嘔吐の日々
そもそも、この町で中心を張っているスマイルレディーと言う名のアニメは正直つまらない。
異世界で起こった戦争の二つの勢力のうち片方がこの町に亡命→この町の少女に力を与える→もう一方の勢力がこの町に攻めて来る→少女が与えられた力でその勢力を撃退
と言うのが基本的な流れになっており、その力の違いこそあれど導入部分はこのパターンしかなかった。
いや、序盤に力を過信して危機に陥り第二の戦士が登場、中盤に似たような力を持つライバル戦士が登場、終盤に敵勢力が本腰で来る……と言う、話のパターンさえも出来上がっている。違うのはその力と名前とお題目以上の意味のないテーマと敵だけであり、主人公や敵のデザインはまともに変わらない。それこそ再放送の再放送のそのまた再放送をやっているのと変わりなく、何年も続けて見るような少女などいない。
だから視聴率は上がらず、最近では全く触れた事のない子どもにさえも飽きられているとも言われている。無論テコ入れを、とならない訳ではないが少しでも華美で過激な演出を行えばそれこそ外の世界のそれと同じになってしまう。野生動物でさえも色欲を剥き出しにするような連中がいる以上、ほんのわずかでも隙を見せれば食いつかれる。いや、もう手遅れかもしれない。
何より、五味栗江はイラストレーターではあっても、漫画家でも脚本家でもない。と言うか、そんな存在などこの町にはほとんどいない。正確に言えば、それを専門として飯を食っている存在がいない。
「はぁ……」
今日のノルマは、誰が決めた訳でもないが三十枚。一枚十分として、五時間。もちろん途中の入浴や食事などの時間はガン無視。これまで数時間の肉体労働による負荷も無視。一応表向きの仕事として肉体労働もしているからそれなりに体力はあるが、それでも決して筋肉質ではない栗江にはこの長時間労働は余りにもきつい。腕はしびれ、目は霞む。
まだノルマの半分を消化したほどなのに、瞼が重くなって来た。自分で言い出したそれでありサービス残業なのだから投げ出しても怒鳴る人間は誰もいないが、それでも目の前の仕事に向き合い続ける。
「そう言えば彼女、元気かなあ……」
栗江が普段連絡を取るのは、昼間の仕事と夜の仕事の取引先、そしてもう一人の仲間だけ。彼女は今頃、社員寮にて一日の労働の疲れを癒しているのだろう。表向きには「ジュエルドプリンセスに卸すマネキン」の生産をしている彼女は、まだ栗江に比べれば社会的地位は高かった。
そのマネキンの内半数以上が、どこに向かうかに目をつぶればである。
マネキンの内、出来が良い物はお題目通りになる。そして良くない物は、小中学校に卸される。そこで、栗江たちが作った製品と合体する。
正確に言えば、悪魔合体。
いや、悪魔ではなく飽くまで、きちんとした「合体」。
マネキンに栗江たちが描いた絵を貼り付け、製品として完成させるのだ。
その作業を行うのは栗江と同じく最底辺の作業員であり、それでしか飯を食えないような嫁の貰い手のない女たちだった。彼女たちもまた出来が良ければ良いほど給料が上がる「かもしれない」と言う環境の中で必死に当たりくじを引こうと欲して働くが、その必死さが実った例は少ない。
で、出来上がった製品は。
「やぁ!」
小学生や中学生、あるいは警官たちにより、殴る蹴るの暴行を受ける。
外の世界にあふれ返る、風紀紊乱の象徴として。スマイルレディーに飽きた少女たちが、これには飽きることなく何度でも何度でも、学校行事として殴る蹴ると言う最も原始的で野蛮な行いができる。
ミニスカートとか言う、忌むべき連中が好むような露出要素の塊など誰も身にまとわず、足首までありそうなロングスカートか長ズボンを履いた少女たちが、中の下着が見えないのをいい事に脚を上げて「自分たちを手籠めにせんとするオトコ」と、煽情的な服を着た「オトコに媚を売る女たち」をボロボロにせんとする。
それまで虫も殺せなかったような幼気な少女たちが、いきなり暴力行為を行う。当然、喧嘩など経験のない彼女たちに力加減などない。と言うか教師たち自らが力加減するなと教えている。もちろん親たちもだ。
もっとも、ただの小中学生如きにマネキンを壊せるわけでもない。多くの場合蹴り倒されるのがせいぜいであり、しかも当然ながら相手は異体とも苦しいとも言わない。その上にこれはこの町の人間の責任ではないがいくらやっても外からとめどなく供給されてくる。なんとも憎々しき存在だ。
そんな存在が最終的にどうなるかと言うと、火炎放射器の出番である。散々殴られ尽くしてボロボロになったマネキンに、お巡りさん自ら火を点ける。栗江たちも見て来た光景であり、少女時代にはマネキンと紙が燃えていく光景に拍手喝采もした。
その時から、悲しむべき事にと言うか彼女の感性は変わっていない。
だから
「う、うう……」
何にも入っていない胃袋の中身を、トイレで下ではなく上から出す。この仕事を始めてもう何度目かわからないほどの症状。
それこそ、この仕事に就く人間皆が悩まされる職業病だった。
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