第56話
スカーレットが立てこもっている裁判所に軍隊の投入が決まった。
しばらくすると、空に一機のオスプレイがやって来た。それを見たマシューが叫んだ。
「みんな手をつなげ! 裁判所を人間の鎖で囲むんだ。裁判所内には、軍隊を一歩も入れるな!」
彼らは、州警察ともみ合いながらも裁判所の方へ近づいて行った。そうして、裁判所を人間の鎖で幾重にも取り囲み、軍隊からスカーレットを守った。
ゴトゴトと大阪市の焼け野原に置かれていたコンテナが動き始めていた。それを見張っていた自衛官が慌てて上司に報告した。
「大変です! 眠らせている御神乱たちの睡眠薬がもう効かなくなってきてるみたいです」
「もっと睡眠薬を投与してはどうだ?」
「もうこれまでも随分投与し続けてきたんですが、もうこれ以上は無理みたいなんです」
そして、コンテナが内側から強い衝撃を受けて転げ始めた。その衝撃でいくつかのコンテナの扉が開いた。
「あっ、あっ、あっ、大変です! 出てくる……。出てくる!」
コンテナから次々と出て来た御神乱たちは、青やピンクに背中を光らせながら、アメリカ占領軍司令部のある堺市役所を目指して歩き始めた。
堺市の庁舎にいた和磨のもとに連絡が入った。
「井上大臣、大変です! 巨大化した御神乱が出現しました。催眠弾は使用不可能です」
「どこだ?」
「大阪市の大阪出入国在留管理局です。既に建物はかなり崩壊していて、御神乱は外に出ようとしています。御神乱のターゲットは日本国政府であると思われます」
「とりあえず向かう。ヘリをこちらへまわしてくれ」
「分かりました」
電話を置いた和磨は、松倉と鹿島に連絡を入れた。
「松倉さん、すみませんが、私に動向を願えますか?」
ヘリで現場に急行する和磨。隣にいた自衛官が説明していた。
「近くの住民は避難を開始しています。どうします?」
「どうしますと言うと?」
「いや、我々が御神乱を殺さないで守ろうとするのは、それは、これまでの巨大御神乱は日本人であったからです。日本人を守るのが自衛隊であるからです。でも、今回は違う。外国人の御神乱です」
「……」和磨はむっとして黙っていた。
「自衛隊はこの御神乱を殺すべきだと言うものもいて、世論を煽っています」
「誰だ! そんなことを言ってる奴は?」
「独立愛国党の総裁です」
「そんなもん、捨てておけ。外国人だって人間だ。人間を殺して良いなどということはないだろう」
「井上大臣、何か策でもあるのですか?」鹿島が和磨に聞いた。
「ええ、まあ」
和磨は、瞳が人間に変わった事実、真太から聞いた事実を考えていた。そして、もう一つ、四回目に大阪市に現れた御神乱が、自衛隊とアメリカ軍の交戦中に消えた事実についても考えていた。和磨は松倉に聞いた。
「松倉さん、例の消えた四回目の御神乱ですが、あの後、焼け野原で全裸の男性が保護されていますよね?」
「はい。あのとき、しばらくは放心状態でさまよっていたらしいのですが、保護されて取り調べを受けた結果、自分は大戸島から来たんだということを言ってます」
「やっぱり」和磨は言った。
「やっぱりって、どういうことです?」松倉は和磨に聞いた。
「あの男は、四回目の御神乱だった男だったんじゃないかと思いましてね」
「ええ! 御神乱が人に戻ったって言うんですか」鹿島が言った。
「そんなバカな!」松倉が言った。
「はい。消えたんじゃなくて、人に戻ったんです」
「どうして、また?」鹿島が言った。
「おそらく、それは自衛隊が大戸島の人間を日本国民として守るのだという姿勢を見せたからです。彼らの憎しみのターゲットは、彼らを苦しめていた日本政府だったのですから」
「それが、そうではないと認識できたから元に戻ったと?」鹿島が言った。
「はい」
しばらく飛行をしていると、大阪出入国在留管理局が見えてきた。
日が暮れかけていたが、そこには青白く光るものが激しく動いているのが見て取れた。
「あそこです」パイロットが言った。
