「集団訴訟」

「虚偽の広告の記載の排除要請です」



 虚偽広告。



 外の世界にあふれている、噓偽りの広告。


「虚偽の広告とはどういう物です」

「こういう物です」




 追川恵美の秘書が配る、やけに赤いチラシ。


 そこに躍る大きな文字は、極めて煽情的かつ挑戦的だった。




「どこで入手したのです」

「第一の女性だけの町を追放されていた一人の女性がここに来た際に持ち込んで参りました。今から一週間前の事です。ああ彼女の身の上は清廉潔白であると判明しています」


 第一の女性だけの町で二十六年過ごし、仕事にやりがいを覚えず追放を希望。

 男たちと共に三年間過ごして来たがオトコたちの醜さを知り第二の女性だけの町へ転居を申し出て来たと言う、もっとも喜ばしいシチュエーションでやって来た女性。もちろん彼女は、現在電波塔で研修を受けている。


「ある種の逆差別と言う意見もあります。しかしこんな明らかに罠と分かる広告で女性を使い潰そうとするのは凶悪な陥穽であると言わざるを得ません」



 —————女性作業員大歓迎!もし女性だけの町から来た方であれば、給料は1.3~2倍を約束いたします!



 建設会社の広告。そんないかにもオトコ臭い職場とは思えないほどの求人広告であり、あまりにも胡散臭い。



「この広告には第一の女性だけの町とか、第二の女性だけの町とかありません。それこそ女性だけの町から来たならば誰でもいいと言う、乱暴極まるそれです」

「女子をわざわざ高給で求めるなど、そんなに虫のいい話があるのですか!」

「そうです!」


 議会は大騒ぎになる。

 チラシを手に取って震える議員もいれば、どうせ他の人が持ってるからとばかりに破こうとする議員までいる。もちろん真女性党・誠誠党問わずにだ。


「しかもよくご覧になってください!ここに経験者のみと書いてあります!これこそ、とんでもない詐欺広告の証でありもっとも許しがたき文言です!」

「許しがたき詐欺……!」

「そうです!高給と言う文面で釣っておきながら!」


 たった一種類の求人広告だけで、議会は大騒ぎをしている。

 顔は赤くなり、議員たちの席に置かれた氷水はあっという間に蒸発しそうなほどに熱気が籠っている。


「話は飛びますが、彼女によればさらに外の世界では表現が悪化しております」

「悪化!?」

「はい、外の世界の幼児向けのそれで男児の股間を露出する事はもはや日常茶飯事、と言うか完全復活。

 放尿、のぞき、暴力など品のない表現が溢れ返り外の世界はますます汚れています」

「それらは!」

「ええ、私たちや第一の女性だけの町の人間たちが徹底的に排除せんとして来たはずのシロモノです。その苦労が、全く徒労に終わってしまったと言う、この上なく屈辱的かつ恥辱に塗れた結果です」



 その上に乗っけられる、あまりにも業腹な報告。言うまでもないが追放から帰還した女性と言うのはある種のスパイであり、外の世界の現状を見張る役だった。少しでも自分たちに理解を持っているのであれば住民として勧誘し、あるいはこちらも少しばかり警戒を解いてもいいかとさえ思っていたほどだった。


 それなのに、また裏切られた。


「私は改めて失望しました、外の世界に。業腹極まる事にテレビ局とやらは視聴率が上がったぞとはしゃいでいる状態で、拝金主義と言うより露悪趣味です。

 その露悪趣味で育ってしまった子どもが何をするか。考えるだけで凍死しそうです」

「ひどい改悪ですね」

「原点回帰と言う四文字によって思考放棄しているだけです。残念ながらその露出その他は全て原作そのままでした」

「その作者を殺害しようとして世論の反発を食ったのが失敗の始まりである以上、こちらが手を出せないと読んでか……何と忌々しい!」


 物理的な暴力がタブーとされるのは、第一の女性だけの町でも第二の女性だけの町でも変わらない。男性的な悪であると共に、第一の女性だけの町の言う所の第一次大戦が敗戦に終わった理由として醜悪な作品を世に解き放った淫乱男を止めるべく暴力行為に走った人間が出た事にある。なればこそ理論に理論を積み重ねて対抗して来たはずなのに、むしろ余計に悪化している。


「閑話休題です。

 とにかく、このような虚偽の広告を持って追放者たちを囲い込むなどあまりにも危険、あまりにも乱暴、そしてとても許されません!」

「そうですね!」

「周知の事実ではありますが、この町で生まれた女性たちはオトコを全く知りません。いや醜悪な存在としてのみ把握しております。その醜悪極まる存在からわずかでも優しさを向けられれば意外性の反動により信用を深く抱いてしまいます。そうなればもう後は向こうの思うがまま、全く自立する事の出来ないオトコのしもべが出来上がってしまいます。それを阻止せねばなりません!」

「どう阻止するのです」

「集団訴訟を敢行しようと思います」




 —————集団訴訟。それこそ、この町における最高の切り札だった。




「虚偽の広告を掲載した罪により詐欺罪として告発、さらに女性だけの町の住人たちの肉体を貪らんと欲しているとして強姦未遂罪で告発します」

「かような事になれば社の信用はどん底に落ち倒産まっしぐらとなるでしょう」

「その代わり、賠償として数分の一の値段で補修を行わせるのです」


 オトコたちの罪を代表して、女たちへの贖罪を行う。


 それならば、ダメージは最小限で済むどころかむしろプラスにもなる。


「では早速超党派で訴訟の準備を行いましょう」


 議員たちは、顔の赤みを消しながら一斉に手を挙げた。




「そして、続いては……」

「ええ。我々の意思を直に示すのです。その日に向けて、我々ははっきりとメリット・デメリットを示さねばなりません。あるべき姿に戻すために」


 その勢いのまま、次なる議論が行われた。


 あらかじめ日程の決まっている、これまた超党派での決戦の舞台に向けての。

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