第26話

 数日後、朝一番に国王陛下から召喚命令が出た。

 しかも私とヴィリス殿下の両方に対してだ。

 理由は全く想像できないけれど、命令が出たのであれば行くしかないのですぐに準備を整え、殿下と共にアガレス王の下へ向かう。

 途中、殿下に今回の呼び出しについて何か心当たりがあるかどうか聞いてみたけど、知らないと答えられた。

 何か大変なことじゃなければいいなと思いつつも、何か厄介ごとが起こると私の勘は言っている。


「陛下。ヴィリス第三王子殿下及びリシア殿が参られました」


「うむ。通せ」


 口元に蓄えた白髭が特徴のアガレス王。

 その目つきは歴戦の戦士の如き鋭さであり、王座に着くその様は威厳に満ちている。

 しかしその本質は非常に寛大かつ温厚なお方であることを知っているため、敬意こそあれど恐れはない。


「急な召喚命令ではあったがよくぞ来てくれた。ヴィリス、そしてリシア殿」


「父上。オレはともかくリシアまで呼び出すとはいったいどういった要件なんです?」


「……つい先日、我がアガレス王国の友好国たるディグランス王国より一通の書状が届いた」


「ディグランス王国から……? 復興支援の要請ですか」


「無論、それもある。だがそれ以上に重要視すべき一文があった。内容はこうだ」


 ――大地の邪神、復活の時来たる。故に貴国が誇る勇者、星剣士ヴィリス殿の助力を望む。


「邪神復活だと!? じゃあディグランスの大地震はまさか……」


 驚きの余り口調が崩れたヴィリス殿下の声に、アガレス王は頷いた。

 正直私も驚きを隠せていない。

 大地の邪神――その名を聞いたのは初めてだが、邪神と言えばかつて星剣士が仲間と共に討ったこの世界における大敵のはず。

 邪神は完全に滅ぼせないのか、それとも複数存在するのか。

 いずれにせよそのディグランスの書状を信じるのであれば、今まで私たち一族が秘術を持って封印してきたのはその大地の邪神とやらという事になる。


 女神の代行者ならざるただの人の身で邪神を封印し続けてきたのであれば、あの異常なまでの負担にも納得がいく。


「この書状には、実際に大地の邪神と思しき存在と言葉を交わしたものの、一月後にはディグランスを滅ぼすと宣言されたと書かれている。これについて女神教の人間に尋ねたところ、そのような神託は降りていないという答えが返ってきた。しかしかの国の王子・・がこのような冗談ではすまない嘘を吐くとは思えん」


「……! お待ちください、陛下。今王子と申されましたが、まさかその書状を贈ったのは――」


「うむ。この書状の名義はディグランス王国第一王子アストラ・フォン・ディグランスとなっている。先の大地震により誠に残念ながらディグランス王は命を落としたそうだ」


 ディグランス王が亡くなった……?

 そうなると今あの国で最も権力を持っているのは、第一王子にして王位継承権第一位のアストラという事になる。

 あの男が復活した大地の邪神を目撃し、現代の星剣士たるヴィリス殿下に助けを求めているのか……


「もし邪神の復活が事実であるならば、即ち世界の危機と同義である。故にすぐに全ての友好国と協力してこの事態に当たりたいところではあるが、神託もない今、確信を得ずに動くことは避けたい」


 当然だ。

 もしそれが大地震によっておかしくなったアストラの妄言だった場合、無意味な混乱を招くだけの結果に終わってしまう。

 しかし私は不思議とその大地の邪神の存在を信じつつある。

 なにせ私は当代の要の巫女として秘術を介してその強大なる者と接触し続けてきたのだから。

 だからと言って今の私にそれを証明する術はないし、仮に出来たとしても私は既にディグランスを捨てた身であるため必要性がない。


「そこで星剣士たるオレにディグランスへ行って確かめて来いと、そう言いたいわけですか父上は」


「そうだ。万が一それが本物の邪神であった場合、お前がいなければ対処できないこともあるだろう。だがこれは邪神討伐命令ではない。あくまでその目で確認をしてきて欲しいだけだ」


