱の蓋を開く。そこには、紡錘形の盾が付いた腕の装甲。楕円形の装置。そして、月の心と同じ宝石が組み込まれたメダルという、装備一式が置かれていた。


「これは……?」


「皇月の審判秘宝ジャッジメントウェポンの一つ。第Ⅸ番の月霊弓オカスソリスじゃ」


「そんな大切な皇月の武器を、地球人の俺に託して良いのか?」


「鍵が開いたということは、弓が君を認めたということじゃ。儂の孫娘が君に月の心オツキハートを預けたのも、間違ってはいなかったということじゃろう」


「だけど、俺は弓術なんてやったこともない……こんな武器、どうやって使えばいいのか……」


「心配ない、審判秘宝は心と思いで使う武器じゃ。10年間、月の心とともに生きた君のマナであれば、問題なく使えるじゃろう。救出の策についてはすでに練ってある。君がオカスソリスを装着すれば、作戦は上手くいくじゃろう」


「この、オカスソリスは……どうやって使うんだ?」


「うむ、まずは腕の装甲を着けなさい。マナを導引するためのコアはどこでも構わん。最後に鍵を付ければ、ただちにスーツが着装される」


「分かった。きっと、優月を連れ出してみせる、このオカスソリスで」


 亮は迷いなく装甲を取り出し、左腕に着けた。

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