見ると、大阪出入国在留管理局に一体の巨大な御神乱がいて暴れまわっていた。
「運動場は危険で着陸できませんので、屋上のどこかに降ります」
建物の屋上に着陸すると、助けてくれと言わんばかりに所長や職員が、我先にとヘリコプターのそばに走り出てきた。
「助けてくれー! 殺される―!」
その後方からも人々が湧いて出てきた。収監されていた外国人のうち、生き延びた人々達だった。
「和磨さん!」
後方にいる人ごみの中から、そう叫ぶ声がした。見れば、そこにクルムがいた。
クルムは和磨の方に駆け寄ってきた。
「クルムさん! ご無事でしたか。先日あなたのご主人から電話が……」
和磨がそう言い終わらないうちに、クルムは和磨に英語で懇願した。
「和磨さん、あの御神乱を助けてください! 殺さないでください! あれは私の友人、リウなんです。お願いですから、絶対に殺さないで!」
「分かりました。分かりましたよ。大丈夫ですよ。クルムさん」和磨はクルムに言った。
数時間後、堺市庁舎はコンテナから出て来た無数の御神乱に取り囲まれていた。ハミルトンたち占領政府のアメリカ人たちは次々と屋上に逃げ出していた。夕暮れが迫っていた。
「救援のヘリはまだか?」ハミルトンが部下に言った。
大阪出入国在留管理局にいた自衛隊に防衛省から連絡が入った。
「大臣、大変です! コンテナに閉じ込めてあった御神乱たちが睡眠から目覚めてコンテナを破壊、現在、数十体の御神乱が堺市庁舎を目指しているそうです。どうします?」自衛官の一人が和磨に支持を仰ぐ。
「職員やアメリカの人たちは?」和磨が聞いた。
「現在、屋上に退避して救援を待っている状態とのことです」
「分かった。すぐに救援ヘリを送る。……いや、待て。俊作を同行させよう」和磨は言った。「俺の団体の事務所にいる津村俊作という男を同行させてくれ」
「津村さんですね。了解しました」
和磨は、すぐに俊作に連絡を入れた。
「俊作か? 実は頼みがある」
この頃、サンダースの姿が表舞台から消えていた。大衆の前にも姿を見せず、メディアにも登場せず、一向に更新もされないサンダースのSNSから、人々はサンダースが亡くなったのではないことの噂が出始めていた。
「大統領、最近どうしたんだ? もうすぐホワイトハウスで重大発表をするって言ってたのにな」
そして、ついにサンダースがホワイトハウスで重大発表を行うと言った、その日曜日を迎えた。トマホークXが国民に対して訴えていた。
「我々の救世主、サンダース大統領が消えた! 殺されたという情報がある。だとしたら、殺したのはゲイル陣営の誰かだ。張本人はゲイルだ。お前が心あるアメリカ人なら、連邦議事堂にいるゲイルを狙え! みんな、連邦議事堂へ向かえ!」
サンダースのシンパたちは、トマホークXのSNSを受けて、ワシントンDCにある連邦議事堂へ向かった。そのデモ隊は、次第に膨れ上がっていき、昼過ぎには数万人の大行進に膨れ上がって行った。彼らは、口々にサンダースを賛美する言葉を口にし、ゲイルへのありもしない罵詈雑言を叫んでいた。
反サンダース派の各一団も、ホワイトハウスにいるであろうサンダースを糾弾するためにワシントンDCへと向かって行進していた。
堺市に夕闇が迫ろうとするとしていたとき、堺市庁舎の屋上に俊作の乗った自衛隊のヘリが着陸した。そして、中から俊作が降り立った。庁舎の下の方を覗き込むと、ピンクと青に光る御神乱がうじゃうじゃと建物を取り巻いていて、まさに扉を破壊せんとしていた。彼らが中に侵入して屋上まで達するのも、もはや時間の問題かと思われていた。夕闇の迫っている庁舎の屋上には、多くの職員が避難していた。
「助けに来てくれたのか」ハミルトンがそう言ったが、俊作は意外な言葉を彼らに投げた。
「いえ、ハミルトンさん。あなたにやって欲しいことがあって、ここへ来たんです」
「やって欲しいこと?」
「ええ」
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