「分かりましたよ父上。そういう事ならこのヴィリス。ディグランス王国へ向かいましょう」


「よくぞ言ってくれた。それでこそいずれ我が国を背負う王子だ」


 なんだろう。このちょっとした疎外感。

 確かに私の出身地であるディグランス王国関連の話ではあったが、果たしてこの流れにかの国に捨てられた――否、捨てた私は必要だったのだろうか。

 そんなことを思っていると、ヴィリス殿下がそれを察したのかアガレス王に問うた。


「ところでリシアを呼んだのは何故なんです? この件に関してはオレがディグランス王国へ行けば済む話でしょう?」


「うむ。そのことについてだが……リシア殿。ヴィリスと共にディグランス王国へ向かってもらうことは出来ないだろうか?」


「はぁっ!? 父上! あの国がリシアの一族に何をしたのか忘れたのかよ! 数百年前に国を救った英雄の一族に対してあまりに一方的な爵位剥奪! リシアに至っては婚約破棄までされているんだぞ! それなのにディグランスを救うために向かえってのは流石にないんじゃないか!? 本当ならオレからも一言文句を言ってやりたいくらいだってのに!」


 私が拒否するその前に、ヴィリス殿下が激高した。

 殿下、ここまで私のことを考えていてくれていたんだ。

 ただ見た目が良いから傍に置いているだけ――とまでは思っていなかったけれど、私のためにここまで怒ってくれるとは思わなかった。

 いくらアガレス王の要望と言えども、こればかりは受け入れるわけにはいかない。

 この国を救うために戦うのならばともかく、あのディグランスのためにはもう動けない。

 私はもう、要の巫女ではないのだから。


「落ち着け、ヴィリス。無論事情は分かっておる。同時に礼を欠く要求であることも理解している。しかし、万が一本当に邪神が存在し、お前が対面してしまったとき、お前が無事に帰って来られるという保証がない。故に先代の星剣士の仲間でもあった巫女の末裔であるリシア殿がいたほうが安心なのではないかと思った次第だ」


「それは――まあ、リシアがいてくれた方が助かるとはオレも思うけど、だからって――」


「無論、強要する気はない。これは命令ではなくお願いだ。どうだ、リシア殿」


「……………」


 私はきっと、大地の邪神に対抗できる力がある。

 何故なら私はただ秘術を維持してきただけの歴代の巫女とは違う。

 リシア・ランドロールは初代の記憶とその力の一部を引き継ぐ転生者。

 ディグランスに戻ればきっと何かしらできることはあるはずだ。


 でも、私は……


 ――びけ。


 えっ……?


 ――みちびけ。


「あぐっ!?」


「おいリシア! どうした!?」


「あ、あたまが……ァ」


 ――星剣士を……導け。


 ――星剣士を、かの地へ、導け。


 ぐっ……強烈な頭痛と共に頭に声が響く。

 星剣士をかの地へ導け? 

 ヴィリス殿下をディグランス王国へ連れて行けというの?


 嫌だ。

 私はあの国には戻れない。

 戻りたくない。

 戻る資格なんてない。


 ――星剣士を導け。

 ――我ら一族の献身を。

 ――わたしの罪を・・・・・・

 ――どうか、終わらせて。


 声が、響く。

 あぁ、どうしよう。

 また、彼女の声が私を侵食する。

 私にはまだ、やるべきことがある。

 私にしかできないことがある。 


 思い出してしまった・・・・・・・・・

 私には関係のない事のはずなのに。

 私がやる理由なんて何もないはずなのに。


 ……分かったよ。やればいいんでしょう?

 貴女わたしが私に転生してまでやりたかったこと、叶えてあげる。

 私も貴女わたしがどんな人間だったのかを知りたいから。


「――リシア! おい、大丈夫か!?」


「……私も、ヴィリス殿下と共にディグランス王国へ向かいます」


 私は彼の腕の中で、そう一言、呟いた。

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