第16話
「あの……ヴィリス王子……」
「おっ、着替えてきたか! いいねえ、似合ってるじゃん!」
「そ、そうですか……ええと、ありがとうございます?」
足が完全に隠れるほどの黒いワンピースの上に胸元が開いたやや短めの白エプロン。
肩にはトゲトゲのフリルが付いており、腰には大きなリボン結びが出来ている。
私の長い黒髪を抑えるカチューシャにもご丁寧にフリルが付いており、完璧な統一感が生まれていた。
そう。これは所謂メイド服と言う奴だ。
一応これでも貴族だった私はこの服を身に着けて働く女性を目にしたことはあるものの、実際にその身に着けるのは初めてだった。
なんというか、落ち着かない。
カチューシャなども付けたことがなかったのですごく違和感がある。
でも不思議と着心地が悪くはないなぁ。
「もー、ヴィリス様ったら! 急に呼び出されたかと思ったら新しい従者さんのメイド服の着付けしろって! あたしこう見えて結構忙しいんですけどぉ!」
「ははっ、わりぃわりぃ。生憎オレはそいつの着せ方を知らねえし、知ってたとしても男のオレがやるわけにゃいかんだろ?」
「それはまあそうですけどぉ!」
椅子に座って寛ぐヴィリス王子に対して腕を組んで怒る金髪の少女。
年齢は私と同じくらいだろうか?
私と同じメイド服を着ていることから彼女もまたヴィリス王子の従者の一人であることが分かる。
しかしその言葉遣いと態度は一国の王子とただの従者とは思えないモノだ。
私がヴィリス王子の部屋を訪れた際、呼び出された彼女も同時に到着していた。
そしてお互いに自己紹介をする間もなくいきなり
「とりあえずコレに着替えてきてくれ。話はそれからだ」
と言われて二人で部屋を追い出され、よく分からないまま命令のままに着替えてきたというのが現状だ。
お互い自己紹介も終えていない状態での着替えだったので、なんというか少し気まずい空気のまま事を済ませたのだが……
「まあまあそう怒るなって。今回呼んだのはリシアをお前に紹介したかったからってのもあるんだぜ。ほら、改めて自己紹介しておけって」
「あっ、そう言えばまだ名乗ってすらいませんでしたね! あたしはマルファって言います!
「一応ってお前なぁ……」
「こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ございません。改めまして、リシア・ランドロールと申します。この度ヴィリス第三王子殿下の従者として雇っていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします」
メイド流の挨拶と言うものをよく知らないので、ひとまず貴族社会で培った丁寧な所作での挨拶をしてみる。
もし私が身に着けている服が煌びやかなドレスだったら多少様にはなっていただろうが、この服装だとどう映っているのか少々心配だ。
「わぁ……綺麗な挨拶! まるで貴族様みたいですね!」
「みたいもなにも、リシアはつい先日まで隣国ディグランスの公爵令嬢だったんだぞ。今は訳あって俺が預かっているがな!」
「えええええっ!? ほ、本当の貴族様だったんですか!? じゃあなんでメイド服なんて……あ、えと、ええっと……その、失礼しましたっ!」
マルファと名乗った少女は困惑した後、思考を切り替えたのか勢いよく深く頭を下げた。
どうしよう。こういう時どう返したらいいのかな。
私の家はとっくに没落しているし、もう貴族を名乗れる立場じゃないんだけどな……
いや、こういう時は素直にそう伝えるのがベストだろう。
「頭を上げてくださいマルファさん。今の私はランドロール公爵家の娘としてではなく、ただのリシアとして参りました。どうかそのように扱っていただきますよう」
「あーそうそう。そうしてくれ。前にも言ったが堅苦しいのは嫌いなんだ。リシアもこういうプライベートの場では楽な喋り方をしてくれよな。一応公の場では周りが煩いからリシアにも従者として振舞ってもらうが……」
「なるほど、このメイド服はそのための証と」
「ん? ああ、いやそれはオレの趣味。リシアに似合いそうだったから着てもらっただけだ。何ならもう着替えてもらっても構わんぞ」
「へ……?」
「一応従者って形で預かってるが、リシアの立場はこの国の客人って感じだし、元貴族にいきなりメイド服着て奉仕しろっていうほどオレは鬼じゃねえ。まあメイド服似合ってるからちょっと惜しいけどな!」
「は、はぁ……」
「ちょっ、やっぱり特別な方だったんじゃないですか! あたしどう接したらいいんですか!?」
「だーかーらー、普通でいいんだって普通で。これから同じ屋根の下で暮らすんだから、気楽にやろうぜ」
そう。ここはヴィリス王子専用の建物の一室。
もはや家。いや、小さな屋敷と言って差し支えない大きさの建物だ。
部屋に来いと言われていたから王城内のどこかだと思っていたので来る時少々迷ってしまった。
「むぅ、いきなりそう言われたって難しいですよぉ。あたし、貴族様とお話ししたことあんまりないし、知らぬ間に失礼なこと言っちゃってたらって思うと言葉に困ります!」
「オレと喋るときの感じでいいんだよ。ってかお前、一応貴族様より偉い王族サマにそんな口聞いておいて何が今更失礼がどーたら言ってんだよ!」
「あっ、そう言えばそうでしたね! そう考えると怖くなくなりました!」
「お前ってホント単純だよな。そういうとこ好きだぜ」
「ありがとうございます! あたし殿下はタイプじゃないですけど!」
「ひっでぇなオイ! ってかもう仕事に戻っていいぜ。忙しいんだろ?」
「あっ! いけないもうこんな時間! お夕飯の準備しなきゃでした! じゃあえっと、リシアさん! よければまた後でゆっくりお話ししましょう!」
「あ、えっと、はい。お忙しい中ありがとうございました」
「ではまたー!」
そう言って大きく手を振ってマルファさんは部屋を後にした。
なんというか、明るい人だったな。
私はどちらかと言えば根が暗い人間だから、ああいう人は眩しく見える。
「ったく、アイツは相変わらずだな! オレだって面と向かってタイプじゃねえって言われるとちったぁ傷つくんだぜ!?」
「ふふっ」
「ん? どうした? オレがアイツにフラれたのが面白かったか?」
「いえ、仲がとてもよろしいのですね。なんというか、少し気が抜けてしまいました」
「まぁな。アイツとはなんだかんだ付き合いも長いしなぁ。あんなんだがマルファはすげーいい奴だぜ。できれば仲良くしてやってくれ」
「はい。ぜひ」
果たして波長が合うかは分からないけれど、仲良くやれたらいいなとは思う。
正直まだ心の整理がついていないけれど、このやり取りで少し緊張がほぐれた気がする。
「あ、その前に着替えてくるか?」
「いえ、このままで。この服、意外と着心地が良いので」
「そうか、気に入ってくれたなら良かった。じゃあとりあえずそこにかけてくれ」
「はい、失礼します」
私は促されるままヴィリス王子の正面の席に腰かけた。
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