第28話
言葉を失っているアストラを見ると少し意地悪なことをしたかな、という気分になる。
さて、アストラは私に対してどのような感情を抱いているのかな。
怒りなのか、蔑みなのか、それとも罪悪感?
いや、罪悪感はないか。
そんなものを抱くくらいなら最初からあんな真似するなという話になるからね
どちらにせよ、私がヴィリス殿下の隣にいるという事は、アガレス王国からの使いの一人であると言っているようなもの。
もしここで私に対して感情のままに言葉を叩きつければ、アストラは今喉から手が出るほど欲しいであろうアガレスからの支援を失うかもしれない。
アストラは少しでもそのような可能性があれば、そんな感情的な行動はとらないタイプの人間だという事はよく分かっている。
そう思っていたのだが――
「何故戻って来たリシア! お前にもうこの国に戻る理由なんかないはずだろう!? お前はもう巫女じゃないんだから――何故!」
「おっといけねえ」
アストラは柄にもなく大きな声で私に対して言葉をぶつけてきた。
正直全くの予想外だったので私は驚き、硬直したのだが、それを見たヴィリス殿下が私とアストラの間に手を割り入れて制止する。
「あなたが連れてきたのか! 何故そんなことを! リシアはもう、この国にいてはいけない存在だというのに!」
「おいおい、そんな言い方はねえんじゃねえの――」
「くそっ、こうなってしまっては――リシア。今すぐアガレス王国へ引き返せ。すぐにだ!」
「……お断りします。今の私に貴女の言葉に従う理由なんてありませんから」
「
かつてない必死さを見せるアストラのその言葉を受け、私とヴィリス殿下は次の言葉を出すことが出来なかった。
♢♢♢
「……先ほどは取り乱して失礼した。私としたことが、冷静さを欠いてしまったようだ」
「それはいい。しかし聞き捨てならない言葉があった。邪神がリシアを狙っているというのはいったいどういう事なんだ、アストラ殿」
「あぁ、それは――」
そう言ってアストラは自らが邪神と言葉を交わしたときのことを話し始めた。
大地震を引き起こしたのは大地の神を名乗るエメシュヴェレスなる存在であること。
そして彼は巫女――即ち私の血を求めているという事。
一月以内に私の身柄を用意できない場合今度こそ完全に国を滅ぼすと宣言したこと。
「大地の邪神を封印したのは初代の要の巫女――あの様子だと相当に恨んでいるのが分かった。故にその子孫であるリシアに報復をしようと考えているのだろう」
「なるほどな。それならばリシアが狙われるのも納得がいく。しかしそんなに恨みがあるんならリシアがいたアガレスまで直接攻めて来ればいいだろうに。なんでわざわざアストラ殿を介してリシアを用意させようとしたんだ?」
「――恐らくですが、邪神の封印はまだ完全には解かれていないのでしょう。或いは何らかの制約がかかっていて封印場所から離れることが出来ていないと考えます。それはきっと 現代の要の巫女――つまりリシアが生きているからなのではないかと」
……なるほどね。
そういう事ならば納得がいく。
しかしおかしいな。私は秘術を完全に解いたはずなのに、邪神が完全復活していないのは何故だろうか。
いや、別に邪神を復活させるために秘術を解いたつもりはないのだけれど、純粋な疑問が浮かび上がるよね。
まあ分からないものを今考えても仕方がないか。
「……正直なところ、最初は恥を忍んで現代の要の巫女たるリシアの力を借りるつもりでいました。しかし万が一リシアが邪神に殺されてしまった場合、我がディグランスは勿論の事、世界の危機になる。故に星剣士たるヴィリス殿に討伐を依頼したという訳です」
「理解した……が、父上――アガレス王に命じられたのは邪神が実在するのかを確認する事、までだ。討伐の命令までは下されていないんだ」
「……邪神が設けた期間にはまだ余裕があります。それまでの間、拠点として使える部屋を用意しましょう。自由に使っていただいて構いません。ただし邪神の下へ向かう際は我がディグランス兵も同行させていただきたい」
「承知した。とりあえずここまで来るのに少々疲れた。今日は休憩させていただこう」
「……リシア。お前たちランドロールの一族を追い出したディグランス王国に、再度要の巫女を頼る資格などないのは分かっている。だが、これだけは言わせてほしい――どうか死なないでくれ……」
「――言われるまでもなく、邪神などに私の命を差し出す気はありません。そこだけは約束しましょう」
「……そうか。それならば、いい」
アストラは他にも何かを言いたげな様子だったけれど、彼はこれ以上口を開かなかった。
ヴィリス殿下もこれ以上話すことは無いと判断し部屋を出たので、私もそれについていった。
帰り際、ヴィリス殿下がこんなことを言い出した。
「……正直、リシアに酷い暴言を吐いて婚約破棄を宣言したって聞いていたから、もっと悪人面したヤツが待っていると思っていたんだが、ちょっと拍子抜けだったな」
「……そうですか?」
「ああ。アレは本気でこの国の事を憂いている奴の顔だ。それにあの感じ――リシアの事も本気で――いや、今のはナシだ。聞かなかったことにしろ」
「……はい」
正直、私も皮肉の一つでも言ってやろうと思っていたけれど、あのアストラを見ているとそんな気力もわかなくなってきていた。
だからと言って全てを許したわけでは当然ないけれど、このやり場を失った感情をどこにぶつければいいのか分からない。
とりあえず今日は休んで、明日から何をするべきか考えよう。
まあ、手掛かりを探すのならばやはり
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